チーム戦 一
◇ ◇ ◇
桜花戦が始まり三日目。
これまでに多くの生徒たちが戦い、序列が目まぐるしく入れ替わった。
有力な生徒たちの戦いは学内外を問わず高い注目を誇り、ネットニュースでも桜花戦の記事を見ない日はなかった。
俺も先輩たちの戦いを何度か観戦したが、誰も彼も流石の実力で、圧倒されっぱなしだ。
ランク2の怪物を相手にしても戦えそうな人もいたが、それは鬼灯先生にすぐさま否定された。
『無理ですね。シンプルに威力が足りません。いくら小手先の技術を鍛えようと、怪物の外殻を貫くだけの力がなければ、奴らには勝てません』
たしかに言われてから試合を見てみると、使える魔法の数や使い方は洗練されていくが、威力で百塚を超える人はいなかった。
いや、あれはあいつがぶっ飛んでるだけの可能性はあるな。
思い返してみると、適性試験で犬塚さんたちがランク1の怪物に苦戦していた。
改めて『火焔』を授けてくれたホムラの規格外さが際立つ。
本当何なんだろうあいつは。
朝の喧騒をすり抜け、教室への道を歩いていると、目立つ蜂蜜色の編み込みを見つけた。
どうしようかと一瞬迷い、声を掛けるために足を速めた。
「おはよう星宮」
「あら真堂君、おはよう」
合宿以来久々に聞く品に満ちた声。
相変わらずだな。こんな日でもいつも通り冷静なのが、星宮って感じがする。
「いつもより早いのね。何かあったのかしら?」
「たまたま目が覚めただけだよ」
嘘だ。
本当は今日の試合が気になって、目が冴えてしまった。
星宮と雲仙先輩の試合が今日行われるのだ。
それはこの三日で何度と行われている桜花戦の一つに過ぎないのかもしれない。
ただどうしてもあの日一線を引いた星宮の顔がちらつく。
だから今確認したかったのだ。
そこに嫌な気負いがないことを確認したかった。
星宮の顔はいつも通りで、何も読み取れはしなかった。分厚い微笑みの下に何かが隠されていることは分かっても、それが何なのか分からない。
だから自分から声を掛けておいて、何と言うべきか言葉を見失った。
「‥‥頑張れよ」
結局言えたのは、飾り気の一つもない不格好な応援だった。
「‥‥」
星宮の口が微かに綻んだ気がした。
「ええ。ありがとう」
試合前の彼女を見ることができたのは、その数分だけ。
『星宮有朱 対 雲仙煙霞』のチーム戦が幕を開けたのは、放課後すぐのことだった。
◇ ◇ ◇
今日の試合会場として選ばれたのは住宅街マップだった。
護と武藤が戦った商業地マップに比べて高い建物が少なく、細い路地が多い。
建物の影に隠れるようにしながら雲仙煙霞たちは歩いていた。
「おい雲仙」
「何さ」
「まだ具体的な作成を聞いてないぞ、どうするつもりだ」
「どうするって言ってもな~。特に作戦とかはないよ」
穂先が十字になった槍を肩に担ぎ、適当に答えた。
後ろを歩く男はそれを予想していたのか、ため息を返すにとどめた。
「有朱ちゃんは間違いなく狙撃に回るでしょ。とりあえずそれを何とかしないことには勝ち目はないね」
「だったらどうする」
「釣るしかないかな。このマップなら狙撃できる場所は限られてるから、向こうもこっちが捜索に回らないように足止めに来るはず」
「その一発で頭を射抜かれたら終わりだぞ」
「ないない。気抜かなきゃ大丈夫だって」
何を根拠に、と男は再び息を吐いた。
「ま、ライブ感を大事に行こうよ。八知もそんな感じで。攻撃は俺の方で支持するからさ」
『ふざけてんのかお前』
耳に付けたインカムから鋭い女の声が届いた。
笹川八知。
近郷拳正。
それが今日の戦いのために煙霞が集めたチームだ。二人とも普段はソロで桜花戦を戦っている二年生で、固定のチームは組んでいない。
煙霞が作戦を立てなかった理由の一つがそれである。急造のチームでは、細かな連携は不可能だ。
そしてそれはこちらのチームだけの話ではない。
星宮有朱のチームもまた、連携力という点では似たようなものだ。
一年間集団戦闘を学んだ二年生の方が有利ですらある。
しかしそれすらもねじ伏せてくるのが、星宮有朱だ。
「そら、噂をしてたら来たよ」
「あん?」
煙霞が指さした先、上空に視線を向けると、一人の人影があった。
「あれは――」
「空道航だ。逃げるよ」
二人が踵を返すよりも先に、空を飛ぶ空道が魔法を発動した。光のアイコンが弾け、手に炎が生まれた。
『ハンズフレイム』。
上空からいくつもの火の玉が降り注いだ。
「よっと」
「ふん!」
煙霞はそれをするすると躱し、近郷は両腕のガントレットで弾き飛ばす。
「ちっ、鬱陶しいな。『ホバー』か」
