桜花咲かすお祭り騒ぎ
九月三日。
学校は落ち着くどころか更なる盛り上がりを見せていた。
桜花序列戦といえば、プライドと将来を懸けて魂をぶつけ合う武骨な試合、緊張感に満ちた空気を思い描いていた。
しかし実態は思っていた物とは随分と違っていた。
「号外、号外だよ~‼ 現在投票受付中!」
「椿様グッズはいかがですかー! 虎丸君ミニぬいもありますよ!」
「武機の試着してみませんか! 開発科のアイディアがもりもりに盛り込まれた唯一無二の作品ですよ!」
朝のランニングを終えて門をくぐった時、別の学校に来てしまったのかと思った。
桜花魔法学園は守衛科以外の学科も多数存在しており、それ故に校舎も大きい。
ただ普段の生活で他の学科と関わることはほとんどなく、それこそ開発科くらいのものだ。
そんな守衛科の周囲が、今日は人でごった返していた。
「‥‥一体なんなんだ」
人が多いせいで、中々校舎に辿り着けないぞ。
歩いている途中でいつの間にか手渡された号外を見ると、そこには紙面の三分の一を占める大きさで『異例の桜花序列戦開幕‼ ファーストシーズンランキング予想‼』と書かれていた。
なんだこれ。ソシャゲの周年記念に動画サイトを埋め尽くすサムネみたい。
えーと、何々。
『今年度はイレギュラーによりファーストシーズンから一年生が参戦。やはり注目すべきは中等部からその輝きを見せ、初参加ながら十一位という破格の序列に着いた剣崎王人だろう。十傑は早々変わらないと思われていたが、彼の登場により序列は既に揺らぎ始めているのかもしれない』
記者の筆が乗っているのがよく分かる熱量のこもった文章だ。
号外ってこういうことか。
『一年生二番手は星宮有朱。剣崎王人に比べれば見劣りするが、初参加での七十五位は非常に高い順位だ。彼女の持ち味を生かすのであればチーム戦が主戦場になると考えられるが、同級生のほとんどが参加しないファーストシーズンではチーム結成までの道のりが遠いか。』
ふーん、そうなのか。星宮はソロでも十分強そうだけど、中等部から知っている人からすると、そうではないのかもしれない。
記事は他の一年生たちについても事細かに言及していた。訓練の様子は見られないはずなのに、凄まじい情報収集能力だ。
読み進めていくと、俺の名前も書かれていた。
『真堂護。ファーストシーズン参加者の一年生の中で、唯一の外部入学生だ。入学試験では剣崎王人と引き分けたという情報もあるが、定かではない。まさしくダークホースと呼ぶべき存在の活躍を期待せずにはいられない。』
‥‥おおぅ。なんだか褒められるとこそばゆいな。
ダークホース、ダークホースね。
書いた人の名前覚えておこう。
そんなことを考えていたら、妙な気配を感じた。
首筋を撫でられるような、冷たい何かが通り過ぎるような、そんな感触だ。
振り返ると、思ったよりも下にふわふわの頭があった。
「っ、音無さんか。びっくりした」
「すすすすみません! お姿を見かけたのでお声がけしようかと思って‥‥」
言いながら音無さんはスマホと頭をぶんぶん振った。
音無律花さんは開発科の一年生で、俺の武機、『黒鉄』を作ってくれたエンジニアだ。
今日は作業服ではなく制服で、帽子もかぶっていない。トレードマークのノイズキャンセリングのヘッドホンだけは変わらず首にかけられている。
初めて見る制服姿は、新鮮だった。
思ったよりも短いスカートに、音無さんも女子高生なんだなあと馬鹿みたいな感想が浮かんだ。
「久しぶり。改めて合宿の時はありがとうな」
「とんでもありません! 真堂君も桜花序列戦への参加おめでとうございます!」
「ありがとう。音無さんのおかげだ」
「そんな、そんなそんなそんな」
にへへという言葉がよく似合う顔で、音無さんはくねくねとみょうちきりんな動きを見せた。何、喜びの舞?
でもちょうどいい。彼女ならこの有様のことも知っているかもしれない。
「なんだかお祭りみたいだけど、これも桜花戦の時は恒例なのか?」
「ああ、真堂君は外部からの入学でしたもんね。桜花序列戦は学内外を問わずに注目される大イベントなんです。注目のカードなら、現役守衛魔法師やヒーロー企業、メディアもたくさん見に来ます」
「ニュースになるのは知ってたけど、現役の守衛魔法師たちも見に来るのか」
親父が亡くなってからは、そういうニュースは見ないようにしてきた。小さな頃は親父と一緒に桜花戦の中継を見ていた記憶がある。
「だからこそ、この時は守衛科以外の学科にとっても大きなチャンスなんです。自分たちのスキルを大人に見てもらえる機会は少ないですから」
「なるほどなあ。開発科も熱が入るわけだ。音無さんも何か出したりするのか?」
「同級生たちとの共同開発を一つだけ。‥‥その、個人的な時間は全部『黒鉄』の開発に当てていましたので」
「あ、ああ。そうか。ありがとうな」
なんだか申し訳ないんだが。
こんなお祭り騒ぎの中で音無さんだけ個人展示無しとか、許されるのか。成績とか、将来の進路とかに影響しないのか?
