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もう一つの桜花戦 ―星宮―

    ◇   ◇   ◇




 桜花序列戦のルールが発表された際、こうなることは分かっていた。


「流石星宮さん!」


「ねえ、初戦はどうするの?」


「チーム戦、ソロ戦? 先輩ばっかりだから、チーム戦は少しやり辛いよな」


 有朱の周りには朝から多くの生徒たちが集っていた。


 一年生で桜花序列戦に選ばれた生徒たちは、皆一癖も二癖もある者たちだ。


 一年生にとって桜花序列戦は憧れの対象だ。それに参加できる同級生となれば、話を聞きたくなるのは道理。


 しかしそうそう話を聞ける相手でもない。


 ただ一人、星宮有朱を除いて。


「はいはい、来週から試合が始まるんだから、あれこれと聞かないの。散った散った」


 にこやかに対応する有朱を見かねて龍ヶ崎綾芽(りゅうがさきあやめ)が割って入り、同級生たちを散らした。


「ごめん、ありがとう綾芽」


「あのねえ、優しいのは結構なことだけど、ほどほどにしておかないと後で後悔するわよ」


 はぁとため息を一つ吐き、綾芽は有朱の隣に座った。


 机に頬杖をつくと、豊満な胸が形を変えた。その様子はまさしく圧巻。女である有朱さえも、思わず目を引かれるほどだ。


「綾芽が参加してくれたら良かったのに」


「珍しいわね。弱音を吐くなんて」


「弱音じゃないわ。本音」


 有朱は頭の中で桜花序列の名簿をスクロールさせながら言った。


 有朱には桜花序列戦で高い順位を取らなければならない理由がある。そのためには、本来ならチーム戦で戦うべきだ。


 星宮有朱の真価はソロではなく、チームでこそ発揮される。


 しかし今回の桜花戦は一年生がほとんど参加しない。


 二、三年生でチームを組もうと考えている生徒は、既に固定のメンバーを組んでいるはずだ。


 チームを組むのは不可能に近い。


「チームは最大四人でしょ。声を掛けたらチームを組んでくれる人もいるんじゃない?」


「そうね。可能性がないわけではなけれど――」


「真堂君とか、あの中じゃ人当たりも良さそうだし~」


「真堂君⁉ 彼は駄目よ!」


 慌てて手を振る有朱を、綾芽はニヤニヤと見守った。


「そんなムキにならなくてもいいでしょ」


 そこで有朱は綾芽にはめられたことに気付いた。


「真堂君はどう考えたってソロで戦うに決まっているでしょ。それに、もし組むなら私じゃなくて、黒曜さんとか、剣崎君とか‥‥組む相手がいるわ」


「聞いてみないと分からないと思うけどな~」


「もういいわ。授業が始まるわよ」


「はいはい」


 有朱は少し不貞腐れたような顔をしながら、心の中で考えていた。


 授業が始まっても考え続けた。


 新堂護や剣崎王人、彼らとチームを組むことが出来れば、どんなチームが出来るだろうか。


 二人ともエース級の遊撃手になる。あの二人が自由に動いているところを支援するのは、どれだけの難易度となるか。そしてそれが成功した暁には、どんな戦力となるか。


「ふふ‥‥」


 思わず笑いが(こぼ)れた。


 ノートにはありとあらゆる戦形、戦術が白が劣勢になるほど書き込まれていた。


 黒曜紡がいれば、更に幅が広がる。しかし彼女と有朱の役割はどうしても被りがちだ。


 必要なのはもっとトリッキーな役割が持てる者、空道や村正のような。


 あるいは正攻法で攻め切るのであれば、百塚一誠。彼と護の耐久力(タフネス)があれば、大抵の敵は止めることができる。


 このチームならば序列最高位、十傑(じゅっけつ)にさえ牙が届く。


「‥‥みや」


「ふふふ、真堂君はタンクとしてもアタッカーとしても動ける素晴らしい人材。剣崎君はあえて後ろに下げるという手も‥‥」


「星宮さん」


「村正君の魔法(マギ)はとにかく私や剣崎君と相性がいいわね。一人抜けたとしても、十分にお釣りがくる」


「星宮さん」


 トン、と机を指が叩いた。


「は、はい⁉」


「何か夢中になっているようですね」


 顔を上げると、そこには柔和な笑みを浮かべた十善佐勘(じゅうぜんさかん)先生がいた。


 有朱は顔を真っ赤にさせた。


「す、すみません」


「良いのですよ。学びの時間をいかに使うのかは、学生自身が決めることです。そして、その責任を取ることも」


「はい‥‥」


 十善は笑いながら教壇に戻った。


 有朱はため息をこぼし、ページをめくった。今書きなぐったものは、所詮絵に描いた餅だ。王人は絶対にチームを組まないし、百塚は桜花序列戦に参加すらしていない。


 想像することと夢想することは違う。


 有朱は現実を見つめ、戦う術を見つけなければならない。


 そうしなければ、現実はいつだって不条理に牙を剥くのだから。




    ◇   ◇   ◇



 有朱と綾芽が食堂に行ったのは、偶然だった。


 二人ともお弁当を持ってきているので、食堂に行くことはない。


 その日そうしたのは、綾芽がデザートを食べたいと云ったからだ。食堂には購買が併設されており、そこでならデザートを買うことができる。


 プリン三段重ねで持ってほくほく顔の綾芽に、有朱は呆れたように言った。


「ダイエットは良かったの?」


「してるわよ~。今日はチートデイ!」


「綾芽、三日前にも似たようなこと言ってなかった?」


「私は今を生きる女よ」


 真顔で言い切る綾芽に、有朱はそれ以上何も言わなかった。


 守衛科の授業を受けている人間がダイエットなんて必要あるかと疑問に思う者もいるだろうが、これは割とよくある話だったりする。


 魔法師はとにかくエネルギーを消費する。魔力(マナ)は精神力だが、その精神力を支えるのは強靭な肉体だ。そしてその肉体を維持するためには途方もないエネルギーが必要になるのだ。


 そのため、とにかく魔法師はよく食べる。


 守衛科の女子生徒の中には、その食欲がハイカロリーな甘味に向くのは珍しい話ではないのだ。


 結果、とんでもない運動量にも関わらず、ダイエットが必要になる。


 綾芽も専攻練(せんこうれん)の先生に、食事制限を掛けられた一人だ。


 必要な物も買ったし、早いところ教室に戻ろう。


 食堂にいると、どうしても視線が気になる。クラスメイトならば綾芽が間に入ってくれるが、ここではそうはいかない。


 他クラス、他学年。数えきれない生徒たちの視線が突き刺さる。


 有朱の桜花序列は七五位。およそ真ん中の序列だが、それはつまり、二、三年生の半数近くを踏みつけにしたということだ。


 どうしたって、好意的な視線ばかりではない。


 その視線の中でひときわ背筋を撫で上げるものがあった。


 鳥肌が立ち呼吸が浅くなる。






「あれ、有朱ちゃんじゃないか」



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