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鬼の到来

    ◇   ◇   ◇




 どこかに転移させられた護を探すのは、至難の業だ。


 教員たちが慌ただしく生徒を部屋に戻す中、薫は考えた。


 『扉』の魔法(マギ)で転移できる距離には限界がある。しかしここからその限界距離を半径とした全ての地域を探索するのは不可能だ。


 同じクリスタルが複数あった場合――いや、十中八九用意しているだろう。それを使われてしまえば、発見はより絶望的になってしまう。


 護ならば、同じ轍は踏まないだろう。戦いながらも無意識に『扉』のクリスタルを警戒するはずだ。


 つまり彼が抵抗できている間が、タイムリミット。


 おそらく護が飛ばされた先にいるのは、煉瓦の塔(バベル)の監督者クラス。


 そうなれば、最大限長く見積もったとして、抵抗できるのは五分が限界だ。


 ――さて、どうしますか。


 現実的な案としては、ここでの捜索は諦めて、学園、守衛魔法師(ガード)たちに包囲網を張ってもらう。


 いくら煉瓦の塔(バベル)が巨大な組織であっても、桜花魔法学園と守衛魔法師(ガード)に本気で追われれば、そうそう逃げ切ることはできない。


 しかし問題はそこではない。


 薫は煉瓦の塔(バベル)がどういう組織なのか、嫌というほど理解している。


 どれだけ真っ直ぐ狂っているのか、身に染みている。


 見つかった時、護が正気でいる保証は、ない。


「あの、先生!」


 その時、横から声が掛かった。今の薫には周囲の教員でさえ話しかけるのを躊躇う。


 一体誰がと振り返ると、そこにいたのは開発科の生徒だった。


「‥‥音無さん、どうかしましたか? 今はあまり話している時間がないのですが」


「その、すみません。真堂君の件でお話したいことがありまして」


「話したいこと?」


 律花は言い辛そうに、けれど確かな意志を持って薫を見上げた。


 今の鬼気迫る薫の目を見るのは、相当な胆力が必要だろう。


 守衛科ではない彼女がそれだけの覚悟を示したのだ。聞く価値があると薫は判断した。


「その、あの、決して他意があったわけではないというか、(よこしま)な気持ちではなかったので

すが」


「時間がないので、用件を端的にお願いします」


「は、はい!」


 律花は真一文字に結んだ口を、意を決して開く。


「真堂君の武機(マキナ)、『黒鉄(クロガネ)』は私が作ったんですが、武器としての機能以外にも、別の機能を付け足しているんです」


「別の機能ですか?」


 律花は頷いた。本当は誰にも言うつもりはなかった事実だ。所有者の護にさえ、秘匿していた。


 しかし今ここで、この情報は薫が持たなければならない。




「その、GPSを――つけていまして」




「はい?」


 流石の薫も、予想外の言葉に固まった。


 律花は全力で手を振り、違うんです違うんですとアピールしながら言葉を続ける。


「これはその、親心と言いますか、真堂君じゃなくて、武機(マキナ)が心配で!いえ、決して真堂君が心配じゃないわけではないんですけど!」


 フリーズしていた薫は、言葉の意味を理解し、すぐさま詰め寄った。


「ですからこれは真堂君には秘密にしておいてほしいというかなんと――」


「場所は?」


「へ?」


「今真堂君がいるのはどこですか? あなたなら分かるんですよね」


「は、はい!」


 薫は肺に溜まっていた息を吐いた。



 僥倖(ぎょうこう)だ。


 居場所さえ分かるのであれば、それ以外のことはどうだっていい。


「すぐに彼の座標を教えてください」


「分かりました。‥‥あの、真堂君は大丈夫ですよね」


 不安そうな表情に、薫は笑みを作った。


「もちろんです。私が行きますから」


「よ、よろしくお願いします!」


 律花にお願いされずとも、彼は専攻練せんこうれんの生徒だ。必ず救う。


 座標を携帯に送ってもらい、駆け出した。


 本来なら管理職に報告を行い、どのような行動を取るのか判断をあおぐべきだ。


 しかし薫はそういった段階を全て無視し、単独で救出に向かう。


 それがこの場面において、一番正しい選択だと信じているからだ。




 施設を出てから三分後、護がいる座標に辿り着いた薫は、地下から魔法(マギ)の反応を感じ取ると、躊躇なく跳び上がり、遥か上空からの跳び蹴りで地下室の天井をぶち抜いた。


 中の炎が一気に膨張して噴き出したことは予想外だったが、そんなことは大した問題ではない。


 煉瓦の塔(バベル)の監督者、『教授(プロフェッサー)』。


 資料でしか見たことのない最悪の黒魔法師(ブラックラベル)だ。


 そしてそれに相対するように剣を構える百塚一誠。


 どのような状況なのか、判断する必要はなかった。


「――」


 何故なら百塚の後ろに、彼が倒れていたから。全身血と煤に(まみ)れ、左腕は不自然に脈動している。


 傷だらけだ。回復した分を含めれば、その身を襲った残虐な行いがどれ程(むご)いものであったものか、容易に想像ができた。


 それでも、戦ったのだろう。圧倒的格上を相手に、心をへし折る痛みを耐え抜き、拳を握り続けた。


 だから薫は間に合ったのだ。




「――――」




 ――笑え。


 ――――全力で笑顔を作れ。


 あの人がそうであったように。


 誰をも安心させる笑顔と、大きな背中が憧れだった。


 ――(じゅん)さん、私を止めてくださいね。


 今ここで理性の鎖を引きちぎってしまったら、自分は鬼になる。そんな姿を護に見せたくはなかった。


 それでも薫は心に決めた。


 大切な人の息子を、自分の教え子を、傷者(きずもの)にした者がここにいる。




「ぶっ潰します」




 鬼灯薫は火柱に溶かすように、小さく呟いた。


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