放課後ふわふわタイム
俺の地元は放課後に遊べるところいうと、駅前のデパートくらいのものだったが、それらにしたって行くのはスクールカースト上位の人間だけだ。
行っちゃいけないなんて決まりはなかっただろうが、そういうところに行ける人間は往々にしてスクールカーストが高いというだけの話である。
俺の妹はいわゆる陽キャという奴で、スクールカーストでいえば上位も上位。
どれくらい陽の者かというと、「陽キャとか陰キャとか、スクールカーストとか、そういうこと言っちゃうお兄ちゃんみたいな人間がいるからレッテル貼りが生まれちゃうんでしょ」と言い切るほどである。
太陽から見れば鳥も人も魚も虫も等しく塵芥というわけだ。うちの妹はラスボスかな。
そんな妹は小学生の頃から動画配信者として活動しており、自分の小遣いは自分で稼ぐという荒業を見せている。俺にはどういう需要があるのかさっぱり分からんが、ローティーンにはローティーンのための動画が必要なのだと豪語していた。
中学に入学した今は『配信部』なるものを立ち上げたとか。頼むからあんまり危ないことはしないでほしいけど、レベル1がラスボスに意見なんて通るはずもない。
そんな妹曰く、放課後の街歩きは人生の経験値なんだそうな。
『いい? 友達のいない駄目なお兄ちゃんに教えてあげるけど、私たちの年齢でしか経験できないことがあるの。経験値貯めないまま高校生、大学生になったら大変だよ?』
RPG中盤の村に出る親切キャラみたいなことを言うが、当時小学六年生である。
その言葉を今になってふと思い出した。
「いいか、放課後街歩きにとって大切なことは、遊べる場所を把握することだ」
前を歩く村正が真剣な顔で言う。
「この辺遊べる場所とかあったっけ」
桜花魔法学園は品川区の端、海岸線に近い場所にある。そうでもしないと広い土地の確保が難しかったんだろう。
結果、近くにあるのはだだっ広い公園やコンテナターミナル、団地ばかりだ。
「この辺でも遊ぼうと思えば遊べるが、本格的に遊ぶなら大通り沿いに出るか、少し歩いて駅前に行くのが基本だ。休みの日ならお台場まで出ればいくらでもあるがな」
全力で専攻練を終わらせた俺と紡は村正に連れられ、夕刻の活気にあふれた道を歩く。
部活動から帰る中高生、仕事終わりのサラリーマン、名残惜しそうにお喋りをする小学生たち。
まだ九月の始まりだから太陽も仕事中で、遊びに行くには不自由なさそうだ。
季節によって定時が変わるなんてブラックだなあ。
「私お腹すいた」
隣を歩く紡が、いつも通りのダウナーな顔で要望を言う。
紡も専攻練でバチバチに訓練をしてきたはずなのに、あまり疲れている様子はない。髪もいつも通りパリパリと夕日を反射し、心なしかいい匂いも香ってくる。
まさかシャワー?
でも専攻練しててそんな時間ないだろうし。謎だ。
まじまじと見ていたせいで、紡がこちらを向いた。
「‥‥何?」
「いや、やけにいい匂いがすると思って。シャワー浴びたのか?」
ゲシッと脚を蹴られた。
「セクハラだから、それ」
「そ、そうか。ごめん」
「デリカシーって知ってる?」
「姉と妹に叩き込まれたつもりなんだけど‥‥」
でもあいつら自身にデリカシーの概念があったかと思うと疑問だ。もしかしてデリカシーという言葉でいいように踊らされていただけの可能性はある。
二人の名前を出したら、紡の目がきらきらと輝いた。
「二人とも元気にしてる?」
「ああ、ピンピンしてるぞ。おかげで俺の人権は踏み潰されてるけどな」
もっと話を聞きたそうにしている紡だったが、そこに村正の呆れた声が聞こえた。
「思い出話に花を咲かせるのも構わんが、着いたぞ」
気付けば俺たちは放課後街歩きの只中にいた。
目の前に立つデパート、立ち並ぶ飲食店。音楽と光が軒先まで零れるゲームセンター。
「おおう」
思わずうなってしまった。
学校から十数分歩いただけで、こんな場所があったんだな。
「何だその反応は。こっち来たことないのか?」
「ないな」
「え、うそ⁉」
村正ではなく、紡に驚きの声を上げられてしまった。
「本気か‥‥。半年間どうやって生活してきたんだ」
いや乗り換えで使ったことはあるぞ。ちゃんと降りたのは初めてってだけだ。
「普通にアパート近くにスーパーあるんだから、わざわざこっち来ないだろ」
「真堂、お前一人暮らしだろ? 普通家具とか雑貨とか買うだろ」
「学生用アパートだから必要な家具は元々用意してくれてるじゃん」
桜花魔法学園の生徒たちに向けた学生アパートは至れり尽くせりの一言で、主要な家具や寝具が入居時から揃っている。
同じように学生アパートに住んでいるはずの村正は納得いかない様子だった。
「だからそれは最低限だろ」
何言ってんだお前は。家で生活するのに冷蔵庫、洗濯機、電子レンジさえあれば十分だろ。クローゼットにはタンスも備え付けられていたし、それ以上何が必要なんだよ。
「調理器具、机、食器、収納、って思いつく限りでも結構あるけど」
「ああ、それなら大体百均でそろえたぞ」
紡、俺を小学生時代から成長していないと思っているだろ。
別に買ってないわけじゃないんだよ。わざわざこっちまで来なくたって、スーパーと百均で大抵のものはそろう。
しかし俺の言葉は二人にとって衝撃的だったらしく、顔を見合わせてため息を吐いた。
「ちなみに聞くが、普段の食事はどうしているんだ?」
「まさか食べてないわけじゃないわよね」
「あのな、食べないと死ぬだろ。ちゃんと自炊してるよ」
外食は高いから、自炊しないとすぐに生活費が底をつく。桜花魔法学園は学費は非常に安いが、これ以上母さんに迷惑もかけられんし、そこはちゃんとやっているのだ。
我ながら偉い。
「自炊できたのか」
「おいおいさっきから馬鹿にしすぎだろ。鍋に肉と野菜入れれば完成だからな。自炊くらい楽勝だ」
「‥‥」
「‥‥」
「なんだよ」
「‥‥毎日‥‥毎日それなのか?」
「味付けは変えてるぞ」
めんつゆ、ポン酢、キムチ、味噌をローテーションすれば飽きもなく食べられる。野菜も肉も食べられてご飯に合うし、何よりも楽で安い。
ふふ、これを発見した時は革命だったな。
この天才的発想を前にしては、村正も紡も何も言えないらしく、二人はそれ以上何も言うことはなかった。
ただ妙に優しい視線が向けられる。
「今日は三人で夕飯食べて行くか‥‥」
「‥‥私、家族でよく行く店なら知ってる」
「え、何? なんだよ二人とも」
聞いても答えは返って来ず、俺は両側から掴まれ、そのまま定食屋へと連行されることになった。
ちなみに唐揚げ定食はめっちゃ美味しかった。
ついでにカラオケというものにも人生で初めて入ったが、もう少し音楽の授業をちゃんと受けようと思った。
授業中にふわふわ時間を鳴らしたことがあります。(実話)




