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月浮かぶ夜

    ◇    ◇    ◇




 日のすっかり落ちた山の中、闇に紛れるように黒い影が木の幹にもたれかかるように座っていた。


 本来なら転移場所に『運送屋(ポーター)』を呼んで真堂護を運んでもらう手はずだったが、確保できなかった以上、彼ら(・・)は来ない。


 成果のない者を運ぶほど暇でも、優しくもないのだ。たとえそれが監督者の危機であったとしても。


 誤算だった。


 最悪の場合鬼灯薫と戦闘になることは考えていたが、その戦力を読み違えていた。


 『エナジーメイル』たった一つで複数の進化(イクス)を叩き潰されるとは思ってもみなかった。


 煉瓦の塔(バベル)の監督者でも、あのレベルはそうはいない。


 さらに百塚一誠の裏切りだ。あれの心は完全に折れていたと思ったが、ここに来て息を吹き返すのは想定外だった。


 しかし薫の登場よりも、百塚の裏切りよりも、遥かに大きな計算違いがあった。


「真堂、護‥‥」


 彼の少年には驚かされてばかりだ。


 彼の抵抗がなければ、薫は間に合わなかった。百塚は裏切らなかった。


 今回の失敗の全ては、真堂護によってもたらされた。


 信じられない話だ。


 元々の予定では、『電電蟲(センティペイン)』を使うことすらなかった。サンダーウィスプだけで十分制圧できるはずだったのだ。


 それが進化(イクス)を三つ使って(なお)、折れなかった。


 煌々と燃え上がる瞳が、閉じたまぶたの裏側に焼き付いている。


 知らず知らず、教授(プロフェッサー)穿(うが)たれた肩の傷を押さえていた。




「熱いだろう、その炎は」




 目を開いた先に、冷たく輝く銀の月が二つ浮かんでいた。


 教授(プロフェッサー)に動揺はない。驚きはない。


 たとえこの夜の中であっても、これは自分を見つけるだろう。


 化物に、人間の尺度は意味を持たない。


 この夜の中にあって、それだけは薄明を纏っていた。不気味の谷の奥にある完成された美が、教授(プロフェッサー)を見ている。


 それがもたらすものは、根源的な恐怖以外の何物でもない。


「何をしに来た」


「炎を見に」


 笑みを浮かべ、それは言った。


 そしてゆっくりと教授(プロフェッサー)に近付くと、肩の傷に触れた。


 エナジーメイルで覆われているはずなのに、傷口の奥深くまで、指が潜り込む。


 ぐちゅぐちゅと、血と肉がかき回された。


 まるでおもちゃ箱の中から欲しいものを探す子供のような無邪気さで、それは指を動かす。


 そして何度か頷いた。


「駄目だな」


「――何?」


「これでは駄目だ。話にならない。お前は何をしていたんだ? 濁ったままで、まるで熱くない」


「何を言っているか分からないな。お前たちとの会話に意味はない。用がないのなら消えろ」


 それは指を抜き取る。そこには一滴の血もついていない。


 月の目が、雲に隠れるように歪んだ。


汚辱(おじょく)にたかる蛆虫(うじむし)が。身の程をわきまえろ」


 それだけを言うと、興味を失ったように後ろを向く。


 『火焔(アライブ)』の残滓を確認しに来ただけで、それ以外のことはどうでもいいのだろう。


「這い回る虫たちに伝えておけ。使徒が動く」


「‥‥それを奴らが聞くとでも?」


「僕は鑑賞の邪魔をされるのが嫌いなんだ」


 示し合わせたように差し込む月明りが、振り返るそれの横顔を照らした。


「先に潰されたいのなら、それでもいい」


 やはりこれは化物だ。社会からはみ出した煉瓦の塔(バベル)の人間をして、相容れないと断言できる。




 それすなわち、人類の敵ということだ。






 激動の夏が明ける。


 それぞれが熱に浮かされ、日に押され、駆け抜けた一月。


 火花と共に、大輪の桜花戦が開かれる。


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