チーム戦 三
◇ ◇ ◇
星宮有朱が所持する武機『榛名』は、魔法を弾丸として撃ち出す狙撃銃である。
有朱は『スターダスト』を発動し、それを弾倉に込めた。
七発分を一つに圧縮した弾丸は、通常の星屑とは一線を画す威力を誇る。
デパートの屋上は、街並みがよく見渡せた。
「‥‥」
スコープの先には煙が海のように広がっていた。
チカチカと散る火花が、綾芽と煙霞の戦いが継続しているのを教えてくれる。
それでも撃てる時ではない。
相手にもう狙撃手はいないため、自分の場所が割れたとしてもいきなり反撃されることはない。
しかし潜伏場所がバレれば、煙霞たちは射線を切る動きをするだろう。
特に煙霞の『スモークロウ』は狙撃手にとって不利な魔法だ。
確実に一撃で仕留める。
有朱は待った。ひたすらにその瞬間が来るのを。
心臓の鼓動だけが秒針のように聞こえる。
銃身と、グリップと、引き金と、全てが自分の一部になったような感覚。
待ち続けたその瞬間、煙の中で光が瞬いた。
刹那にも満たない時間。煙に焼きついた黒い人影を、有朱は見逃さない。
指が、引き金を引いた。
煌ッ‼︎
大気を焦がし、家屋の屋根をかすめ、光の弾丸は必殺の槍となって煙を串刺しにした。
「──」
有朱はその一撃の結果を確認するよりも先に新たな『スターダスト』を発動し、榛名に装填した。
当たったはずだ。その確信があっても慢心はしない。
たとえ今の攻撃でドロップアウトしていなかったとしても、ダメージは確実。次の一発で頭を撃ち抜く。
嘘のように引いていく煙の向こうで、有朱は手負の煙霞を捉えた。
おそらく胴体への一撃を、右手で防いだのだろう。手首から先はなくなり、胴体には一筋の傷が刻まれていた。重傷だが、致命傷ではない。
間髪入れず次弾を撃ち込むべきだった。事実、有朱の指はその瞬間確かに引き金を引こうと動いていた。
それを止めたのは他ならぬ有朱自身だった。
『あれ、撃たんの?』
奪われたインカムから聞こえてくる煙霞の声に、有朱は何も答えなかった。
「ッ‥‥!」
指が震える。合理と感情の天秤は結論を出さず、愚かにも中立を保った。
『場所見えたよ。今から行くから、待っててね』
『有、朱‥‥』
『うるさいなぁ』
んぐっ、と息の詰まる苦しそうな音が聞こえた。
スコープの向こうで、煙霞が笑っていた。
そのすぐ隣に、綾芽の苦しそうな顔がある。
手首から先のない右腕で綾芽の首を締め上げ、持ち上げているのだ。
持ち主の手を離れた薙刀が地面に転がり、宙に浮いた両足が苦しそうにもがいている。
──やられた。
有朱が撃ち抜いた瞬間、どういう方法を取ったのか煙霞は綾芽を打ちのめし、盾にしたのだ。
場所もばれている以上、今撃ったところで煙霞だけを撃つのは不可能。
今煙霞を確実にドロップアウトさせるならば、
『どうすんのー。簡単だよ、二人とも撃てば勝てる。撃たなくていいの?』
『有朱!』
二人の声が耳の中で響いた。
煙霞の言う通り、この場面ですべきことは単純だ。綾芽ごと撃ち抜けばいい。有朱の魔法ならそれができる。
「ふぅ‥‥」
暴れる心臓を何度も深呼吸で押さえつけ。
しかし最後まで指は動かなかった。
リーダーとして空道に辛い役回りを任せた。武藤と綾芽には最前線で戦ってもらった。全ては勝つためだ。三人もそれに納得し、役割を全うした。
だから有朱のすべきことは、ここで綾芽を切り捨てでも勝利をもぎ取ることだ。
自分の手で仲間を、親友を撃つ。
その引き金はあまりに硬く、重かった。
『おい、こっちは終わったぞ』
『下手に射線に出るなよ。撃たれるぞ』
近郷と武藤の戦いも終わったのだろう。
空道は射撃と墜落のダメージで既にドロップアウトしている。これで動けるのは正真正銘有朱一人だ。
結局最後まで、引き金はそのままだった。
◇ ◇ ◇
「や、お待たせ」
「‥‥」
屋上の扉を開けた煙霞はとても重傷を負っているとは思えない軽々とした態度だった。
その細腕は未だに綾芽を締め上げている。
呼吸を制限されている綾芽の顔は青白く、指先はかろうじて煙霞の腕を掴んでいる状態だ。
