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それぞれの戦い

    ◇   ◇   ◇




 桜花序列戦を目前に盛り上がる学園だが、最もボルテージの上がっている場があった。


 それがここ、鬼灯先生の眼下である。


 眼前ではない、眼下だ。


 本当の地獄は常に鬼の足元にある。


「今日はここまでにしましょうか」


「‥‥うす」


 呼吸が苦しい。大の字に投げ出した手足がピクリとも動かない。


 昨日放課後遊びのために頑張って頑張って頑張った結果、「じゃあまだまだ行けそうですね」という最悪の思いつきを引き出してしまった。


 仕事の出来る人にはボーナスとして仕事が降ってくるというが、これがそうか。


 どうして夏休みで学ばなかったかなぁ、俺は。


「水分補給はきちんとするんですよ」


「は――ぶぅぐぐ!」


 返事の為に開けた口に、ペットボトルがねじ込まれる。大量の水が重力に従って一気に流れ込んできた。


 なんとか呼吸を取り戻す時には頭の方も冷えてきて、いろんなことを思い出す。


「先生、ちょっと聞いてもいいですか?」


「構いませんよ。桜花戦についてですか」


「まあそうですね」


 実際始まってみないことにはなんとも言えないが、気になることはいろいろある。


 しかし今は自分のことよりも気になることがあった。


「ソロ戦とチーム戦って、やっぱり違うんですか?」


「チーム戦に興味があるなんて、意外ですね」


「別に俺がやるわけじゃないですけど、一応」


 星宮はチーム戦が得意だと書かれていた。実際にその様子を見たわけじゃないが、適性試験ではリーダーもやっていたし、そういう立場が似合うとは思う。


 鬼灯先生はその場で空中に腰かけた。


 あまりにも自然な動きで頭がバグる。鬼灯先生は平然と脚を組み、義足一本で身体を支えながら話し始めた。


「将来守衛魔法師(ガード)として働くことを考えるのであれば、チーム戦の方が勉強にはなるでしょうね」


守衛魔法師(ガード)は基本的にチームで動くからですよね」


「その通りです。そもそも魔法師は得意な魔法(マギ)が異なりますから、チームを組んでお互いを補完するのが一番合理的です」


 それはよく分かる。適性試験の時は村正と紡に散々助けられた。


 化蜘蛛(アラクネ)を倒せたのも二人がいたおかげだ。


「当然戦闘において必要となるスキルも違います。チーム戦がメインになれば鍛えるべきは個人の戦闘力ではなく、役割に特化した力です。村正君なんかは顕著ですね」


「村正は個人では戦えませんからね‥‥」


「チームで動ける力を身に付けるのは大切ですよ。ただ個人的には、今はソロ戦を目指して鍛錬する方がよいと思います」


 そうなんだ。今の話を聞いている感じだと、チーム戦に力を入れるのもありな気はする。


 先生は脚一本で宙に座ったまま、視線を俺から逸らした。


「一人いなくなっただけで瓦解するチームをいくつも見てきました。何かあった時最後に頼れるのは自分だけです」


「‥‥」


 何も言えなかった。


 鬼灯先生は怪物(モンスター)との戦いで左脚を失い、同僚も殉死している。


 その中で先生が生き残り、こうしてここにいるのは、一人で戦える力という考え方が根底にあったからなのかもしれない。


 黙り込んだ俺に、鬼灯先生は安心させるように言った。


「大体チームを組むことになったとしても、あなたの役割は間違いなく切り込み隊長でしょう。チームのことなんて考える前に、徹底して個人の能力を高めた方が結果的に近道ですよ」


