桜花序列
◇ ◇ ◇
九月二日。
その日学校は朝から喧騒に湧いていた。
散々に痛めつけられたあざに声が響いて痛む。なんでもかんでも再生で治すなって鬼灯先生から言われているから、全身激痛のかたまりだ。
何の騒ぎかは、教室に入ってくる前から分かっていた。
桜花戦の開催が発表されたのである。
桜花序列戦 開催規則
一、 桜花序列戦はミッションとランクマッチによって行われる。
二、 ランクマッチは九月八日~九月二十一日に開催される。
二、 ランクマッチ期間中、五回のランクマッチ申請が可能。
三、 ランクマッチは勝敗によってポイントが変動する。
四、 ランクマッチにおけるポイントの増減幅は両者の所有ポイント差によって決定される。
五、 ランクマッチはソロ戦とチーム戦によって行われる。
六、 ランクマッチは直接申し込みかランダムマッチによってマッチングが行われ、ランキング上位者は下位者からの申し込みを期間中、二回は受けなければならない。
七、 チーム戦のマッチングはリーダー同士のランキングを参考する。
八、 チーム戦の最大人数は四人。ポイントの増減幅は両チームのポイント合計点の差によって決定される。
九、 ミッションの申し込みは教員を通して行われ、得られるポイントはミッションの難易度によって変動する。
十、 ランキング上位者は様々な優遇措置を受けることができる。
王人の言っていた通りだ。桜花序列戦はランクマッチとミッションの二つで構成され、ランクマッチは開催期間が決まっている。
開催規則には更に細かい情報が書かれており、優遇措置の具体的な内容や、ポイントの計算式も乗っていた。
本当に始まるんだな。
これでランキング上位に入ることができれば、優遇措置を受けられる。
教授は『火焔』を狙って俺を襲撃した。
『『固有』、『派生』、『進化』、そして『覚醒』。魔法にはいくつかの種類があるが、そのどれとも違う。私は知りたい。知らねばならないのだよ。その魔法の全てを』
知らなければならないのは、俺だ。俺の方が『火焔』について、ホムラについて知る必要がある。
「おい真堂、桜花戦開催規則見たか⁉」
「今見てるよ。てっきり一対一だけだと思ってたけど、チーム戦もあるんだな」
「そんなことも知らなかったのか‥‥。いや、そんなことより見るべきものがあるだろ!」
村正がわーわーと騒ぎ立てる。
なんじゃい、他に見るべきものって。
「序列名簿だよ! 一年生の参加者が発表されているんだぞ!」
え、そうなの?
よく見れば、送られてきているのは開催規則だけではなかった。もう一つ別のデータが添付されている。
『桜花序列名簿』と書かれたファイルを開くと、そこには現在のランキングと、生徒たちが持つポイントが記されていた。
当たり前だが記載されている名前のほとんどを知らない。二、三年生は前年度に取得したポイントがそのまま引き継がれているらしい。
つまりこれこそが、桜花魔法学園の強さの順位そのものだ。
一位 日向椿 三年 八七三〇ポイント
二位 凛善正義 二年 六二六二ポイント
三位 長曽根虎丸 三年 三三五七ポイント
いやいやいや、一位と二位のポイントぶっ飛びすぎだろ。
なんで二位が三位にダブルスコアつけて、一位はそれを更に突き放してんだよ。
三位から十位までは大したポイント差が無いのに、どうなってんだ。
この日向椿って人が、桜花魔法学園の最強か。序列戦百四十人の頂点。日向って、どっかで聞いた覚えがあるんだよな‥‥。
しかしそれよりも目を引く名前があった。俺もよく知る、一年生たちの名前だ。
十一位 剣崎王人 一年 二〇〇〇ポイント
七五位 星宮有朱 一年 七〇〇ポイント
八〇位 黒曜紡 一年 六五〇ポイント
一二五位 真堂護 一年 一〇〇ポイント
百三〇位 武藤阿弾 一年 五〇ポイント
百四〇位 静木御影 一年 三〇ポイント
そこには俺の名前も記載されていた。百二十五位。
載っているだけありがたいんだろうが、適性試験と桜花序列戦で頑張ったわりには、高いんだか低いんだか。
そして百塚の名前はなかった。あいつの状況を考えると、暫くは様子を見るつもりなんだろうか。
それにしても王人はたっけえな。納得といえば納得だけど、いきなり十一位かよ。
この二学期の桜花序列戦、参加できた一年生は六人か。
戦う相手のほとんどは先輩になる。
俺はこの学園に入学してたった半年で多くのことを学び、強くなった。先輩たちはそれよりも更に一年、二年、多く積み上げているのだ。
強敵であることは間違いない。
「良かったな。桜花序列戦、参加したかったんだろ」
「ありがとよ。‥‥村正は残念だったな。前哨戦にもチーム戦があればいけたかもしれないのに」
「お前は馬鹿か?」
なんでだよ。せっかく慰めてやったのに。
「俺は桜花序列戦なんて出たくないんだよ。あれに心血注いでいる連中なんて、全員イカれてるんだぞ。出られると言われてもごめんだな」
「ひでー物言いだな。守衛魔法師を目指すなら序列が高いにこしたことはないだろ」
