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チーム戦 二

     ◇   ◇   ◇




「やっぱり落ちちゃった。八知、あとで荒れるだろうね」


「そんなこと言っている場合か。これで本格的に星宮を止める手段がなくなったぞ」


「まあ最低限の仕事はしてくれたから、何とかなるでしょ。有朱ちゃんも場所を移動するために少し時間がかかるだろうし」


 煙霞と近郷は走っていた足を止めた。


 本来なら居場所が割れたこの時を逃さず、有朱を追撃しに行くべきだ。距離を詰めれば詰めた分だけ、有利になる。


 しかしそれを許す程有朱は甘くなかった。


「あら先輩たち、そんなに急いでどこに行くつもりかしら?」


「おっと、これは心惹かれる足止めだ」


 煙霞たちの前に立ちふさがったのは、二人の男女だった。


 龍ヶ崎綾芽(りゅうがさきあやめ)。刃を下に、脇で柄を受けるように持つのは、薙刀(なぎなた)型の武機(マキナ)だ。


 そしてもう一人は数歩下がって双銃をこちらに構える武藤阿弾(むとうあだん)


 有朱が本気で勝つために声をかけた二人だ。


「君、龍ヶ崎家の長女だろ。学食の時にも見たけど、有朱ちゃんと仲いいんだね」


「へぇ、あの時は無視されていたので、てっきり知らないものだとばかり思ってました」


「優先順位を間違えない男なんだよ」


 軽薄な表情で軽口を叩く飄々とした煙霞(えんか)に、龍ヶ崎は無言で返した。


「君、今回はわざと桜花戦から外れたんだろ。わざわざ出てきていいの?」


「人聞きの悪いことを言わないでください。外れたのは実力ですよ」


「ふーん。ま、そういうことにしておこっか」


 煙霞はゆったりと十文字槍を構えた。


 その横を近郷拳正(こんごうけんしょう)が無造作に抜き去り、歩いていく。


「おいおい、今度はお前かよ。少しはリーダーの言うこと聞けって」


「じれったい。こんな連中に時間をかけていたら、それこそ星宮の思う壺だろうが。さっさとなぎ倒して星宮を追うぞ」


「それが出来たら苦労しないから」


「ふん」


 もう聞く耳は持たぬと近郷は歩いていく。彼の武器は両の前腕までを覆う分厚いガントレット型の武機(マキナ)だ。


 薙刀と拳。


 間合いに圧倒的な差があると分かった上で、近郷は進む。


 そして拳を振り上げ、地面へと叩きつけた。アスファルトの破片と共に、魔力(マナ)の光が散る。


「『アースビート』」


 大地が揺れ、地面が力の歪みに耐えきれずひび割れた。


 綾芽と武藤の身体が揺らぐ。近接戦闘を得意とする人間にとって、足場が安定しないというのはとてつもない不利要素だ。


 その隙を見逃さず、近郷は一気に綾芽へと踏み込んだ。


 大砲の如き拳が細い身体に叩きつけられようとした瞬間、綾芽が沈んだ。


 脱力し、揺れに身を任せたのだ。がくんと落ちて、揺れる。


 拳は虚しく音を上げ、彼女の目前を通り過ぎた。


 そして、綾芽が爆ぜる。


 凄まじい踏み込みと共に褐色の肉体が躍動し、薙刀がごく短い間合いで激しく唸った。


 ゴッ‼︎ と近郷の巨体が後ろに飛んだ。


「っぐ――⁉︎」


 ガントレットで受けられたのは、いざという時のために片手を守りに残しておいたからだ。


 そうでなければ、今の一発で近郷はドロップアウトしていただろう。


 それ程の威力だった。


「だーから言ったでしょ。龍ヶ崎家知らないの? 現代に残る怪異殺しの家系だよ。しかもガチガチの武闘派。陰陽師とかじゃない、侍がルーツの家だ」


「‥‥すまん、油断した」


「あんだけ舐めてかかって死んでないんだから儲けもんでしょ。あれは俺がやるから、拳正は武藤君抑えてよ」


「‥‥分かった」


