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雲仙煙霞という男

 結局俺と村正は桜花セット、紡と音無さんは別のメニューを頼んだ。


 それが賢明な判断だったと思う。


 何せ俺と村正の前にはお馬鹿さんが盛りつけたのかと思いたくなる大盛のご飯やらラーメンやらが並んでいるのだから。


 これ、やっぱり桜花生に対する挑戦状だろ。食べきれるなら食べてみろっていう感じの。


「むぐ、ぅう‥‥」


「ちゃんと食べきれよ村正」


「貴様こそ」


 当たり前だ。我が家は出されたもんはなんであれ食べきるというルールがあるんだよ。


 ただ、ちょっと多いなぁ。


 山のような食事を崩しながら、俺はふと思いついたことを聞いてみた。


「そういえば三人は俺の後の試合も見たのか?」


「私は専攻練(せんこうれん)


「私は見ましたよ」


「俺もだ」


 今日の試合は俺だけではない。二年生や三年生たちの試合も今日から始まっている。


 開幕戦こそ俺と武藤の試合だけが行われていたが、それ以降は同じ時間に何試合かが同時進行していたのだ。


 村正が伸び始めたラーメンから視線を逸らしつつ、腕を組んだ。


「やっぱり二、三年生の試合は迫力が凄いな。見たことのない魔法(マギ)もバンバン出て、それだけでも面白いぞ」


「派生魔法(マギ)ってことか」


「それもあるだろうが、そもそもの使い方が巧みだ。動画で見るのと生で見るのは全然違ったな」


 配信だから生じゃないと思うけど、言いたいことはなんとなく分かる。リアルタイムじゃないと伝わらない駆け引きとかがあるんだろう。


「そういうことなら、俺も見ておけば良かったな」


「そうだな。序列で下位にいたとしても、実力が上の人間がいる可能性も十分に考えられるぞ」


「なんであんたが教官みたいになってるのよ‥‥」


「教官ではない、アドヴァイザーだ‼」


 ビシッと決めポーズを取る村正はたしかにウザいが、言っていることそのものは事実だ。ところでどさくさに紛れて麺をこっちに移そうとするな。自分で食え。


 紡の視線がこちらを向いた。


「でも護はもう少し対戦相手の研究はした方がいいかもね。先輩相手ならログが残っているはずだし」


「そうだな、そうするよ」


 今日の武藤との戦いで相手への対策の重要性を強く感じた。教授(プロフェッサー)と戦った時は、次から次へと飛んでくる魔法(マギ)に受けに回らされた。


 魔法師の戦いは自分の得意をいかに押し付けるかってゲームだ。


 何もかもを力技でねじ伏せられるのは鬼灯先生くらいのものだ。


「誰か気になる相手でもいるのか?」


「ああ、そうだな‥‥」


 気になっているのは事実だし、ここで聞いてみてもいいか。


 俺はあの時学食で出会った男の名前を思い出した。


「雲仙先輩って、知っているか?」


 蛇のように星宮の首に巻き付くあの視線が忘れられない。


 三人とも意外そうな顔でこちらを見てきた。少し居心地が悪くなって、コーラを一口飲んだ。


 口火を切ったのは村正だった。


「雲仙先輩って、雲仙煙霞(うんぜんえんか)のことだよな。二年生の」


「ああ、その人だ。御三家の一人なんだろ。やっぱり有名なのか?」


「そりゃまあ有名といえば有名だな」


 なんだか歯切れが悪いな。


 村正の言葉を引き継いだのは音無さんだった。


「雲仙先輩は内部進学ではなく、高等部からの編入生なんです。そういう意味では真堂君と同じですね」


「ふーん」


 そのわりにはたくさん二年生を引き連れているように見えた。


「意外だな。こないだ見た時はボスみたいだったけど」


「そう見えるのも無理はないですよね。雲仙先輩はたった一年で自分の立場を確固たるものにしたんです。ただ‥‥」


「ただ?」


「二年生にはもっとすごい人がいるので」


 すごい人?


