踏み出せたら ―星宮―
◇ ◇ ◇
ああきっと嫌な思いをさせてしまった。
護の顔を見た時、有朱はそう思った。
折角助けてくれたのに、話を聞こうとしてくれたのに、その手を振り払った。
彼の心の奥底にあるのは善意だ。
そんなことはよく分かっている。あの時怪物を前に有朱の手を握ってくれた時から。
星宮として生まれ、この容姿と力を与えられ、努力を重ねてきた。そこに浴びせられる視線は羨望か、嫉妬か、打算か、悪意。
本当に信頼できる友人はごく一部だ。
それを嫌なものだと思ったことはない。人が人と関わる時、そこにフィルターがかかるのは当然のことだ。
嫉妬や打算もまた、力ある家に生まれた者としての責務。
だから護の混じりけのない善意が突き刺さる。何重にも纏った心のフィルターが意味をなさない。
何もかもをさらけ出して、話を聞いてもらえたらどれほど楽だろう。
「良かったの~?」
隣を歩く綾芽が前を向いたまま言った。
「当然でしょう。真堂君には真堂君の戦いがあるわ。私の話なんて聞いている暇はない」
「頑固ね~」
綾芽の呆れた声を聞き流しながら、有朱は小さく息を吐いた。
彼の優しさには甘えられない。
――私はまだ本当の意味であの時を踏み出せてない。
黒鬼が現れた瞬間、有朱は動けなかった。プロの守衛魔法師さえも絶望に囚われていた。
あの何もかもが真っ暗な中で、護だけが動いた。
有朱はまだあの暗闇の中にいる。自分の力でそこから一歩を抜け出せなければ、守衛魔法師になるなんて夢のまた夢だ。
本当にあの時護を屋上に呼び出したのは、盲目と言う外なかった。
自分の足で踏み出すことが出来たのなら、今度はちゃんと話に行こう。その時には今よりずっと魅力的な笑顔で笑えるはずだから。