「それなら一時的に黒鉄返した方がいいか? そうすれば展示もできるし」
あまりの罪悪感にそう提案すると、音無さんの顔がスッと真顔になった。
「真堂君、道具はあるべき場で、すべき役割を果たすんです。黒鉄はこんな展示ではなく、あなたの腕で真の輝きを放つんですよ」
「‥‥」
鞄の中に入った黒鉄が、重くなった気がした。
そうだ。これがなければ俺は教授に敗北し、煉瓦の塔に連れて行かれていただろう。
道具はあるべき場で、すべき役割を果たす。
その通りだ。
「ごめん、よく考えずに言った」
「あ、謝らないでください! それにこう言ってはなんですが、真堂君が黒鉄を使って活躍してくれるのが、私にとっても一番いいんです」
「そうか、頑張るよ」
言ってしまえば、音無さんは俺のスポンサーみたいなものなんだ。
もう俺の戦いは俺だけのものではないってことだな。
「あ、そういえば」
覚悟を新たにしていると、音無さんが思い出したように言った。
「真堂君、昨日の放課後は専攻練の後、どこかに行かれていたんですか?」
「え? 紡と村正と一緒に駅の方まで遊びに行ってたけど、なんで知ってるんだ」
「実は昨日帰り道にお見掛けしまして。どこかに行かれるのかと」
「そういうことか。声掛けてくれたら良かったのに」
でも昨日の帰り道って専攻練の後だったけど、音無さんも開発科で居残りをしていたのだろうか。
「ごめんなさい。お邪魔かと思ったので」
「そんなことはないだろ。村正とか紡にも紹介したいし。音無さんが良ければだけど」
「黒曜紡さん‥‥」
音無さんは何かを呟き、頷いた。
「もし機会があれば、ぜひ」
「ああ。ただ俺は紹介までしかできないから、それ以降は自力で頑張ってくれ」
「丸投げですか⁉」
「大丈夫だよ。ほら、共通の話題とかあるだろ。学校のこととか、魔法のこととか、武機のこととか‥‥」
「どうしましょう、とても心配になってきました」
どうでしょう。私もちょっと心配になってきました。
つむちゃんならともかく、紡はロンリーウルフだし、村正は女好きだし。
まあなんだ、頑張ってくれ。
◇ ◇ ◇
この時間に真堂護がこの道を歩いてくるのは分かっていた。
だから律花は同級生たちと展示をしながら、周囲の生徒たちを観察し続けていた。間違っても、彼を見落とさないように。
最近はランニングの時間が短くなってきたから、余裕をもって登校してきている。
夏前に比べ、五分近くタイムが縮んでいるのだ。すごい、本当にすごい。
単純なタイムではない。驚くべきは、その成長スピードだ。
内部生たちは中学の三年間で肉体を鍛え上げてきた。魔法はセンス次第で飛躍的に上達することがあるが、肉体の練度はそうではない。
四月には追い付くこともできなかった同級生たちに、今は追い付き、追い越している。
律花はエンジニアだ。結果を見れば、そこに積み重ねた鍛錬が透けて見える。
ああ、早く黒鉄を調整したい。
護の成長を隅々まで知り、それに相応しいものを作り上げたい。
だから真堂護の姿を見かけた時、思わず声を掛けるよりも、観察に回ってしまった。
『エナジーメイル』を発動し、後をつける。
守衛科の生徒たちが使うエナジーメイルは身体強化の鎧だが、開発科の律花たちが使うエナジーメイルは、精密性に長けた作業用の調整スーツだ。
基本的に指先、手、腕の順に使用できる箇所を増やし、一年生では指先だけがほとんどだが、律花はそれを全身で使用できる。
足音も、衣擦れの音も消える。
有朱のように姿を消しているわけではない。
ただひたすら護の死角に入り続けながら、音を聞き続けた。
律花の耳は特殊だ。聞こえない音も、聞きたくない音も、聞こえてしまう。
嫌なことも多いが、こういう時は便利だ。護の身体の動きが、魔力の脈動が、感情の揺れが、音となって聞こえてくる。
やっぱり合宿の時より筋肉量が増えている。全身に巡る魔力も淀みない。
すごい、すごいすごい。
黒鉄との同調律も上がっているのだろう。
実際に戦っているところも早く見たいなあ、そんなことを思いながら無意識のうちに携帯を取り出したところで、護が振り返った。
「っ、音無さんか。びっくりした」
「すすすすみません! お姿を見かけたのでお声がけしようかと思って‥‥」
まさか気付かれるとは思わず、律花は上ずった声で返した。
一月ぶりに見る護の顔は律花の知るそれよりもずっと精悍で(当社比)、格好良かった(当社比)。
これから始まる桜花序列戦は、この桜花魔法学園において大きな意味を持つイベントだ。
それは守衛科にとってだけではない。開発科にとっては、自分の作った武機が力を示す絶好の機会だ。
しかし律花にとってそれは重要なものではなかった。
大事なのは、護が力を示す機会が回ってきたということだ。
護の序列は一二五位。彼の四月からの活躍を考えれば信じられない程低い序列だが、ある意味丁度いい。
下位から上位に駆け上がるカタルシス。悪評を実力で跳ね返す護の姿を想像するだけで、心臓の音が強くなるのが分かった。
律花はあえて言わなかったことがあった。
何故桜花序列戦がここまでのお祭り騒ぎになるのか、もう一つ理由がある。
大手を振って守衛科の戦いが見られる、からだ。
守衛魔法師は国を守る英雄たち。そして桜花魔法学園の守衛科はそのひな鳥たちが集う場所だ。
この魔法学園に入学する生徒たちの中には、そんな守衛科の生徒とお近づきになりたい、応援したいという者も多くいるのだ。
つまり今の律花の思いはただ一つ。
『推しが活躍する姿を大舞台で見られる‼』だ。
録音していたスマホをさりげなくしまいながら、律花はウキウキで護を見送った。
開催前からお祭り騒ぎの様相を見せる桜花序列戦。しかしそこに潜む邂逅は、決して喜ばしいものばかりではなかった。




