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硝子の剣

    ◇   ◇   ◇




 剣崎が使う魔法(マギ)は見当がついていた。何せずっと手に握ったままなのだ。


 『クリエイトソード』と呼ばれる、半透明の剣を作り出す魔法(マギ)だ。その中二心くすぐる見た目と効果とは裏腹に、使用者は少ない。


 クリエイトソードで作った武器は、とにかく(もろ)いのである。普通の守衛魔法師(ガード)は、対怪物(モンスター)用の武器を持つので、わざわざクリエイトソードを使う必要もない。


 使うとすれば、奇襲や護身用。そこらのチンピラならともかく、守衛魔法師(ガード)を目指すような人間が使う魔法(マギ)ではない。


 そう思っていた。


「っ!」


 ゾンッ‼ と恐ろしい音が聞こえた時、俺は反射的に身体をのけぞらせていた。


 首の皮一枚を切り裂いて横薙ぎにされる(つるぎ)


 一瞬でも反応が遅れていたら、胴と首が泣き別れだった。


 剣崎が踏み込み、攻撃してきたのだ。ただ、初動の滑らかさと速さのせいで動きを見落とした。


 こいつ、強い。


 レオールと戦った経験がなければ、間違いなく今の一撃で勝負は決まっていた。


「――」


 そして剣崎の攻撃はそれだけでは終わらなかった。即座に切り返して剣を振るう。


 俺は火焔(アライブ)で強化した腕で受けた。


 火の粉を散らす腕は何とか剣崎の攻撃を受け止めるが、肌が切り裂かれて光の粒子が漏れる。


 くそ! この剣、切れ味が鋭すぎて防ぎきれない。


 肉体を炎によって鍛え上げる火焔(アライブ)だが、それにも限界があるのだ。


「面白い魔法(マギ)ですね、初めて見ました」


 小さく呟く声が聞こえた。


 独楽のように回転しながら切り付けてくる剣崎の目が、俺の腕を冷静に見つめていた。


 攻撃と攻撃のつなぎがよどみなく、反撃の隙が無い。


 だったら、作る。


 俺は剣崎が打ち込んでくるタイミングに合わせて、全身から炎を噴き出した。剣崎が炎を打ち払うように剣を振った。


 ここに拳を合わせる。


 しかしその瞬間は訪れなかった。


(シッ)ッ‼」


 剣崎は一切臆することなく、空いていた左手を間髪入れずに突き込んできたのだ。その手には、当然のごとく剣が握られていた。


「ッ――⁉」


 致命傷を避けられたのは、俺自身が炎を噴き出した反動で体勢を崩していたからだった。


 右肩を切り裂いて刺突が走り、衝撃にめまいがする。


 ここで退いたら追撃で終わる。


 俺は全身に力を込め直し、強引に拳を振るった。炎を(まと)わせ、とにかく剣崎の急所めがけて叩き込む。


 当然当たるわけもなく、剣崎はそれを避けて後ろに下がった。


「はぁ、はあ‥‥」


 今のは危なかった。緊張で呼吸を忘れ、肺が苦しい。


 剣崎は双剣を手にしたまま、こちらを見つめていた。


 そりゃそうか、『クリエイトソード』なら武器の生成は自由自在。一振りしか使わないなんて、勝手な思い込みだ。


 そして今の打ち合いでよく分かった。


 こいつとまともに近接戦闘でやりあっても勝てない。正直、戦闘スキルが桁違いすぎる。


「本当に、不思議な魔法(マギ)だ」


 剣崎が唐突にそう呟いた。


 その目は既に笑っていない。何もかもを見透かすような視線が、俺を射抜いている。


「炎の操作に、身体の強化。そしてそれは再生ですか? そんな魔法(マギ)は聞いたことがない。見たところエナジーメイルも使っていないようですし」


「‥‥」


 おいおい、戦いながらそんなところまで観察していたのかよ。


 本当に強いな。下手すればレオール以上じゃないか。


 実際剣崎に付けられた傷は炎によって再生しつつある。だが失った体力まで戻るわけじゃない。


 決めるなら次だ。これ以上長引かせれば、こいつは間違いなく俺を完璧に攻略する。


 剣崎が反応できない速度の一撃で決める。


「もう少し、見たいな」


 そう言って、初めて剣崎が構えを取った。両腕を軽く曲げ、切っ先が持ち上がる。そしてかがむような前傾姿勢。


