桜花序列戦 開幕
桜花戦は放課後に行われる。
その舞台は当然のごとく奇想天外超次元存在であるエディさんによって作られる異空間だ。
試合は全てリアルタイムで配信されており、守衛科の生徒と視聴許可を得ている外部の人間たちはいつでも見ることが出来る。
注目度の高い試合は、同時接続人数が千人を超える程だ。
総勢百四十人による戦い。二週間の間に行われる試合数は二百を超える。
お祭り騒ぎの桜花戦であっても、試合のカード次第で注目度に大きな差がある。
やはり注目度が高いのはトップテン――『十傑』が戦う試合。
あるいは王人や有朱のような注目のルーキーが出場する試合だ。これらは現役の守衛魔法師を含め、視聴者数が一気に跳ね上がる。
そんな玉石混交の試合の中でも、ほぼ確実に多数の注目を集める試合がある。
それこそが、開幕戦。
桜花序列戦の開幕を彩る戦いは、どんなカードであっても高い注目度を誇り、そこにかけられる視線のプレッシャーは凄まじい。
何故なら守衛科の生徒にとって桜花戦は特別なものだから。その第一試合がお粗末なものであっていいはずがない。
求められるのは、青春と誇りを懸けたに値する戦いだ。
序列高位の二人がその名誉ある一戦を任せられることが通例だが、今回はそうではなかった。
『さあさあついに始まります! 我らが桜花魔法学園が誇る守衛科の生徒たちが、力と技術、そして魔法をぶつけ合う魂の戦い――』
配信画面に映る広報科の生徒は大きく息を吸い、溜めに溜めた一言をマイクに叩きつけた。
『桜花序列戦、開幕――――――‼‼‼』
校舎そのものが揺れたのではないかという声が響いた。
俺以外の皆も、思い思いの場所でこの配信を見ているんだろう。
今いる部屋は適性試験の時にも入った個室だ。試合の出場者は必ずここで待機することになっているらしい。
コーヒーを飲みながら画面を見ている鬼灯先生は、この遠い歓声に何を思っているのだろうか。
「凄いですね。」
「普段鍛錬してきた成果を好きなだけ見せられるのです。それは、誰でもたぎるでしょう」
「そんなもんですかね」
『火焔』の力を見て欲しいと思うのはホムラと鬼灯先生、あとは王人とか星宮とか、紡、音無さんくらいだ。
いやそう考えると多いのか?
とにかく、別段多くの人に戦いを見て欲しいとは思わない。ただ王人が序列上位の相手と戦うとなったら、テンションは上がるなぁ。絶対見てて楽しいし。
『本日の実況は私、広報科の白瀬言葉がお送りします。そしてなんと解説には序列三位、長曽根虎丸選手に来ていただきました』
『ご紹介に預かりました長曽根です。よろしくお願いします』
実況に解説までつくなんて、本当にプロの試合みたいだ。
立ち上がった鬼灯先生が伸びをした。
「さて、そろそろ時間ですね。栄えあるトップバッターに選ばれたのですから、不甲斐ない戦いは許されませんよ」
「分かってますよ」
不甲斐ないとかそういうのはよく分からないが、手を抜くつもりはない。
相手は少なからず因縁のある相手だ。そんな奴が俺を指名してきたのだ。緊張感で手汗がにじむ。
それでもすべきことは変わらない。
これからより高い序列を目指すのに、下位の人間に負けてはいられない。
「見ていますからね」
「‥‥はい」
その一言が、何よりの激励だ。
配信画面から視線を外してベッドに横たわると、無機質な天井が目に入った。
そしてすぐに暗闇が訪れる。
まぶたを閉じたわけではない。
天井が遠くなり、闇が口を閉じたのだ。
『いよいよ、栄えある第一回戦。序列一二五位、真堂護 対 一三〇位、武藤阿弾』
どこかに落ちていく感覚に身を任せ、その時を待つ。
『開、戦だぁあああああ‼』
◇ ◇ ◇
足が地面を捉えた時、俺はゆっくりと目を開けた。
「‥‥」