よく見れば両足の太ももに傷があり、槍で貫かれたことが分かる。痛々しい光が今も溢れ続けていた。
煙霞の後ろからはぬっと近郷が姿を見せた。
「いやいや、撃たれた瞬間はやっぱり肝を冷やしたよ。これでもエナジーメイル全力で展開して防ごうとしたのに、手は爆散するし」
「‥‥どうやって綾芽を」
そう、致命傷に至らなかったとはいえ、煙霞は右手を失っているのだ。その状態で簡単に拘束出来るほど綾芽は弱くない。
煙霞は含みのある笑みを浮かべた。
「有朱ちゃんってさあ、能力高いせいかもしれないけど、視野が狭いよね。自分の判断が確実に正しいと思ってる」
「そんなこと」
「俺のこと、弱いと思ってたでしょ」
その一言は、驚くほど真っ直ぐに有朱の胸に突き刺さった。
「腕一本とれば龍ヶ崎さんが負けるわけがないって判断して、結果がこれでしょ。だからさっきの答えは単純」
ぐっ、と拘束する腕が盛り上がり、綾芽が苦しそうなあえぎ声を出した。
「俺が腕一本でもこの程度は簡単に倒せる実力だった」
「‥‥」
「まあまあ勘違いしちゃうのも無理はないけどね。そうなるように、この一年間は力をセーブしてきたし」
煙霞の言葉は事実なのだろう。綾芽が敵を前にして油断するとは思えない。
「そんな、なんのために‥‥」
「高等部からの編入一年目、しかも御三家の人間なんて、警戒されて当たり前じゃない。だったら一年は準備に当てようと思ってさ。おかげで」
煙霞の顔に深い笑みが刻まれた。
餌を前にした蛇のように、大きく口が裂ける。
「君のそんな顔が見れた」
そこにあるのは悪意だった。
純に黒い、得体の知れぬ悪意。
有朱は思わず後ろに下がった。煙霞にこんな悪意を向けられる理由が見つからなかった。
「そもそもさあ、有朱ちゃん、その武機はないでしょ。そんなんでよく勝つ気だったね。そういうところも驕りだと思うよ」
「‥‥」
「それ開発科が作ったやつだろ。量産品の劣化コピーみたいなもんだ。実家からちゃんとした武機を持って来てれば、初めの一発で決着はついてた」
ぐっと下段に構えた『榛名』を握る。煙霞の言葉は全て事実だった。
何か言い返してやろうかと思っても、何も言葉は出てこない。
御三家の有朱なら自分専用の武機を用意することが出来た。それをしなかったのは、与えられた環境を利用することを弱さだと判じたからだ。
その結果がこの様だ。
「ま、天狗になってもしょうがないくらいには追い詰められたけどさ。終わりにしようか」
煙霞と近郷が悠然と距離を詰める。
屋上は広くない。数秒と経たず有朱の逃げ場はなくなり、槍の届く間合いへと入った。
「――」
瞬間、煙霞たちの背後でいくつもの光が瞬いた。
事前に発動し、扉の背後に待機させていたスターダストたちだ。
二人を手前におびき寄せ、背後から急襲する。有朱はその時を虎視眈々と狙っていたのだ。
「むっ‼」
しかし近郷の判断は迅速かつ的確だった。
星宮有朱が何もせず待つはずがないという確信が、常に近郷の緊張を張り詰めていた。
魔法の気配を感じるやいなや煙霞の背後に立ち、地面を殴りつける。アースビートによって床が畳返しのように屹立し、光弾を受けた。
「うぐっ‥‥!」
ゴガガガガ‼ と石材を弾丸が貫き、近郷にもいくつもの風穴が空いた。
そしてそれすらも有朱の中では予想の範囲内。
――ここ。
スターダストを放つと同時に踏み込み、右手を前に煙霞へと魔法を放たんとした。この至近距離ならば、煙霞だけを撃ち抜ける。
その時、有朱の目の前が真っ暗になった。
――あ。
煙霞が綾芽の身体を放り投げたのだと気付いた時には、彼女の手は攻撃ではなく抱き留めることを選んでいた。
ずんっ。
腹に灼熱が奔る。
重い踏み込みから放たれた刺突が、真っ直ぐに綾芽と有朱の二人を貫いたのだ。
「ほんと、甘っちょろくて嬉しいよ有朱ちゃん」
飽和する光の泡の中で、煙霞の声だけが頭の中で響いた。
泡が弾けて消えると同時、星宮有朱のチームは完全なる敗北を喫した。