 御三家で実力者。そんな雲仙先輩より話題になる人がいるのか。


 すると紡が呆れた顔で俺を見てきた。


凛善(りんぜん)先輩。知らないの?」


「凛善‥‥って、あれか。桜花序列第二位の人」


「それもそうだけど。‥‥まあ、知らないならいっか」


「何だよそのモヤッとする言い方」


 しかし紡はそれ以上答える気はないらしく、ちゅちゅると冷やし中華をすすり始めた。なんてマイペース。昔のかわいいつむちゃんはもう俺の思い出の中にしかいないのかもしれない。


「そういうわけで、実力的には間違いなく強いんですが、桜花戦で大きく話題になるタイプではないですね」


 苦笑いを浮かべた音無さんが言うと、それに被せるように村正が口を開いた。


「だから有名なのは悪い噂のせいだな」


「悪い噂?」


「女癖が悪いとか、事件を起こしたから地元に居づらくなったとか、親の七光りで入学したとか、そういう類の噂だ」


「‥‥そうか」


 聞いただけで気分が悪くなるのは、俺自身その手の噂の中心にいたからだ。


 俺の場合はシンプルに集団から外れた存在だから、雲仙先輩の場合は圧し掛かる御三家という名が、その毒を生み出すのかもしれない。


 噂なんてのは、流す人間が一番悪い。次に信じる人間。最後に、楽しむ人間だ。


 だから俺は今の噂を鵜呑みにはしない。


 それでも、あの時星宮のことを見ていた雲仙先輩には、噂をまとうだけの影が落ちていた気がした。


「真堂君真堂君」


「‥‥んっ、どうかしたのか?」


 反対からうんとこしょと音無さんが顔を寄せてきた。


「雲仙先輩が気になるのは、星宮さん絡みですか?」


「どうしてそれを‥‥」


「真堂君、対戦表まだ見ていないんですか?」


 そう言うと、音無さんが自分のスマホを俺に見せてくれる。そこに出ていたのは桜花戦の対戦スケジュールだった。


 俺は初戦だったから、鬼灯先生に見せてもらった時、まだそんなに対戦が決まっていなかったが、もう既に表はびっしりと埋まっていた。


 その中に、星宮の名前があった。


 対戦相手は、雲仙煙霞(うんぜんえんか)


「これ‥‥チーム戦?」


「はい。しかも星宮さんのチームは本来桜花戦の出場資格のない一年生たちだそうです。今回だけ雲仙先輩の了承もあって特別に認められたそうですよ」


「ちょっと見ない間に、そんなことになってたのか」


 星宮と雲仙先輩がチームで戦う。


 あっちはきっと手下のように引き連れていた二年生から仲間を選んだに違いない。


 対して星宮は、言い方は悪いが桜花戦に選ばれなかった一年生たち。


「それって星宮が大分不利だろ。人数差があるとはいえ、きつくないか」


「意外とそうとも言えないんです」


 音無さんがスマホに視線を戻しながらつらつらとその理由を語り出した。


「雲仙先輩は桜花序列戦でチーム戦の経験がありません。チームメンバーの先輩方も同様です。急造のチームという点では、条件は同じなんです」


「そうは言っても、そもそもの実力差があるだろ」


「たしかに個々の実力で見れば相当な開きがあると思いますけど‥‥」




「星宮有朱は強いよ」




「紡‥‥」


 ふいとそっぽを向いた紡の口元は苦々しげだった。


 ここ最近で分かったことがあるが、紡は結構プライドが高い。しかも何故か星宮とは折り合いが良くないらしく、顔を合わせる度にバチバチしている。


 そんな紡がわざわざ割り込むってことは、それが揺るぎない事実だということを示していた。


 それなら少しだけ安心した。


 別に星宮が勝っても負けても俺には関係ないことだけれど、何故か雲仙先輩に負ける星宮は見たくないと思った。


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