視界に広がるのは夥しい高層ビルの群れと、それに相反する無人の道。
この空間に入ったら、もう観客の声も解説の声も届かない。
ここにいるのは正真正銘二人だけだ。
どうやら互いに離れた場所に転送されたらしく、俺はあてどもなく歩き始めた。不意打ちはないと思っていた。
特に理由はない。
ただ何となく、そうなんじゃないかっていう直感は当たっていた。
ほどなくして、俺たちは出会った。
「よう、久しぶり」
「ああ、久しぶりだな」
ツンツンと髪を尖らせた武藤阿弾が、俺を待ち構えていた。
こいつと戦ったのは期末試験の時。エナジーメイルオンリーでの戦いだったが、その時はこう言っちゃなんだが、そこまで強くはなかった。
そもそも武藤は推薦組じゃない。
それが推薦組を押さえ、桜花序列戦に名を連ねたのだ。
その顔つきはあの時とはまるで違っていた。
こうして顔を合わせた以上、もう後は戦うだけだが、武藤は魔法を発動す素振りも見せず、口を開いた。
「戦う前に一つだけ言わせてくれ。‥‥あの時は悪かった」
「なんだやぶからぼうに」
「っせーな。ただ言っとかねーと気持ち悪いって思っただけだ。だけどやっぱムカつくぜ、お前」
「奇遇だな、俺も初めて会った時からお前にムカついてる」
受け取るものは受け取り、言いたいことは言った。
これは桜花序列戦、語らいは戦いの中でやればいい。
「行くぞ」
光のアイコンが弾け、武藤の全身をエナジーメイルが纏う。
そしてそのまま流れるような動きで、腰のホルダーに差した二丁の銃を抜いた。
リボルバーのような弾倉が付けられたハンドガンは、間違いなく武藤の『武機』だろう。
武藤が中距離を得意とするのは、事前に調べていたから知っている。
『クリエイトバレット』によって弾丸を生成し、それをショックウェーブやハンズフレイムのような魔法で飛ばす戦闘スタイルだ。
魔法の性質上、弾切れもリロードもほとんど必要としない。
さて、事前情報がどれだけ役に立つかね。
「もうてめーを雑魚だとは侮らねぇ。格上として――ぶっ潰す」
双銃が火を吹いた。
文字通り銃口から放たれるマズルフラッシュは、武藤がハンズフレイム系統の魔法で弾丸を飛ばしているのを表していた。
「――⁉」
ガガガッ! と十字に構えた両腕を、衝撃が削った。
見えない。
スピードもそうだが、発射体が小さすぎて、全てを捉えようと思ったら目が足りない。
ただ一発の威力はそこまでじゃないな。火焔の強化でも貫通は防げる。
致命傷さえ避ければ、接近できる。
武藤との距離は二十メートルもない。爆縮で詰める。
弾丸を防ぎながら、まずは横に走る。
「逃がさねえよ!」
横殴りの弾丸が追ってきた。脚で振り払えるかと思ったが、そこまで甘くはないか。
ダメージはさほどでもないけど、一発一発が当たる度に衝撃で身体が浮かされるのがよくないな。思うようにスピードが伸びない。
だったら。
「ふっ」
全身から炎を発生させ、走りながら広範囲に放つ。
目くらましがわりだ。
ゴガガガガガッ! と火に風穴を空けて弾丸が襲い掛かるが、さっきよりも確実に狙いが逸れている。
その隙に爆縮で加速。
炎のカーテンを突っ切り、強引に距離を詰める。
「近付きゃ何とかなると思ったか? こっちもあったまってんぞ!」
瞬間、弾丸の圧が一気に跳ね上がった。
胴と頭を中心に弾が雨あられと降り注ぎ、血と炎が飛沫となる。
いってぇ。
確実に肉を穿つ威力だ。考えてみれば、近付きゃ威力が上がるのは当たり前だ。
かといって退いたところで勝ち目はない。
そこで思い出したのは、つい一月前、同じように魔法の弾幕を受けた鬼灯先生の姿だった。
先生は全ての魔法を叩き落とし、遠距離攻撃など無意味とばかりに道を進んだ。
あれは無理でも、似たようなことなら。
