死闘の先で
「はぁ‥‥はぁ‥‥」
息が苦しい。いくら呼吸をしても酸素が入って来ない。当たり前だ、自分で燃やしたんだから。しかしそんなことは関係なく、身体中のありとあらゆる細胞が悲鳴を上げている。
立つ体力も完全に失い、俺は地べたに寝転んだ。
左腕の痛みすら鈍くなっていく。それは、電電蟲が消えたのが理由じゃない。
「――驚嘆だ。私の予測を遥かに上回る戦果。極限の集中力によって戦闘力が飛躍的に上がる者は数多く見てきたが、それでは説明がつかない力だ。素晴らしい素晴らしい素晴らしい素晴らしいぞ。疾く早く、検証しなければならない」
教授は立っていた。
右肩から首に至る部分をごっそりと削り取られ、それでも何の痛痒も感じていないかのように、立っていた。
バチバチと奴の傷を覆うようにエナジーメイルが展開されていた。
うそ、だろ。
まさかあれで傷口を補強して、血管や筋肉の代わりにしてるのか。
衝撃吸収に、圧縮した酸素、さらには傷の補強。『エナジーメイル』たった一つで、一体いくつの効果を発揮させているんだ。
教授。俺は、その名の意味をいまだ理解しきれていなかったのかもしれない。
ぶっ倒すなんて威勢のいいことを言っておきながら、この様か。くそったれ‥‥もう指先一本すら動かせない。
痛みがじくじくと昇ってくる。それを押しとどめていた炎も、どんどん小さくなっていくのが分かった。
その時、誰かが俺の前に立つ気配を感じた。
「‥‥理解できんな。もはや勝敗は決した」
「少なくとも、数時間前の俺なら何もしなかっただろうよ」
なんとか視線だけを持ち上げると、荒神を担いだ百塚が俺の前に立っていた。
「煉瓦の塔で学んだはずだ。蛮勇は愚者の行い。死せば探求の道は途絶え、積み重ねた知恵の煉瓦は崩れ、意義を失う」
「知っている。俺がお前に勝てないということも、よく分かっている」
百塚は魔力を大剣へと注ぎ込み、風を起こした。
そして己の胸に親指を押し当てる。
「しかしここに、ついさっき火を灯された。俺の積み重ねた煉瓦は、塔ではなく炉であったらしい。熱い、熱いぞ教授‼」
かはははと空笑いを高らかに上げて、百塚は荒神を構えた。
それが決死の一撃になると知りながら。
「もも、づか‥‥やめろ‥‥」
「やめん。俺は命に替えてもお前をここから逃がすと決めたからな」
駄目だ。あいつは俺を殺さないだろうが、百塚をどうするかは分からない。
俺の前で、人が死ぬ。
あんな思いは一度だけで十分だ。もう二度とそんなことを起こさせないために力をつけてきたんだ。
「くそ、くそぉお!」
立て。立て。立て‼
火焔で電電蟲を喰えば、魔力は回復できるはずだ。
しかしそれを行うだけの集中力が、もう維持できない。火炎が言うことを聞かないのだ。
「ぐぅぅぁあああああ‼」
鉛のように重い身体を持ち上げるが、できたのはそこまでだった。戦闘どころか、立ち上がることさえも不可能。
「百分率の実験はもうほとんど終わっている。生憎、二人を運ぶ余裕はない。殺すことになるが、よいかね」
「本望」
荒神が振り下ろされる音、解体薄刃が羽ばたく音が聞こえた。
そして、それを塗り潰す崩落が轟いた。
天井に大穴が空き、光と大気が流れ込んだ。くすぶっていた炎が突如供給された酸素によって暴れ回り、巨大な火柱となって大穴から屹立する。
「うぉぉお⁉」
百塚が攻撃から防御にショックウェーブを切り替えてくれたから、俺たちはなんとか吹き飛ばされずにこらえることができた。
おかげで、火柱の中に誰がいるのか、俺の目にもはっきりと見えた。
その人はそこが業火の中だということも忘れる軽やかな足取りで瓦礫に着地した。
そして炎のカーテンを開き、戦場に姿を現す。
その笑みは火炎による陰影か、いつもよりも遥かに深く見えた。
「鬼灯、先生‥‥」




