剣との再戦
◇ ◇ ◇
怖い笑顔というものを見たことがあるだろうか。
軽口を言い合っている中、「腹肉プルプルコラーゲン」と言った時の姉の顔しかり、推し活にはまり、深夜二時にライブ番組をリピートしている妹の顔しかり。
教授をぶん殴る鬼灯先生の顔しかり。
時として笑顔は凶器的な狂気をはらむ瞬間がある。
教室に入って数秒、俺はそれを目の当たりにすることになった。
「おはようございます、護」
男子高校生とは思えないジェンダーレスな笑みを浮かべる剣崎王人がそこにいた。
肩まで伸ばされた灰色の髪がさらさらきらきらと音を立てているようだ。
「お、おおう。おはよう」
思わずたじろいだ。なんというか、王人から得も言われぬ圧が放たれている。
夏休みの間は連絡こそ取っていたけれど、一緒に遊ぶとか、訓練をするとかいうことはなかった。
こっちはほぼ毎日鬼灯先生の訓練だし、王人も実家で忙しくしているようだった。
だから会うのは本当に久しぶりなんだが、こんなにいい笑顔を向けられる覚えがない。
「どうかしたのか?」
「いえ、随分鍛錬を積んだみたいですね、護。それを見たら、少し嬉しくなってしまって」
「たしかに鬼灯先生が専攻練をやってくれてたけど、見ただけでよく分かったな」
「分かりますよ。立ち方も、筋肉の付き方も違いますから」
いや分からんて。たった一夏でそんなに身体が変わった認識もない。
自分の身体を改めて見下ろしていると、吸い込まれるような目が俺を見上げた。
「何より、目が違います」
「‥‥そうか。王人がそう言うんなら、そうなのかもしれないな」
教授との戦いを経て、何かが変わったのかもしれない。
「それでなんですが、放課後少し時間ありますか?」
「今日は鬼灯先生も忙しいらしいから自主訓練の予定だったし、大丈夫だ。買い物か? カフェか? 映画でもいいぞ」
夏休みに会えなかったしな。その分王人と遊ぶのはありだ。ありよりはべりいまそかり。
しかし女子と二人で出歩くなんてホムラ以外と経験がないから、センスの良い外出先が思い浮かばないな。
こういう時は女子の意見を聞くのがいい。姉もよく言っていた、「あんたに彼女ができたら教えなさいよ、私がおすすめのデートスポット教えてあげるから。いい、こういうのは男が考えた場所は基本駄目だから」と。
流石、百戦錬磨の猛者は言うことが違う。ありがたい訓示のお礼に、「どこに連れてかれても楽しんでくれる女子がモテるんじゃないの?」という男の声を提供したところ、飛び蹴りが飛んできた。
まあ姉の言うことにも一理あるのは確かだ。
「なあ紡、この辺でどっか遊べる場所とか知ってるか?」
「は?」
ゴミを見るような目で見られた。紡はそのままハリネズミオーラを纏ったまま、つかつかと自分の席に行ってしまった。
おかしいな。何かを失敗したことは分かるが何が
どうしようかと視線を戻すと、王人は小さく首を横に振った。
「買い物やカフェも魅力的ですが、今日は違います」
「ああ、別に行きたいところがあるのか」
「はい。放課後に『アサギ』で待ってますね」
「‥‥あー、なるほど?」
アサギってのは春に王人が俺を連れて行ってくれたマギアーツクラブのことだ。
あれからも自由に使っていいとは言われていたが、気が引けてあまり使用はできていない。
わざわざそこに呼ばれるってことは、何をしたいのかなんとなく分かってしまった。
笑顔が怖かった理由も。
「新学期になりましたから、早いうちに桜花戦が始まると思います」
マギアーツクラブアサギに入り、着替えた王人は出し抜けにそう言った。
「桜花戦‥‥そんなに早く始まるのか」
「桜花戦は基本的にミッション期間とランクマッチ期間で分けられるんですが、皆が桜花戦と呼称するのはランクマッチ期間のことなんです」
「ミッション? ランクマッチ?」
なんだそりゃ。
試合形式で戦うだけだと思ってたんだけど。
王人が二本の指を立てた。
「ミッションはその名の通り、学校から与えられた任務をクリアすることです。それによってポイントを得ることができる。そしてランクマッチ。こちらは選手同士によるポイントの獲り合い合戦になります」
「つまり、ミッションでポイントをためて、それを奪い合えってこと?」
「そういう流れになりますね。だから、ランクマッチは大体決まった時期に開かれるんです」
王人が何を言いたいのか、なんとなく理解できた。
「その時期が、新学期開けなのか」
「一学期は準備期間。二年、三年生にとっては新学期は桜花戦の幕開けなんですよ」
「今回はそこに一年生も参加できるんだよな。でも、選ばれた人だけなんだよな」
そのために合宿の桜花前哨戦があったわけだし。
「選ばれていますよ」
「そりゃ王人はそうだろ。俺はアクシデントもあったし――」
「護も、選ばれてますよ」
その言葉は彼にしては珍しく、はっきりと否定を許さない強さがあった。
「護、君は他の人とは違う。何か別の理由で、強さを求めているように見えます」
「強くなりたい理由なんて、人それぞれだろ」
「僕はそれが知りたいんです」
ゆらりとぶら下げた両手の指が、初めの音を弾くように動いた。
アイコンが砕けた瞬間、両手に無色の剣が握られる。
「大分我慢しましたよ」
――今なら、あの時より教えてくれますか?
そう問われている気がした。
そうだな。お前とやり合うのは入学試験以来か。
ここまで随分と世話になってきた。本当に桜花戦が始まるとして、俺が選ばれているとして、ここで同学年最強の剣崎王人と戦うことがいい結果になるのか、それとも悪いものになるのか、俺には分からない。
上等だ。
初めから自信なんてない。鬼灯先生に鍛えられた今の力がどれだけ通用するか、試させてもらおうか。
きっと王人も同じだ。
だから、笑っていたんだ。
俺も右手を持ち上げ、光のアイコンを握りこんだ。火花と魔力が砕け、指の隙間から零れ落ちる。
目の奥に『Ⅰ』の刻印が焼き付いた。
発動――『火焔』