見るのは弾丸そのものではなく、武藤の手の動き。銃口の向き。
目と脊髄を繋ぎ、頭で考えるよりも先に身体を動かす。
鋭い風切り音が全身を掠めていった。
押し通る。
視界に赤い光の線が刻まれるイメージ。銃口から放たれる弾丸の軌道予想図が脳内で描かれ、それをかいくぐるようにして身体が前に進む。
鬼灯先生はもっと速かった。
どうしても無理な物は手で受け、それ以外は最小の動きで躱す。
いくら無限の弾倉と言っても、構造は銃。引き金を引くタイミングで、ある程度のリズムが予測できる。
間合いに入ろうかという瞬間、武藤は動きを変えた。
「チッ」
砕けた光を吹き飛ばすように衝撃の壁が展開された。
「ッ――!」
ショックウェーブか! 吹き飛ばされる。
腰を落とし、両足で地面を踏みしめてなんとか留まるが、その間に武藤はバックステップで距離を取っていた。
さらに足を止めたことで浴びせかけられる弾丸。
まずいな、いくら再生があるとはいえ、ダメージを受け過ぎればこの空間に死亡判定される可能性がある。
そうなったら負けだ。
「このまま削り切ってやる!」
「そう簡単に、行くか」
再び意識を回避モードに切り替えながら、拳に炎を溜める。
放つは最速の一撃。
コンパクトな踏み込みと共に拳を武藤に向かって撃ち込む。
振槍――火蜂。
俺の唯一と言っていい遠距離攻撃は、しかしあっさりと躱された。
「対策してねぇわけねぇだろ!」
駄目か。
百塚の時は虚を突いたから入ったが、この距離で警戒されてると簡単に避けられるんだな。
付け焼刃じゃ通じない。
あれを使うか?
いや、これは桜花戦の本番だが、俺の目標とする戦いじゃない。勝って当然。かつ、余裕をもって勝たなければいけない。
戦いはこの一度だけじゃないんだから。
「蜂の巣にしてやるよ!」
「やってみろ」
相手の手は割れた。
だったらあとはそれを崩すだけだ。
一ミリの空隙を見極めて武藤へと接近する。
「何度やろうが同じだ!」
即座に壁となって立ちはだかるショックウェーブ。範囲を絞ることで強固な衝撃とし、確実に俺を吹き飛ばそうとしている。
完璧なタイミングだ。
だからこそ、読みやすい。
真横に爆縮を吹かし、慣性に乗って回転。ショックウェーブの壁を転がるようにして範囲から逃れる。
「っらぁ‼」
外側に吹き飛びそうになる勢いを脚で制御しながら、強引に拳を振りぬく。
意図せぬ裏拳は、空を切った。
武藤は寸前で身を屈めたのだ。
そこから双銃の銃口をこちらに向けてきた。
「――」
「――!」
考えての行動では間に合わなかった。空いている手で銃を払いのける。
そこからはゼロ距離での銃撃戦だ。
武藤は銃をさながらハンマーのように振り回しながら、要所要所で引き金を引く。
俺は銃口がどこを向いてるのかを常に意識しながら、振槍をねじ込む隙を伺う。
ダダダァン! と発砲音が顔面を横殴りにしてくるのを無視して、とにかく銃の動きを肩、腕で予測し続ける。
この距離で急所に銃弾を受ければ、再生の暇もなくドロップアウトの可能性が高い。
一手間違えた瞬間終わるという緊張感に、ビリビリとした肌がひきつる。
それでも流れは確実に変わっていった。
一発当たれば終わりというのなら、王人との戦いだってそうだ。武藤の攻撃は致命傷になるものが限られる上に、軌道の予測が容易い。
そうなれば流れは必然、俺へと傾く。
何発目か銃弾が明後日の方向へと飛んだ瞬間、振槍が武藤のみぞおちを抉った。
「ぉぐっ⁉」
――ここ。
二発目の振槍を落ちてきた顔に叩き込み、頭を跳ね上げる。
明確に生まれた隙にねじ込むのは、これまでの腕だけで放つ振槍ではない。踏み込み、全身の体重と圧縮した炎を重ねた本物の槍だ。
三煉振槍。
ゴッ‼ と三枚の花弁が武藤に開き、その身体を水平に吹き飛ばした。




