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撃たない覚悟

   ◇   ◇   ◇




 星宮有朱と雲仙煙霞の戦いは大きな反響を呼んだ。


 一つは純粋に手に汗握る展開。特に笹川八知(ささがわやち)が落とされた瞬間は、もしかしてという期待に多くの者が小さな歓声を上げた。


 そしてもう一つは煙霞の取った作戦だ。


 人によっては作戦と呼ぶことすらはばかられる代物、龍ヶ崎綾芽を盾にしたことだ。


 否定派の意見は、倫理に反するというものだ。


 守衛魔法師(ガード)を志す人間がやっていい行為ではないと、多くの生徒たちが教員に詰め寄った。


 それが通るのであれば今後の桜花戦においても影響が出る。


 一方肯定派の意見は、ルールに則っているため問題はないというもの。


 チーム戦において、敵の身体で射線を切るのは当然の作戦。


 そもそも実戦を想定するのであれば、怪物(モンスター)を壁にするのはなんらおかしなものではない。


 意見は平行線だ。倫理と規則の衝突は、どこかに落とし込まれない限り、歩み寄ることはない。


 そうして有朱たちの戦いから一時間後、学校から出された声明は以下のものだった。




 連絡

 チーム戦において桜花序列戦の本来の趣旨とは異なる戦略が見られた件。


 今後の序列戦では社会的通念上、不適切であると判断された戦略には警告が科される。警告が二度科された選手はその時点で失格とする。




 全ての生徒たちに送られたメールを見て、俺たちは苦虫を噛み潰したような顔をするしかなかった。


 この連絡が表すことはつまり、雲仙煙霞が取った作戦を、今回に限り認めるということだ。


「駄目、だったか‥‥」


「仕方ないわね。誤射を誘ったり、相手を盾にしたりっていうのは、度を越さなきゃ誰もがやる作戦だもの」


「それにしたって、あれはないだろう‥‥。あんなやり方が許されるのなら、それはもはや試合とは呼べん」


 村正と紡が沈んだ声で言い合った。


 どっちも釈然としない思いを持ちながら、何とか折り合いをつけようと言葉を重ねる。


 雲仙煙霞はルールは守ったが、マナーは守らなかった。


 言ってしまえばそれだけの話だ。


 俺たちはもう何を言っていいのか分からなくなって、解散した。


 本当は専攻練(せんこうれん)の時間だったが、初めてサボろうと思った。


 もしここで鬼灯先生に正論をぶつけられたら、自分が何を言うか分からなかった。


 そんな子供っぽいことをしたくなくて、別の場所に足を向けた。




 屋上のドアを開けた時、まさかという思いと、やっぱりという思いが同時に起こった。


 編み込まれた髪を解いたのだろう。癖の付いた蜂蜜色の髪が風に揺れてきらきらと金の粒子を散らしていた。


 なんて声を掛けていいか分からない。そもそも言葉をかけるべきかも分からない。


 それでも俺は歩き続け、その背を呼んだ。


「星宮」


「――」


 振り返った星宮は泣いていた。


 ダイヤモンドみたいに夕日を浴びて輝く涙は、駄目だと思いながらも綺麗だった。


 そして声も出さずに泣くのは、彼女らしいと思った。


「真堂君」


 慌てて涙を拭った星宮が、いつも通りを装った声を出した。


 そんなことしなくてもいい、強がらなくていい。


 ホムラや紡が相手なら言える言葉も、星宮には言えなかった。


 何も言葉が見つからない。こういう場面で気の利いたことの一つも言えないなんて、自分自身に呆れるばかりだ。


 結局何も答えられず、ただ星宮の隣に立った。


「‥‥」


「‥‥」


 夕焼け色に塗られた空がフェンスの向こうに広がっていた。斜陽が目に染みて、思わず瞬きをした。


 隣で星宮も同じ空を見る。きっと、ずっと見ていただろう空を。


「‥‥私のせいで負けたわ」


 小さな呟きが聞こえた。聞かせようとしたのか、独白なのか分からず、俺は黙ったまま聞いた。


「‥‥みんな頑張ってくれたのに、私の驕りのせいで負けた。私がもっと作戦を練れていれば、ちゃんと武機(マキナ)を用意していれば、油断していなければ」


 ギシッとフェンスに指が食い込む。見ているだけで痛い。


 しかし彼女の心はもっと音を鳴らして、痛みに耐えているのだろう。


「私に、あの時撃つ覚悟があったら――」




「それは違う」




 言うべきではなかったかもしれない。


 星宮のことなんて何も知らない俺に、言う権利なんてない。


 それでも口は勝手に動いていた。


 ――それは、それだけは違う。


「‥‥」


 星宮が目を丸くして俺を見上げていた。


 しまったな‥‥。もう黙り続けているわけにはいかなくなった。


「どっちが正しかったかなんて、俺には決められないけど」


 雲仙煙霞が龍ヶ崎さんを盾にした時、気付いたんだ。


 ホムラも親父も、鬼灯先生も、俺が憧れてきた人ならあの場面でどうしたのか、答えは一つだ。


「星宮が撃たないことに、安心した」


 誰かを犠牲にすることを肯定して、勝利のための犠牲を褒め称えるなんて、クソくらえだ。


 レオールに勝てたから、ホムラの犠牲は正しかったのか。


 人々を守るためなら、親父は死んでもよかったのか。


 違う。


 そんなもの、残された人間が痛みを和らげるための詭弁(きべん)だ。


 俺はホムラを助けられなかった。それは俺が弱いからだ。もしもう一度同じ時に帰れるとしたら、俺は絶対にホムラに同じことはさせない。


「星宮は誰かを助けるために守衛魔法師(ガード)になろうとしてるんだろう」


「‥‥」


「俺は星宮みたいな人に守衛魔法師(ガード)になってほしい。改めてそう思ったよ」


 この思いが少しでも届いてくれたらいい。


 星宮は今こうして傷ついていても、すぐにまた立ち上がるだろう。凛と前を向き、歩き始めるはずだ。


 だからこんな言葉必要ないのかもしれない。


 それでもほんの少しだけでも、彼女が立ち上がる糧になってくれたらと、そう思った。


「‥‥ありがとう」


 星宮はそれ以上なにも言わなかった。


 俺も何も言わなかった。


 静かな屋上に押し殺した嗚咽(おえつ)が響く。


 それを聞きながら、薄墨(うすずみ)に濡れていく空を見上げ続けた。


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