「なるほど」


 高い再生力に、近接戦闘メインのスタイル。そりゃ先頭で突っ込ませた方がいいよね。


 鬼灯先生は話は終わりと立ち上がり、スマホを取り出した。


「そもそも今はチーム戦のことなんて考えている暇はありません」


「そうですね。誰に試合を申し込むかも決めないといけないですし」


「それも決めなければいけませんね。試合の申し込みは五回しかできませんから。――ただ考えるべきは、それだけではありませんよ」


「何ですか?」


 これ以上何か言われても頭がパンクしちゃうんだけど。


「分かりませんか? あなたは一二五位。追うばかりではなく、追われる立場でもあるんですよ」


「それって――」


 先生は俺にスマホを差し出した。


 どうやらそれは桜花序列戦の様々な情報が更新されている掲示板のようなものらしく、いくつもの対戦申し込みが載っていた。


 その中の一つに、俺の名前があった。


 追われる立場って、そういうことか。それはそうだよな、自分がずっと下にいたせいで、その感覚がなかった。


「対戦相手は武藤阿弾(むとうあだん)。ある意味、リベンジマッチになりますね」


 武藤阿弾。


 名前はともかく、苗字には聞き覚えがあった。


 エナジーメイルを使った実技試験で俺が戦った相手だ。


「あの時みたいに舐めた真似が出来ると思わないことですよ」


 まさしく鬼灯先生の言う通り、俺に星宮のことを気にかけている余裕なんてないんだ。


 俺は俺の持てる全てを叩きつけて道を拓く。他の誰でもない、俺自身の目的のために。




    ◇   ◇   ◇




 橙と薄紫が入り混じる雲の向こうで、赤みを帯びた日が沈もうとしていた。


 生温い風が金の髪を持ち上げて遊ぶ。


「来てくれたんだね。いなかったらどうしようかと思ったよ」


 空を眺めていた有朱は、後ろからの言葉に振り返った。


 本当はもっと早くその存在に気付いていたが、ギリギリまでそうしなかったのは、悪意故だろうか。


 自分はこの人が嫌いなのだろうか。


 目の前に立つ雲仙煙霞を見て、有朱は自問自答した。


「お話とはなんでしょう」


 有朱に連絡があったのは、護と別れて教室に戻った時だった。そういえばアドレスだけは教えていたなとその時に思い出した。


 少し悩み、それでもここに来たのは話す必要があると思ったからだ。


「つれないねぇ。でも当然か、食堂ではごめんね。冷たくされたからついついムキになっちゃったよ」


「謝罪の必要はありませんよ。私の方こそ気を悪くさせてしまって申し訳ありませんでした」


「傷つけるつもりはなかったんだ。むしろ俺は有朱ちゃんに傷ついてほしくないんだぜ。できれば守衛魔法師(ガード)なんてやめて、もっと楽しいことをたくさん経験してほしいと思ってる。星宮に生まれたからって、道は一つじゃない」


 もっともらしい言葉だ。



 ただらしいだけで、薄っぺらい。空に浮かぶ薄雲よりもずっと軽薄で、風に流されていく。


「お気遣いは感謝しますが、これは私自身が選んだ道です」


「そうかなぁ。あのおじい様、凄い迫力だったけど、あの方のご意向ってのは関係ないの?」


 ぬるりと、煙霞(えんか)は踏み込んでほしくない場所に居座った。


 胡坐(あぐら)をかき、喉を潤し、当然の顔で語り掛けてくる。


「おじい様は関係ありません」


「そうかなあ。俺ならどうしたって顔色を伺っちゃうけど、有朱ちゃんは強いね」


 少しも思っていないことがペラペラとよく回る口だ。


「ま、だからこそ俺も立候補できたんだけどさ」


 ぞわりと背筋が粟立った。


 得体の知れない恐怖が煙霞から発せられる。


 これは学校では煙霞を除き綾芽しか知らないことだが、雲仙煙霞は有朱の婚約者候補である。


 正確に言えば、数いる婚約者候補の一人だ。


 星宮家の実権を握っているのは父である彼方(かなた)だが、それは表向きの話だ。


 星宮彼方は婿養子であり、本家の血筋ではない。


 真に裏で星宮を動かしているのは有朱の祖父だ。


 そして祖父の血を継いでいるのは有朱だけ。祖父は随分前から有朱の結婚相手を探しているのだ。


 その手は御三家にさえ及び、見出された一人が雲仙煙霞なのである。


 父彼方から聞いた話によれば、煙霞は自分から売り込んできた一人なのだそうだ。同じ御三家である雲仙に生まれながら、わざわざ星宮に婿入りしようとする姿は、どうしたってきな臭さを感じてならない。


