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もう二度と

     ◇   ◇   ◇




 終わりの始まりは、確実に鬼灯薫から動くことは決まっていた。


 万華鏡(イリデッセンス)はカウンターの魔法(マギ)。薫が攻撃を仕掛けない限り、教授(プロフェッサー)は動かない。


 魔法(マギ)の発動すら許さぬ無拍子か、あるいは虚を交えて隙を突くか。薫にはいくつかの選択肢があった。


 しかしその全てを無視し、彼女が取った行動は単純明快。


 正面突破である。


 脚を振槍で地面に蹴り込む歩法、『雷脚(らいきゃく)』によって、薫は一発の弾丸と化した。


 予定調和のように、彼女の正面には幾何学色の光が花開いた。


 『雷脚』による踏み込みは初手で見せている。これに教授(プロフェッサー)が対応してくるのは当然だった。


 つまりこの加速はシンプルに速度を威力に乗せるためだけのものだ。


 クリエイトシールドを『反射』に特化させることで生まれた『万華鏡(イリデッセンス)』は、力技でどうにかできるものではない。


 『ハンズフレイム』は『炎』を発生させ、『ショックウェーブ』は『衝撃』を生み出す。


 万華鏡(イリデッセンス)は、必ず攻撃を反射する。それは揺るがない現実だ。


毀鬼伍剣流(ききごけんりゅう)──」


 だから薫は躊躇なく右拳を光の中へと叩き込んだ。


 同時に、外側に展開していたエナジーメイルを解除。荒れ狂っていた衝撃は抑圧から解き放たれ、真の姿を露わにする。


 衝撃の圧縮と重複を繰り返すことで生まれる、破壊の権化。



 

「『響槌(きょうつい)』」




 それは局地的に発生した災害だった。無数の打撃がぶつかり合い、弾け、交錯し、乱舞する。


 大気がひび割れ、悲鳴を上げた。黒い閃光と、それを塗り潰す音が(とどろ)く。


 そしてその全てを、万華鏡は反射してみせた。


 その瞬間、勝敗は決していた。


「まさか──」


 教授(プロフェッサー)の声に返事はなかった。


 代わりに薫は左手を硬く握りしめ、今まさに自分へと返ってくる衝撃の壁に拳を叩き込んだ。




 『響槌』。




 カウンターすらもねじ伏せる追撃の一発が、鈍い音を鳴り響かせた。


 攻撃を反射されるというのなら、それを更なる攻撃で押し返す。


 道理は引っ込め、無理は力で押し通す。


 役目を終えた万華鏡は更なる一撃にはあまりに無力だった。まさしく花のように儚く砕け散り、虚空に舞って消えていく。


 そして、破壊の波濤(はとう)教授(プロフェッサー)を飲み込んだ。


「ぶっ飛びなさい」


 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッッ‼︎‼︎ 


 何百発という不可視の拳が、モザイク面に突き刺さった。


 エナジーメイル同士の衝突は、練度の差が明確に現れる。それはもはや単純な打撃には収まらない。


 掘削、あるいは粉砕。


 魔力(マナ)の光が鮮血のように飛び散り、教授(プロフェッサー)痩躯(そうく)はピンボールのように空中を跳ね回った。


 そして叩きつけられる。部屋が揺れ、壁は教授(プロフェッサー)を飲み込むように完全に崩落した。


 魔法(マギ)の差は技術で埋まるのか。


 答えは至って単純だった。




 力こそ正義、力こそ真理。パワーイズパワーである。




    ◇   ◇   ◇




 白い部屋は、もはや部屋としての体裁(ていさい)をなしていなかった。


 落ちてくる瓦礫は全て百塚が弾いてくれているおかげで無事だが、天井も壁も、無事なところがない。


 そんな中、鬼灯先生だけが光を浴びて凛と立っていた。


 誰が見ても明らかな勝者だが、その顔はあまり明るいものではなかった。


 どうしたんだ? 確実に今の一撃で教授(プロフェッサー)は沈んだ。というか生きているのか、あれ。崩落した瓦礫に埋まってしまって姿が見えないし、動いている様子もない。


「大丈夫でしたか?」


 先生は俺の前に来ると、ひょいと俺を立ち上がらせた。


 え、何で立てるんだ? まだ火焔(アライブ)は復活していない。


 自分の身体を見ると、意識しなければ気付けない程の薄い光に覆われていた。


「これってもしかして、エナジーメイルですか?」


「ええ。少し使い方を工夫すれば、こういうこともできるんですよ」


「そういえば、虎動かしてましたね」


「何の話か分かりませんね」


 しれっと嘘をつく鬼灯先生の顔は、やはりどこか暗かった。


「ありがとうございました。その、どうかしましたか? せっかく教授(プロフェッサー)も倒したのに」


「いえ、来るのが遅くなってすみませんでした。それに、教授(プロフェッサー)は倒せませんでした」


「え‥‥」


 倒せなかった?