「守衛魔法師になる前に殺されたくないからな」
村正は肩をすくめて首を横に振った。
残念だ。俺がチーム戦をすることはないだろうが、もしすることになったら村正がいてくれたら心強かった。
まあそんなことは言ってもしょうがない。
ランクマッチは直接の申し込みかランダムによるマッチングと書かれていた。そしてポイントの増減幅は両者のポイント差が反映されるとも。
つまり手っ取り早く序列を上げたければ、高い序列の相手に戦いを申し込み、勝つことが最短の道というわけだ。
しかも上位者は二度、下位者の申し込みを受けなければならない。
「ルールだけ見ると、随分と下の人間にとって有利な感じがするな」
「ポイントの計算も見たが、下位者の挑戦を受けるのは上位者にとってほとんどメリットがないみたいだしな。逆に負ければ馬鹿みたいにポイントを奪われる。三年生から苦情でも出そうなもんだが」
「当たり前でしょ」
話に割り込んできたのは、紡だった。なんか、いつにも増して機嫌が悪そうだな。
「当たり前って、なんでだ?」
「序列上位者にはそれだけの覚悟と責任が求められる。下位者には勝って当然、敗北は死同然ってこと」
「それは‥‥相当厳しいルールだな」
一度上に上がったら、そこにかかるプレッシャーは相当なものだろう。
その中で一位と二位をキープしている二人がどれ程の化物なのかうかがえる。
「紡は八十位だよな。やっぱりソロで戦うのか?」
「正直、あんまり興味ない。私の魔法はソロ向きじゃないし、かといってチームも組みたくないし」
「桜花戦って参加しないとかも認められるのか?」
「さあ。桜花戦で順位が下がっても罰則とかはないから、戦わないって選択は出来るんじゃない。ただ将来の進路的には不利になるだろうけど」
「そりゃそうか」
この守衛科に通う生徒たちのほとんどは守衛魔法師になることを目指している。桜花序列戦で高い順位を取ることは、将来に直結する。
紡は『念動糸』があるから桜花魔法学園の入学が決定した。彼女が今後どういった進路を選ぶかは分からないが、きっと守衛魔法師を志して入学してきたメンバーとは気持ちも違うんだろう。
俺自身、ホムラのためというか自分のためというか。純然たる正義感で守衛魔法師を目指しているわけでもない。
まあ紡にそんなにやる気がないのなら、俺はやっぱりソロ戦になるな。
申し込みとランダムマッチどっちがいいのかな。最短で高い序列を狙うなら申し込みがいいんだろうけど、誰に申し込めばいいのかさっぱりだ。
王人を基準にしようにも、高いところにいすぎてわけ分からんし、星宮は戦ったことがないから基準にもできない。
そんなことを考えていたら、くいくいと腕を何かに引かれた。なんか最近もこの動かし方をされたな。腕に巻きつく念動糸が、こっちを見ろと催促している。
「なんだよ。そんなひょいひょい魔法使ってたら腕が退化するぞ」
「何の話?」
紡は素知らぬ顔でうそぶいた。
「それより、昨日の剣崎君との訓練はどうだったわけ」
「どうって、普通にボコボコにされて終わったよ。楽しかったけどな」
「ふーん」
なんだよそのふーんは。自分で聞いてきたんだからもう少し興味を持ちなさい。
「その後は、どっか行ったりしたの?」
「ああ。折角だからラーメンでも食べるかって誘って行ったんだよ。そしたらさ、聞いてくれよ。王人って放課後買い食いしたことないんだって」
「私もないけど」
まずい。地雷を踏んだ気がする。
王人に関しては全然嫌な意味で言ったわけではなく、ただ育ちがいいんだろうなということを伝えたかったのだが、孤高の一匹狼である紡に対しては、別の意味を持ってしまう。
「そ、そそうか。俺もな、昨日までクラスの友達と食べたことは‥‥なかったな」
「あっそ」
「‥‥」
しまった。フォローしようと思ったのに余計に空気が重くなってしまった。
買い食いなんてホムラとしかしたことなかったな、そういえば。
二人してズンと沈んだ顔をしていると、それを見ていた村正が頭をガシガシかきながら言った。
「‥‥お前たち、今日の放課後空いているか? 空いているよな、空けろ」
「いや、専攻練がある」
「私も」
「ええい、エリート共め!」
紡も桜花序列戦に興味はないと言いつつ、きちんと専攻練を受けているのだ。担当の先生はよく知らないけど。
「なら今日はさっさと訓練を終わらせてこい。それまで待っててやる」
「え、さっさと帰れば?」
「お前たちが可哀そうすぎて見てられんのだ!」
容赦のない紡にも珍しく村正が食い下がる。
紡はともかく、俺は可哀そうじゃないと思うけどね。これでもホムラと一緒に買い食いしたことあるし、ホムラと散歩もしてたし、ホムラと放課後ティータームもしていた。これぞまさしくふわふわタイムだ。
しかし村正から見るとそうではないらしい。
「この俺が放課後の正しい遊び方を教えてやる!」
そういうわけで、俺と紡は死ぬ気で訓練を短縮し、放課後街歩きと相成ったのである。