 来る。


 そう思った瞬間、既に剣崎は俺の内側に飛び込んできていた。


 さっきよりも更に速い。


 俺を間合いに捕らえた双剣が、唸りを上げた。


 袈裟斬り、薙ぎ、切り上げ、突き。波濤(はとう)の如く斬撃が絶え間なく襲い掛かってくる。


 その全てを捌くのは不可能だった。腕で受けながら炎で剣崎を捕まえようとするが、俊敏な彼は即座に炎と逆の方向に回り込む。


 だが、それならそれでやりようはある。


「っらぁ‼」


 炎を避けて回り込んだ先、俺は防御を捨てて右の拳を振りぬいた。完全な読みに懸けた一撃は、剣崎の顔へと一直線に突き進んだ。


「――惜しかったです」


 それでも、届かない。


 まるで陽炎(かげろう)のように、剣崎は俺の拳を身体を()じって避けた。炎とエナジーメイルが火花を散らすほどの紙一重を見極めたのだ。


 そして無防備になった俺の懐に踏み込む。


 (ザン)ッ! と双剣が十字に重なり、俺の胴を切った。


 火花と光の粒子が噴き出し、攻撃の衝撃に足が浮きかける。


 回避から攻撃までが一連の流れであるかのように、剣崎の動きは鋭く、流麗であった。


 そうだよな、再生されたくなきゃ、深く切り込むしかない。 


 ようやく確実な間合いに入ってくれた。


「っ、まさか」


 斬った感触の違いに気づいたのだろう。剣崎が声を上げるが、遅い。


 端から読み任せの一発が通るとは思ってない。お前をここまで誘い込むしか、勝ち目がなかった。だから大ぶりな攻撃で隙を見せ、胴を強化しておいたんだ。


 剣崎は即座に離脱しようとした。


 俺自身、カウンターを受けて体勢は崩れ、まともに攻撃ができる状態じゃない。そう、普通の人間なら。


 残った左腕。そこにはあらかじめ炎を圧縮していた。


 たとえ姿勢が崩れていようが、勢いさえつけば拳は打てる。


 左肘で炎が爆発し、轟音を鳴らして(あか)(しゅ)の衝撃をまき散らす。


 それによって驚異的な加速を得た拳は、剣崎へと撃ち出された。


(しん)――(そう)‼」


 受けに回った硝子(ガラス)の剣は、驚異的な切れ味と引き換えに、(もろ)かった。


 炎の拳は双剣を打ち砕き、剣崎の胸を貫いた。


 火花がひび割れのように広がり、黒い風穴を穿った。


「っかは!」


 炎は貪欲だった。砕けた剣も光の粒子さえも飲み込み、剣崎の小さな体を燃やし尽くす。


 そんな中で彼は俺を見上げ、どうしてかうっすらとほほ笑んだ。


 そうしてどこか満足げな表情のまま、剣崎王人は完全に消え去った。


「‥‥」


 固まっていた拳から力が抜け、暴虐の限りを尽くしていた炎が相手を失って鎮まっていく。


「っしゃぁあ――!」


 安堵よりも疲労よりも、勝ったという高揚感が喉をほとばしった。


 勝てた。本気で死ぬかと思ったけど、なんとか勝てた。


 完全に『火焔(アライブ)』をあてにした策だったけれど、あそこまでしなければ絶対に勝てない相手だった。


 やばい、嬉しい。


「あ、あなた、一体‥‥そんな」


 そんな俺を、少女が恐ろしいものを見るような目で見ていた。


 そうだった。これは試験だ、彼女もこの後は敵に回るってことか。


 かといって足を怪我している相手と戦うっていうのも気が引け――。


「お?」


 突如体がバランスを失い、俺は地面に転がった。足元を見れば、膝から下が光をこぼしながら消えていた。


 違う、脚だけじゃない。全身が光の粒子となって散っていく。


 これは退場の合図だ。


 どうやら剣崎の最後の一撃は、きっちり致命傷だったらしい。左腕に残す炎も必要だったから、胴に回せる炎が最低限だったんだよな。


 なんだよ、引き分けだったか。


「ちょ、ちょっと待ちなさい!」


 慌てた様子で少女が駆けてくるが、待てと言われても待てるものじゃない。


 そういえば名前くらいは聞いてもよかったかもしれないな。


 最後にそんなことを考えていると視界は真っ白に染まり、俺の試験は終わりを告げた。


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