 先生の最後の一撃は確実に教授(プロフェッサー)を捉えていた。


 あれを受けて無事だとは到底思えない。


「あの男は戦士ではなく研究者です。だからこそ、自身を守ることと逃げることに関しては一流。壁にぶつかった瞬間、あなたに使うつもりだった転移の魔法(マギ)で逃げましたね」


「転移の魔法(マギ)、ですか」


 やっぱりまだ持ってたのか。この部屋から俺をどこかに連れて行くつもりだったようだから、あるんじゃないかとは思っていたが。使わなかったのは好奇心が勝ったからか、それとも俺が警戒していたからか。


 どちらにせよ、更に移動させられていたらと思うと、ゾッとする。


「というか、よく俺の居場所が分かりましたね」


「それは‥‥企業秘密というものですよ」


 そうなのか。この人も脳筋に見えて、ちゃんと探索系の魔法(マギ)とか持っているのかもしれない。


 本当に助かった。


 その時、俺たちの前に百塚が立った。よく見れば身体中傷だらけで、服は血に染まっていないところのほうが少ない。


 解体薄刃(アントリオン)を受けながらショックウェーブを撃ち続けたのだろう。


 それでもその瞳は爛々(らんらん)と輝いていた。


「百塚――」


「申し訳なかった!」


 それは土下座だった。


 あまりにも見事な姿勢で両手と頭をこすりつける、最上の謝罪である。


 美しすぎて思わず見惚れてしまった。


「俺がやったことは許されることではない。どんな罰も甘んじて受けよう。本当に、すまなかった」


「‥‥そうか」


 憑き物の落ちたような顔しやがって。何が起こったのかは分からないが、もうこいつの中では納得が終わっているんだ。だからこれだけ清々しい謝罪ができる。


 納得し、覚悟を決めた人間のそれなんだ。


 隣を見ると、鬼灯先生は何も言わず俺を見ていた。任せるってことでいいんだよな、多分。


「お前のしたことを裁くのは俺じゃない。ただ、俺個人としての気持ちとしては」


 そうだな。


 ムカつくし、散々ひどい目にあったけど、百塚に他の選択肢があったとも思えない。俺をここに呼ぶか、殺されるかってとこだろう。


 だからってわけじゃないが、


「もう一発ぶん殴ったし、それでチャラだ」


 全部エネルギー使い切ったし、言うことは言った。正直怒る気力も残ってない。


 鬼灯先生にとってその答えが納得のいくものだったのかは分からないが、先生は静かに付け足した。


「学校による処罰は追って下します。煉瓦の塔(バベル)の所属ということで間違いありませんね」


「‥‥はい、間違いありません」


「場合によっては守衛魔法師(ガード)に連絡することになるでしょう」


「承知の上です」


 そうか、もうそのレベルの話になるんだな。百塚のしたことが明確に犯罪になるのであれば、俺にそれを止めることはできない。


 それでも、俺をここに連れてきたことを罰するというのであれば、その後の行いも正しく知られなければならない。


「先生、百塚は俺を助けてくれました」


「分かっていますよ。全て正しく評価してこその裁定です。まあ、それを下すのは私ではありませんが」


 肩をすくめた鬼灯先生は、くるりと振り返った。全部分かってますって顔だ。


 実力といい洞察力といい、敵わないな。


「それじゃあ、二人とも帰りますよ」


 いつもの口調に、百塚は顔を上げた。


「‥‥拘束はしなくていいのですか」


 鬼灯先生はふっと笑った。教授(プロフェッサー)を叩き潰した鬼神の笑みではない、専攻練(せんこうれん)が終わった後の、先生本来の柔らかな笑顔だ。


「裁定が下るまではうちの生徒でしょう。責任もって連れて帰りますよ」


 それとも、と鬼灯先生は続けた。


「納得できなければ、一発教育的指導いっておきますか?」


 構えた拳にエナジーメイルはない。ただそれがついさっき煉瓦の塔(バベル)の監督者を殴り飛ばしたものだということを、俺たちはよく知っている。


「っ――よろしくお願い」


「やめとけ。死ぬぞ」


 馬鹿なのかお前は。さっきの見ただろ、魔法(マギ)なしで岩を砕いてもおかしくないぞ、あの怪力は。


「何か失礼なこと考えてませんか、真堂君?」


「考えてません考えてません」


 なんで矛先がこっち向くんだよ、今受けたら死んじゃうからやめてくれ。


 鬼灯先生は大きく伸びをしてから俺たちの襟首を掴むと、軽く一足跳びで部屋から外に出た。


「‥‥」


 まだ日は落ちていない。


 どうやらここは山の裾野らしく、開けた野に薫風(くんぷう)が吹き抜けた。


 火と煤を払い、瑞々(みずみず)しい新緑の香りが、鼻の中いっぱいに広がった。


 ホムラ、俺はまだ弱いよ。


 目を焼く光に手をかざす。その影に彼女の姿がちらつく気がして、目を細めた。


 強くなる。


 もう二度と大切なものを失わないために。


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