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憂さ晴らしの挑戦状

    ◇   ◇   ◇




 気分よく帰ろうと廊下を歩いていると、後ろから呼び止められた。


「何か御用ですか、雲仙先生」


 雲仙雨霧が目を細めて立っていた。


 同じ雲仙ではあるが、煙霞は本家の出身で雨霧は分家の出身だ。東京進出のために送り込まれた第二の

雲仙。あるいは雲仙家東京支部とでも言うべきか。


 だからこうして話をする機会は実は少ない。


「わざわざ勝利のお祝いですか? だったら美味しい店を知ってるんで連れてって――」


「君がここに何をしに来たのかはどうでもいいんだけど、あまり俺の邪魔はしないでもらえるかな」


 へらへらとした口調だが、その目は一切笑ってない。


 やっぱりその話か、と煙霞は聞こえないように鼻を鳴らした。


 噂に聞く実力に対し、なんともみみっちい男だ。もっとどんと構えていればいいのだ。


 こんな一生徒がやったことに反応している時点で、余裕がないと公言しているようなものだ。


「邪魔なんてしませんよ。今回だって、別に罰則受けるようなことしてませんし」


「こっちはその件でさっきまで緊急会議だよ。同僚にも白い目で見られるし、たまったもんじゃない」


「それはご愁傷さまでした」


 肩をすくめてみせると、雨霧の視線が少し鋭くなった気がした。


「とにかくあまり派手にやらないことだね。君が思っている以上に、東京は伏魔殿だ。下手を打つと足元から丸呑みだ」


「ご忠告どうも。肝に銘じておきますよ」


 煙霞はひらひらと手を振りながらその場を後にした。


 まったくもって腹立たしい限りだ。


 才能を持つ者は無自覚な傲慢をあわせもつ。


 煙霞は生まれた瞬間からスペアであることを運命づけられていた。


 長兄は雲仙を背負うに相応しい男だ。煙霞では何一つ敵わない。


 スペアとしての人生を受け入れ、安穏とした生活を良しとすればどれだけ楽だったことか。


 煙霞はそうではなかった。物心ついた頃から、たぎるような怒りともどかしさを抱えて生きてきたのだ。


 しかしどれだけ鍛錬を積み、周囲に愛想を振りまこうと、長兄の圧倒的な実力とカリスマに届くことはなかった。


 だから地元を出て東京の桜花魔法学園に入学することに決めた。


 雲仙家では花開かなかろうと、ここでなら新たな道がある。


 まず同じ御三家の星宮に接近を試みた。


 本来なら雲仙というだけで門前払いを受けても仕方ないところ、星宮のご隠居は実に破天荒な人間だった。


『どんな形だろうと、力を見せてみるがよい。大切なのは、秩序の檻を守れる力があるかどうか故に』


 頭を下げながら聞いた言葉の、重いこと。


 そこに孫娘への気遣いなど存在しない。見ているのは家か、それより大きなものか。


 その人間性を失った言葉は、我が家の当主を思い起こさせた。


 あとは力を示せばいい。


 そう覚悟を新たにしたところで、その男は現れた。


 分家の麒麟児(きりんじ)、雲仙雨霧である。


 話には聞いていた。東京の雲仙家で天才が生まれたと。ともすれば長兄にさえ匹敵する才覚の持ち主であると。


 そんな馬鹿な話があるものか。こんな怪物が同じ時代、同じ家にそうそう生まれてたまるものか。



『ああ、君が煙霞君か。ここでは教員と生徒としてよろしくね』



 半信半疑どころか、本家の興味を買うために尾ひれ背びれを縫い付けた話だと斬り捨てた存在が、当たり前の顔でそこにいた。


 噂が正しくないという考えは、間違っていなかった。


 言葉だけでこの男を表せるはずがなかった。


 にこにこと張り付けた笑みの裏側に、異形の存在が隠れていたとしても驚きはない。


 本当にこの世界は広く、クソみたいに不平等に出来ている。


 雨霧や日向椿、星宮有朱に剣崎王人。


 ムカつく。


 特に星宮有朱のように、才能を持っていながら理想の中で腐らせる輩は、見ていて吐き気がする。


 今回の戦いで気が晴れたのは確かだが、本当は撃たせるつもりだった。


 自分の手で親友を撃ち抜けば、その高潔を気取った瞳が自分と同じように汚れるのではないかと期待していた。


「ま、そこまでは望み過ぎか」


 今回の件でよく分かっただろう。強くなるには余計なものは捨てなければならないのだ。


 理想も誇りも、くだらないと吐き捨てる覚悟がいる。


 まだ煙霞の戦いは始まったばかりだ。今日の勝利を皮切りに、この一年で築き上げてきた全てを使って、桜花序列のトップを取る。 




    ◇   ◇   ◇




 今からしようとしていることが正しいことだとは思わない。


 親父に知られれば、本質を見失うなとぶん殴られるかもしれない。