 しかしそれでも祖父は煙霞を婚約者候補の一人として選んだ。


 それだけの力と才覚を彼が示したのだ。


「有朱ちゃんは恋愛して結婚したい派?」


 煙霞はおもむろに聞いた。


 予期せぬ質問に有朱の脳裏に一人の姿が浮かんだ。しまったと思いながら、すぐに答える。


「‥‥両親がそうでしたから、憧れはあります」


「ふーん、もしかしてもう意中の人がいるのかな?」


 数瞬の間を目ざとくつついてくる性格の悪さに顔をしかめそうになる。


「いえ。今は恋愛にうつつを抜かしている暇はありませんから」


「ま、そうだよね。そもそも君のご両親だってお見合い結婚だろ。たまたま相性が良かったってだけだ」


「両親のことを知った口で語るのはやめてください。不愉快です」


 有朱は即座に斬り返した。


 鋭い舌剣(ぜっけん)をのらりくらりと躱しながら、煙霞は「ごめんごめん」と謝った。


「おじい様が婚約者候補に求める条件の一つは、君よりも強いこと」


「‥‥」


「だから君が俺との婚約を確実に取り下げるためには、桜花序列で俺より上に行くのが一番手っ取り早い」


 その通りだ。


 有朱に唯一残された逃げ道は、勝利して己の価値を高め、相手の価値を(おとし)めること。


 煙霞は黙る有朱に言葉を続けた。


「対戦の申し込み、チーム戦で受けてあげるよ。お互いチーム登録しないとできないから、俺も適当に仲間を見繕う」


「‥‥何故です?」


「俺にとっても手っ取り早いからさ。有朱ちゃんに現実ってやつを教えるのに」


 煙霞はへらへらと笑いながら手を伸ばしてきた。頬に触れるか触れないかという寸前で、上体を反らして避ける。


 ――速い。


 そんな有朱の反応を面白がるように、煙霞は手を引っ込める。


「チーム戦、ハンデもあげるよ。俺は三人チーム、そっちは四人で組んでいい。それと、チームメンバーも一年生の中から好きに選んでいい。序列に名前がない子でもさ」


 それは驚くべき提案だった。


 人数の部分ではない。誰でもチームメイトに出来るというところだ。


「そんな勝手にルールを変えるようなことが出来るはずがありません」


「できるさ。対戦相手の俺たちがいいって言ってるんだから。学校側も一年生に不利なことは分かってるから、多少の便宜を図るくらいはしてくれるはずだよ。というより、もう許可はもらってるんだ」


 有朱は警戒を強めながら煙霞の言葉の意味をよく考えた。


 これは願ってもない提案だ。


 有朱が本気で煙霞を倒そうと思ったら、ソロ戦よりもチーム戦の方が圧倒的に勝機がある。


 そしてメンバーも一年生から選んでよければ、組める手は無数にあるのだ。


「どうしてそこまで融通を?」


「さっき言ったじゃないか。俺にとってもそっちの方が早いから」


 煙霞は笑顔のまま言った。


「君の土俵で負かせば、結婚に嫌はないだろ」


「‥‥あくまでそれは条件の一つでしかありません」


「それ以外をおじい様がどう評価してくれているかだねぇ」


 へらへらとした口で自分の祖父が呼ばれるのを、有朱は黙って聞いていた。


 祖父は尊敬すべき人間だ。


 しかしその考え方は自分とは違う。星宮の責務と存在意義を、自分とはまるで違う視点で捉えている。


 そんな祖父が煙霞をどう評価しているのか、正直掴み切れていない。


 ただ自ら売り込みにくるその姿勢を買っている。だから御三家の中でも相容れない雲仙家の出自でありながら、婚約者候補に選ばれたのだ。


 有朱もまた示さなければならない。自らの主張を通すに値する力を持っていることを。


 舞台裏でのやり取りは済んだ。


 もう後は幕が開くのを待つだけだ。妖精の見守る舞台の上で何が起こるのか、台本のない戦いが始まる。


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