 薙刀を受けた左腕を気にしながら加藤は答える。


 咄嗟にエナジーメイルで強化した武機(マキナ)で防御することが出来たが、その上からでもビリビリ衝撃が伝わってくる。


 とんでもない威力だ。


 薙刀を中断に構えた綾芽が涼しい顔で煙霞を見た。


「今度は雲仙先輩がお相手をしてくれるの?」


「メインディッシュ前に重い女の子ってのは、胃もたれするなぁ」


 まるで紙風船のように軽く、中身のない言葉を言いながら、煙霞は前に出た。


 それでいいのだ。言葉に重さだの責任だのと馬鹿らしい。


 どんな綺麗事を並べ立てようと、大層な理想を掲げようと、結局評価されるのは結果だけなのだから。




     ◇   ◇   ◇




「本当、何で桜花戦参加しなかったのかなぁ。わざと手抜いたでしょ」


「そんなつもりはありませんよ。ただ熱意の強い者が選ばれたというだけだと思いますよ」


「思いだけで勝てるなら苦労しないって」


 今回の桜花戦の選出は、適性試験の結果と桜花前哨戦の成績で決められている。


 素の実力だけでいえば武藤よりも綾芽の方が上だが、選出の結果は違った。


 そして綾芽はそれに納得していた。


 武藤は護に正面から挑み敗北して尚、こうして先輩相手という不利な盤面に上がった。


 それだけで選ばれた理由に足る。


 自分で話を振っておきながら、「あっそ」と煙霞は話を切った。


「ま、とりあえず足止め役の君たちをさっさと倒しちゃえば、こっちの勝機がぐんと上がるんだ。龍ヶ崎さんには悪いけどすぐに終わらせるよ」


「楽しみですね」


 煙霞は槍を構えながら、ある魔法(マギ)を発動した。


 『スモークロウ』。


 煙霞を中心に薄雲のような煙が広がり、あたりを覆う。


 煙霞の代名詞と言ってもいい魔法(マギ)。煙を発生させ、操作する魔法(マギ)だ。


 これを展開されると、綾芽の目から煙霞の姿が消える。更に外側から射撃を狙う有朱にとっても、目くらましのカーテンとなる。


 一方煙を操作している煙霞は綾芽の動きを全て把握することができる。


 決して派手さはないが、優秀な魔法(マギ)だ。


 しかしここは住宅地。いくら姿をくらませようと、近寄れる方向は決まっている。


 さらに敵の動きを知る方法は、見るだけではない。


 ギィィン‼︎ と激しい火花が白の中で(またた)いた。


 煙の奥から突き出された槍を、綾芽が薙刀の柄で受けたのだ。


 その瞬間、(けぶ)る道で二人が凄まじい速度で刃を交えた。


「――」


 綾芽が頼りにするのは耳だ。どれだけ煙の流れで動きを誤魔化そうと、音は嘘をつかない。


 そして一度場所が割れれば、逃す手はない。


 獲物に食らいつくように、薙刀が執拗に煙霞を追い続ける。


 一方の煙霞は鋭い刺突で綾芽の急所を狙う。


 見えないところで、銃の乱射される音が響いた。近郷と武藤も戦っているのだろう。


 しかし二人にそれを気にしている余裕はなかった。


 一瞬でも気を抜けば殺されるという共通認識があった。


「流石に強いね。二年生でもこんなに動ける人いないよ」


「誉めている余裕が、あるんですか」


 綾芽はピンポイントのショックウェーブで煙霞の攻撃を逸らすと、その隙に薙刀の一振りを叩き込んだ。


 タイミングも威力も申し分ない一撃だったが、煙霞は危なげなくそれを後ろに下がって避けた。


「怖い怖い」



「‥‥」


 綾芽は次の一手を考えながら表情を厳しくさせた。


 飄々(ひょうひょう)とした見た目に、悪評も相まってマイナスなバイアスがかかっていたが、煙霞は純粋に強い。


 何故有朱が綾芽を頼ったのか、今になってよく分かった。


 この男を正面から足止めできる人間は、一年生の中にはほとんどいないだろう。


