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あの時の続き

「はぁ~食べたな!」


「そういうのは全部食べ切ってから言うんだよ」


「それに関しては感謝している」


 ならもう少し申し訳なさそうにしてくれ。


 パンパンに膨らんだ腹を撫でながら、俺は苦しい息を吐いた。


 結局村正が食べきれなかった分は俺がかわりに食べることになった。女子二人に食べ残しを押し付けるわけにはいかないし、店の厚意で成り立っているセットを残すのは申し訳なかった。


 それにしてもキツイ。俺の頭に居座る鬼灯先生が「気合です。たいていのことは気合で乗り切れるようにできています。それが無理なら胃を動かして圧縮です」と、無茶苦茶なことを行ってくる。


 イマジネーションカオルズブートキャンプ‥‥。


 俺たちはうだうだと喋りながら帰路を歩く。


 この間も思ったけど、こういうの、なんだかいいな。帰り道といえばホムラに会いに行く道で、それはそれで好きだった。


 ただなんだか、こういう楽しさと寂しさが入り混じった帰り道も、悪いものじゃない。


「じゃ、俺たちはこっちだな」


「ん」


 紡と村正が分かれ道でそう言った。


「音無さんは?」


「私はこっちです」


「じゃあ俺と一緒か」


 知らなかったな。思ったより近いところに住んでいるのか。


「真堂、送り狼にならないように気を付けろよ」


「俺はお前と違って紳士なんだよ」


「俺は自他ともに認める生粋のジェントルマンだ。誰にも手を出したことはない」


 格好つけているけど、とんでもなく情けない決め台詞だ。


 しかしここでのツッコミはもろ刃の剣。俺は口を閉じて頷いた。


「ほら黒曜、帰るぞ。‥‥黒曜、黒曜! 帰るぞ!」


「‥‥」


「全然動かん! 黒曜、俺は家に帰って見たいドラマがあるんだっ‥‥!」


「‥‥うるさい。行くから」


 なぜか俺と音無さんを見たまま止まっていた紡は、最後に俺を睨みつけてから村正と歩いて行った。


 なんだ、一体何が言いたかったんだ。


 俺の幼馴染が何を考えているのか分からない件。


「それじゃあ行こうか」


「はい!」


 やけにテンションが高いな。みんなで遊びたいって言ってたし、よっぽど楽しかったんだろう。もしかして、俺と同じ独りを極めし者なのかもしれない。


「? どうかしました?」


「いや、また遊びに行こうな」


「なんだか優しい視線が気になるんですが‥‥お父さんみたいな目してますよ」


「そんなことないぞ」


 音無さんは「もう」と笑った。その首にトレードマークがないことに、今更気付いた。


「そういえば今日はヘッドホンは良かったのか? ファミレスとかうるさかっただろ」


 音無さんは耳がいい。


 世間一般で言う耳がいいではなく、文字通り人間離れした聴覚の持ち主なのだ。


 第六感(シックスセンス)とも呼ばれる、世界改革(ワールドエンド)の副産物の一つである。


 音無さんの耳は周囲の音を精密に拾い、その人の心情すら聞き取れるという。


 だから普段はノイズキャンセリングヘッドホンで余計な音を遮断しているのだ。


「すみません、ないと違和感ありますよね」


「別にそんなことはないと思うけど。大丈夫なのか」


「はい。ありがとうございます。ああやってお話に熱中してたりすると、意外と他の声は気にならなかったりするんです」


「それならよかったよ」


「真堂君は優しいですね」


 なんだか心を撫でられたようなむず痒さに、俺は口を閉じた。


 二人の間に夜の香りをはらんだ風が吹き抜けた。


 ちらりと横を見ると、ふわふわした髪を機嫌よく揺らす音無さんの横顔が見えた。


 小さな顔に丸みを帯びた柔らかそうな頬、丸くてきらきらした瞳も相まって、やっぱり兎のようだ。


「こうして夜に歩いていると、合宿の日を思い出しますね」


「っ、ああ、そうだな」


 見ていることに気付かれたのかと思って、声が上ずった。


「あの時は何だかおっきいのに乱入されて大変になっちゃいましたけど、あれはあれでいい思い出ですね」


「ごめん。そう言ってもらえると助かるよ」


「どうして真堂君が謝るんですか」


 それは、あれを操っていたのがうちの鬼教官だからです‥‥。誠に申し訳ない。


 音無さんが軽やかな足取りで一歩前に出ると、くるりとこちらを振り返った。


「あの時話が終わってしまって、本当はその続きをどこかで話したかったんです」


「続き‥‥」




『多分、一目惚れです』




 思い出した瞬間、カッと顔が赤くなるのが分かった。火焔(アライブ)とは違う熱が全身を侵す。


 人生で誰かに好意を向けられた覚えがない。親愛ではなく、恋愛、なのか?