「あれ意外と難しいから使える人珍しいよね。俺たちみたいに遠距離攻撃の手段がないといい的だ」
「笑ってる場合か。この程度の攻撃逃げる必要もない。投擲で叩き落としてやる」
「やめときな。空道君がここにいるってことは、もう俺たちの居場所は有朱ちゃんにバレてる。足を止めたら射線を通されるよ」
「‥‥これだから狙撃手は厄介だ」
路地を縫って走る二人を、空道は上空から追跡し続ける。ハンズフレイム一発一発の威力はさほど高くないが、当たり続ければ魔力を消費する。
止まるわけにはいかない。かといって走り続けて見晴らしのいい場所に誘導されると、有朱の狙撃が飛んでくる。
――空道はやっぱりここで落としておかないと厄介だ。
煙霞が槍を握り直した時、インカムから声が聞こえた。
『いつまでウダウダやってんだ。あんな蚊トンボ、私が射落としてやる』
「おいおい、ちょっと待ってよ。攻撃のタイミングはこっちで出すって。今攻撃したら潜伏場所がバレて、君が有朱ちゃんに狙い撃ちにされる」
『要は場所がバレなきゃいいんだろ。誰に向かって言ってんだ』
「ちょっ」
インカムが一方的に切られた。余計な音を無くして、集中するつもりだ。
「あーあ」
「こうなることなんて、声を掛けた時から分かってただろ」
「八知は有朱ちゃんを意識しすぎなんだって」
「同じ遠距離主体の魔法師だ。比べられてきたんだから、どうしたって意識するだろ」
「意識なんてするだけ苦しいのにね~」
煙霞は気持ちを切り替えた。どっちに転ぼうが戦況が動く。
逃げながら上を向くと、今まさに空道がハンズフレイムを構えていた。
次の瞬間、一陣の風が空を切った。
「ぅぐっ⁉︎」
真っ赤なエフェクトがパッと散り、空道の身体が崩れた。ホバーの魔法も継続が難しくなったのだろう。そのまま壊れたドローンのように墜落していく。
斜め下から抉るような曲線の一射。『クリエイトアロー』によって作られる矢は、創造者の思うがままの形状となる。それを利用した捻じ曲がる射撃こそが、笹川八知の真骨頂だ。
「流石。やるねぇ」
八知は既に移動を開始しているだろう。居場所を悟らせない曲射と、隠密の高速機動。これを武器に八知はソロで序列を上げてきた。
一年生の急造チーム程度なら、八知一人でも全滅させられただろう。
そう、相手が星宮有朱でなければ。
◇ ◇ ◇
笹川八知が空道を射たのは、あるアパートの屋上だった。
空道を撃ち抜いたことを確認した後、八知はすぐさま屋上から飛び降りた。着地するのは別の家の屋根。
市街地用の灰色の迷彩マントで身体を隠しながら、屋根から屋根へ飛び移る。
(星宮は確実に狙撃のために高い位置に陣取っている。私なら潜伏場所はあそこと、あそこ)
屋根にいる自分を狙える場所は限られている。そこさえ押さえておけば、射撃が来ても避けられる。
煙霞や近郷が撃たれようと、その瞬間自分が星宮を射抜く。
空道が落ちて、戦況は三対三。人数は五分になった。
こうなれば地力が上回るこちらが圧倒的に有利。
(どう来る星宮有朱。私か、雲仙たちを狙うか。どちらでも、その瞬間がお前の終わりだ)
これは戦いではない。獲物を誘導し射抜く、狩りだ。
その時だった。
「――」
自分の足元に、大きな影が被さった。
まさか。
その瞬間、八知は悟った。
星宮有朱は狙撃のために潜伏していなかった。
『イーグルアイ』によって強化された視力によって、確実に矢の放たれたであろう場所を割り出し、追跡する。
そう、星宮有朱は初めから狙撃を選んでいない。
リーダー自らが猟犬となり、狩人を噛み殺しにきたのだ。
「星宮ぁぁあああ‼︎」
身体を前に投げ出しながら空へと上半身を捩じる。
その体勢であっても弓に矢を番えられたのは、これまでの訓練の賜物だった。
しかし、遅かった。
「――」
見下ろすのは、ミラージュを解いた有朱と、きらめく星屑の翼。
「『スターダスト』」
乱舞する光は反撃を許さず、降り注いだ。
そこには一片の慈悲もない。
星屑の弾丸はエナジーメイルを引き裂き、八知をドロップアウトさせた。
「‥‥ふぅ」
散乱する光の中に降り立った有朱は、小さく息を吐いてすぐにまた光の幻影で姿をくらませた。
勝負は終わっていない。
有朱自身が自由に動くため、まずは射手を叩く。ここまでは予定通りだ。
しかし相手は御三家の雲仙煙霞だ。
わざわざチーム戦を提案してきた以上、何の策もないとは思えない。
今はこちらに流れがある。
相手の策が分からない以上、流れに乗った状況で、このまま決め切る。
「ありがとう空道君」
囮の役を買って出てくれた仲間へ労いの言葉をかけ、インカムを繋いだ。
そして戦況は次の段階へと進む。