 だからこそ握った薙刀が重く感じる。普段から人に頼られるばかりで、誰かを頼ろうとしない有朱にお願いをされたのだ。


『一緒に戦って欲しい』と。


 そんなの、頷かないわけがない。


 綾芽が有朱に出会ったのは中学生の時だった。


 初めの印象は、いい子ちゃん。


 名家に生まれ、将来を期待されて蝶よ花よと育てられてきたお嬢様。周囲の賑やかな反応にも一つ一つ丁寧に対応し、笑顔を振りまく。


 絵にかいたような八方美人だ。


 見ていてすぐに分かった。何せ自分がそうだからだ。


 御三家ほどではないが、裏の世界では龍ヶ崎も有名な家だ。とても名家などとは言えない、粗野で、乱暴で、妙に温かみのある家ではあったけれど。


 そういう家に生まれると、どうしたって色眼鏡で見てくる人間はいる。


 世界改革(ワールドエンド)のせいで、これまで日の当たらなかった場所から押し出されてしまったから、もう仕方のないことだ。


 好奇心に囚われて、それを当然だと認識している人間は、怪物(モンスター)よりよほど(たち)が悪いと思う。


 無視しても角が立つし、余計なことを言うと噂が立つ。適当に笑って流すのが一番効率的なのだ。


 だから綾芽は勝手に有朱に親近感を持っていた。


 その印象ががらりと変わるのは、魔法戦闘(マギアーツ)の授業で有朱と模擬戦闘をした時だった。


 中等部の間は徹底して『エナジーメイル』を使った近接戦闘を鍛える。


 もちろん、それ主体で戦う者と、距離を取るための者と、学ぶ理由は様々だ。


 綾芽は前者で、有朱は誰が見たって後者だった。


 結果は当然、綾芽の勝ちだった。有朱が得意とするのは中距離の弾幕か遠距離の狙撃だ。近接で綾芽に勝てるはずがない。


 そんなこと分かり切っているのに、


『龍ヶ崎さん、もう一回』


 綺麗な顔を汗だくにして、彼女はそう言った。


『もう一回』


『まだまだ』


『時間あるから』


 いやいい加減にして。そう言ったと思う。


 しかし彼女は諦めなかった。それから魔法戦闘(マギアーツ)の授業がある度に、綾芽は有朱の相手をしなければならなくなった。


 すると教室でも話すようになるし、見えていなかったものも見えてくるようになる。


 彼女が誰に対しても丁寧なのは間違いなく御三家の生まれだからで、ただ違ったのは、それが有朱にとって本当の意味で当たり前だったこと。


 時間をかけて編み込んだ髪は、昔綺麗だと褒めてもらったから伸ばしているけれど、邪魔になるから毎日自分で編み込んでいるということ。


 予想よりもずっと子供っぽくて、負けず嫌いで、危なっかしいということ。


 そして、肝心な時に全部一人でやってしまおうとすること。


「あの子、珍しくやる気の顔をしていたんですけど、何か知ってます?」


「さぁ? 初めての桜花戦だから気合入ってるんでしょ」


 槍を構えたまま器用に肩をすくめた煙に紛れようとした。


「させません」


 踏み込み、薙刀を振るう。この道幅でお互い長物を使っているのだから。完全に隠れるのは難しい。


 綾芽は勝つ必要はない。時間が経てば状況は綾芽に有利に動く。


 もっとも頼れるリーダーが、こうしている今も見続けているのだから。


 何度目か刃が衝突した瞬間、綾芽は一つの魔法(マギ)を発動した。


 『フラッシュ』が眩い光を放つ。


 白い(とばり)に輝く閃光が、綾芽と煙霞を照らし出した。視界を奪うための光ではない。


 外から見れば、煙の中に二人の黒い人影が映し出されたはずだ。


 それだけあれば、十分。




 一筋の流星が、煙霞を貫いた。


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