 わざと思い出さないようにしていた。きっとそれをどうにかするスキルが俺にはないから。


 乾いた口をなんとか動かす。


「あ、あの‥‥」


「あ、ごめんなさい! そっちじゃないんです。あの時は少し先走ったというか気持ちが溢れたというか、とにかく一度聞かなかったことにしていただけると助かります!」


「そ、そうか」


 え、撤回された? まだ告白かどうかも定かではないうちに。


 残念なようなホッとしたような、そんな情けない気持ちになる。


 考えてみればほとんど話したこともなかったんだ。一目惚れなんて、そんなフィクションが現実に起こるわけがない。


 そう、そんなことが現実に――。


「話っていうのは、その後の提案のことです」


「提案?」


 そういえばそんなことを言われた気もする。前後の衝撃が強すぎてすっかり忘れていた。


 夕焼けの中でも分かる桜色に染まった顔で、音無さんは言った。


「はい、提案です。私を真堂君専属のエンジニアにしてくれませんか」


 専属のエンジニアって、どういうことだ。武機(マキナ)に関係するものだってことくらいは分かるけれど、専属の意味がいまいち掴めない。


「専属って、具体的にはどういう関係なんだ?」


「真堂君の武機(マキナ)の作成や調整を、全て私に任せてほしいということです。代わりに私はどれだけ依頼が来ていても、真堂君の依頼を最優先にします。場合によってはミッションに同行することもありますね」


「それ俺に条件良すぎないか?」


 音無さんのよく分かっている。黒鉄(クロガネ)は『火焔(アライブ)』の炎を蓄積し、『花剣』の錬成がスムーズに行えるよう補助してくれる。


 更に後々聞いた話では、黒鬼(ダークオーガ)の『負荷雷光(ペインボルト)』の力も宿しているという。


 これを一から作り上げたエンジニアと専属の契約を結べるなんて、あまりにもいい話だ。


「そうでもないですよ。真堂君は他の方が作った武機(マキナ)を触ったことがないでしょう」


「うん、ないな」


武機(マキナ)の性能は材料とエンジニアの腕によって決まります。その比重は後者の方が圧倒的に重い。どれだけいい道具と材料がそろっていても、それを組み上げるエンジニアの腕が無ければ、出来上がるのはガラクタです」


「‥‥」


武機(マキナ)守衛魔法師(ガード)が命を預ける物です。学生であっても、本来なら信用のおけるプロに頼むべきだと私は思っています」


「いやでも、合宿の時にはみんな先輩たちが作ってくれた武機(マキナ)を使ってただろ」


「あれは個人で武機(マキナ)を用意できないからです。量産品でも十万は超えますから」


「たっか‥‥! え、そこまで高いの?」


武機(マキナ)の開発は世界改革(ワールドエンド)からの四十年、急ピッチで進められてきました。それでも現状は作り手が少なく、市場も小さいんです。だから価格も高くなる。今は海外メーカーの武機(マキナ)を使う人も多いんですよ」


 言われてみれば当たり前の話である。


 武機(マキナ)を使うのは守衛魔法師(ガード)や、一部の魔法師だけだ。


 最近では生活で使える魔道具も普及し始めているが、ほとんどは電化製品の代替品に落ち着いている。


 科学が発達した現代において、ファンタジーが入る余地は狭い。


「だったら余計にありがたい話じゃないか」


 音無さんは目を伏せて首を横に振った。


「真堂君が積み重ねてきたものを考えれば、どこかの企業がスポンサーになってくれるはずです。今話が来ていないのは、一年生を学校が守っているからだと思います」


「スポンサーって、そんなことあるわけないだろ。まだ実績も何もない学生だぞ」


「真堂君は適性試験で化蜘蛛(アラクネ)を倒しましたから、確実に注目されているはずです。それに『火焔(アライブ)』はこれまで発見されていない唯一無二の魔法(マギ)。それだけでも、スポンサーはいくらでも見つかるでしょう」


「‥‥」


 そうか。俺の実績はともかく、『火焔(アライブ)』はたしかに特別な魔法(マギ)だ。


 スポンサーという話が急に現実味を帯びてくる。


 それを加味した上で、決めた。


「それでも、私――」


「専属の話、受けさせてもらうよ」


「え」


「音無さんが言う通り『火焔(アライブ)』は特別だから、俺は信頼できる人に任せたい」


 偽りない本心だ。


 それだけの力と意志を音無さんは見せてくれた。あの夜、虎に追われながらも俺の手に『黒鉄(クロガネ)』を授けてくれた瞬間を、忘れてはいない。


「いいんですか⁉」


「俺の方が頼みたいくらいだよ」



「やっったぁああ‼」



 音無さんはその場でぴょんぴょんと飛び跳ねた。


 そこまで喜んでもらえると、非常に照れくさい。


「むしろ俺でいいのか?」


「何を言っているんですか、真堂君がいいんです! 今回の試合が終わってから、他のエンジニアに先を越されるんじゃないかとずっと冷や冷やしていましたから!」


「そんな大げさな」


「大げさじゃないんですよ! エンジニアにとって将来有望な方と契約するのは学校にいる間の最重要目標何ですから!」


「そ、そうか」


 まずいな。会話を重ねる程恥ずかしさが増していく。


「それじゃ、改めてよろしくな」


「はい! よろしくお願いします!」


 満面の笑みが眩しすぎて、その顔を直視できなかった。


「それじゃ、私はもう行きますね」


「こっちの方面だろ。送ってくよ」


「ごめんなさい、私こっちじゃないんです」


「はい?」


 そう言うと音無さんはこれまで来た道の方へと歩き始めた。じゃあここまで完全に回り道どころか、逆に来てたのか。


「なんでそんなこと」


 音無さんは足を止めて振り返った。髪に隠れた横顔が、はにかんでいた。




「話したくて、嘘ついちゃいました」




「‥‥」


「じゃ、じゃあまた明日‼」


 それだけを言い残し、ふわふわの髪が飛び跳ねながら遠ざかっていく。


 妙に身体が火照るのは、まだ九月だからだ。生温い黄昏の空気がやけに軽く感じるのも、心臓がエイトビートを刻むのも、全部全部九月のせいだ。


 そういうことにしておこう。



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