 それでも足は止まりそうになかった。


 いつもよりもざわめいている人混みをすり抜け、目的の場所に向かう。


 今は昼休み。学食には多くの生徒たちがいたが、ぽかりと空いている一画があった。


「あれは流石にやりすぎだって。可哀想に、一年生たち引いちゃうよ」


「でも桜花戦の厳しさってやつが分かったんじゃない?」


「確かに。最近調子乗ってるの多いもんな」


「なんだっけ、怪物(モンスター)みたいなのもいるんでしょ」


 悪意に滲んだ軽口が飛び交っている。


 嫌な気持ちになるな。こんな言葉、言っている本人たちにとっては大した意味はないんだろう。その場の空気に乗っけた、本当に軽い言葉だ。


 内輪ノリってやつだ。そこでなら何を言ってもいいという特殊領域。


 気が大きくなっているのか、声も大きくなっている。


 だから周囲の人も一歩引いているのに、誰もそれに気づいていない。この領域の主一人を除いては。


 俺はその一画に足を踏み入れ、そのまま進んでいく。


 最初に気づいたのは、やはり雲仙煙霞だった。


「やあ真堂君だよね。何か用かい」


「‥‥」


 雲仙先輩を囲っていた二年生たちが割れ、道ができる。


 あの学食の時は名乗らなかったはずなのに、俺の名前を知っているのか。


 悪名だけは轟いているみたいだし、それ自体は不思議でもないのか。


「どうしたのよ? そんな怖い顔して」


「雲仙先輩」




「俺と戦ってください」




 ふぅん、と含みのある声で雲仙先輩は答えた。


「いいよ。俺はまだ下位からの申し込みを一回受けなきゃいけないから、どっちにしろ断れないんだけどさ。ソロ戦だろ?」


「いえ、チーム戦で申し込みます」


「‥‥へぇ」


 俺の言葉を意外そうな表情で聞く。


「もちろんいいよ。どんなチームで挑んでくるのか楽しみだ」


「ありがとうございます」


 言うべきことは言った。これ以上、こんなところにいる意味はない。


 背を向けて歩き出そうとすると、声をかけられた。


「それは敵討(かたきうち)か何か? 有朱ちゃんに気でもあるの?」


 すぐに答えを返せず、嫌な沈黙が流れた。


 俺が星宮の何かを背負えるかって問いなら、答えはノーだ。昨日の敗北も、悔しさも、怒りも、全ては彼女のものだ。


「まさか。ただ大事なもんを馬鹿にされた気がするってだけです」


「そんな理由で挑んじゃうんだ」


「はい」


「ふーん。後悔することになると思うけどね」


「それは負けた時の話でしょ」


 ──あ、怒ったな。


 表情はさして変わらないけど、雲仙先輩の空気が変わるのが肌で分かった。


 自分はいつも人を小馬鹿にしたような態度なのに、言われるのは我慢ならないらしい。


 これ以上ここで言葉を重ねる必要はない。


 俺は申し込みに向かうべく、学食を出た。


 その後、無事に俺の申請は通り、雲仙先輩たちとの戦いが決まった。


 対戦表を見た時の反応は実に様々だった。



「おまっ、正気かこれ──!」


「馬鹿。馬鹿馬鹿馬鹿! なんでこんなこと! もう取り消しも出来ないし、大馬鹿!」



 村正は唖然と口を開き、紡は頭を抱えて馬鹿を連呼した。ついでにポカポカと殴られた。


 擬音に対して威力は全く可愛くなかったけど。あの、普通に痛いです。


 そして鬼灯先生は、


「はぁ‥‥、別になんでもいいですが」


 お、思ったよりも優しいぞ。問答無用でぶん殴られると思って構えていたのに。ついに鬼の辞書にも優しさという言葉が追記されたのだろうか。



「──負けたらどうなるか、分かりますね」



 凄まじい圧だった。思わず身を竦めてしまうほどの笑顔だった。


「あの悪ガキのせいで、私たちどれだけの残業をしたことになったか‥‥」


 ああ、そっちですね。


 鬼灯先生の顔はマジだった。もし教員に桜花戦の参加権があれば、自ら乗り込んでしばき回しに行っていただろう。


 まあ言われなくても負ける気はない。


 身体の中で熱が渦を巻いている。発散の時を待つように。




 桜花序列戦 対戦表

 チーム戦

 真堂護 対 雲仙煙霞

       近郷拳正

       笹川八知




 大義なんてない。正義でもない。ただムカつくから、ぶっ飛ばす。


 それだけだ


「さあ、やろうか雲仙先輩」




     ◇   ◇   ◇




 剣崎王人か、黒曜紡を連れてくるものだとばかり思っていた煙霞が対戦表を見た時の感情は、言葉では言い表せない。


 血筋も才能もない。ただ特別な魔法(マギ)を偶然得ただけの人間が、何を勘違いしたのか天狗になって見下してきたのだ。


「──ぶっ殺す」



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