ガチャガチャの魔法
◇ ◇ ◇
護と百塚の戦いは、予想外のスタートを切った。
近接戦闘において、王人に次ぐ実力を持つ百塚が、護に殴り飛ばされたのだ。
それもカウンターを決める形でだ。
「おお! 一発決めたぞ!」
「――よし!」
村正と紡は思わず立ち上がって拳を握った。
それ程までに、この展開は驚くべきものだった。
中等部からの一貫生ほど、百塚のエナジーメイルの練度が優れていることを知っている。
その彼が武機を持って、一直線に向かってくるのだから、その圧は想像を絶する。
それを避けながら、美しささえ覚えるカウンターを決めたのだ。
二人が興奮するのも当然だった。
しかし当然、その一発で勝敗は決まらない。
百塚は平然と立ち上がると、ダメージを感じさせない動きで武機を振るった。
一振り一振りが狂風となり、護に迫る。
当たればエナジーメイルを纏っていても一発でKOされかねない威力だ。護はなんとか避けながら反撃の機会を狙うが、近づけない。
その中でも護は炎の牙を放った。おそらくショックウェーブを迎え撃とうとしたのだろう。
村正や紡の目から見ても、そのタイミングは完璧だった。
化蜘蛛にさえ食らいついた牙は、しかし何にも触れることなく、虚空を噛んだ。
ショックウェーブが、曲がったのだ。
観客席から見ていても、信じられない動きだった。怒涛の勢いで進んでいた風は、初めからそこにレールが敷かれていたかのような滑らかな動きで、弧を描いた。
そして、まさしく獣が獲物に跳びかかるように、護をねじ伏せた。
「ぅぐっ」
「‥‥!」
見ている側が思わず目を閉じてしまう程の勢い。
普通の生徒であれば、この時点で勝敗は決していただろう。しかし炎による再生能力を持つ護は、ダメージを踏み倒しながら、更なる攻撃に転じた。
結果は相打ち。
「ひやひやする展開だな‥‥」
「そうね。それでも、よく立ちまわれてる方よ」
「そうか? たしかに百塚が強いのはよく分かったが、そこまで差があるようにも見えんぞ」
実際、状況そのものはイーブン。まだお互い致命的なダメージを受けたわけではない。そして削り合いの耐久戦となれば、回復能力を持つ護が圧倒的に有利だ。
紡は二人から視線を一切外さず、答えた。
「あなたの目は節穴? 正直、状況は初め以外ずっと悪いわ。後手に回されて、攻められてない」
今も両者痛み分けの形になったが、その本質はまるで違う。護の魔法は容易くあしらわれ、展開は百塚が優勢だった。
相打ちまで持ち込めたのは、鬼灯先生が仕込んだ振槍があったからだ。
この展開が続けば、耐久戦になるより前に、百塚の魔法が護を確実に叩き潰すだろう。
「ふ、節穴‥‥」
「そもそも今の段階で五分じゃ、勝てない」
「何故だ?」
「‥‥」
眼下で動きがあった。
二人が再び魔法をぶつけ合い始めたのだ。百塚は変わらずショックウェーブの壁で制圧。護は脚で揺さぶりを掛けながら、徐々に距離を詰める。
先ほどまでと違うのは、百塚が斬撃の歪曲、またそれによるフェイントを交え始めたこと。そして護が多少のダメージは無視して進み始めたことだ。
「まずい」
「だから、さっきから何なんだ」
「百塚の力は、エナジーメイルやショックウェーブの強さだけじゃない」
「何?」
ダメージを負うたびに血と火の粉を散らす護を見つめながら、紡はその理由を告げた。それこそが、有無を言わせぬ才能という名の暴力だと知りながら。
「――百塚一誠は、『固有』持ちよ」
◇ ◇ ◇
集中を途切れさせるな。相手の一挙手一投足に意識をやり、即座の判断と勘に身体を委ねろ。
極限の集中力下において、思考のリソースは全て百塚の攻撃を見切り、予測するのに使われる。
『火焔』と身体のコントロールは、ほとんど無意識下に行われていた。
曲がるショックウェーブは脅威だが、基本的には百塚が振るう荒神の軌跡をなぞるように飛んでくる。
例えば上から下に振り下ろした時、その軌道内で曲がることはあるが、真横に曲がったりはしないのだ。
だったら、避けられる。回避の選択肢は狭まるものの、正解の択を選び続ければ、前に進める。
事実、少しずつではあるものの、百塚に近づいている。
魔力を奪うことはできていないものの、身体強化にしか使っていないから、消費は抑えられている。
むしろ消耗が激しいのは百塚のはずだ。大剣を振り回し、魔法を連発している。このままいけば、必ず息切れを起こす。
その瞬間、一気に抜く。
お互いにピリピリした緊張が走る中、俺は不思議なものを見た。
今まさに剣を振ろうとする百塚から、虹色の光が舞ったのだ。大きなシャボン玉が弾けて消える前のような、儚くもたしかな美しさ。
それが、恐ろしく見えた。
違和感に従って、爆縮で横に跳ぶ。距離を詰めるとか関係なく、全力で回避する。
まだ何も来ていないが、来てからでは遅いと、本能が判断した。
そしてそれは正しかった。
「トップレアだ」
ショックウェーブが、鯉口を切った。
これまで鞘に隠された刃が光を浴び、本当の姿を露わにする。
「ッ――――⁉」
通り過ぎた一閃は、その進路上にある一切合切を両断した。コートも、先生たちが張っていたシールドも、何もかもを切り裂いて進む。
それが観客席へと当たる直前に、矢のように飛び出してきた鬼灯先生が、横から蹴りを叩き込んでショックウェーブを砕く。
爆散する衝撃波に、生徒たちの悲鳴が入り混じった。
ただその状況を悠長に確認している暇は、俺にはなかった。
余波の勢いだけで吹き飛ばされそうになるのを堪えた時、百塚が踏み込んでいた。
「ふっ――」
短く吐き出された気炎と共に、剛腕が振るわれた。
これまでのその場で振る斬撃ではなく、確実に刈り取る一撃。
それが足を止めた俺を、正面から斬りつけた。
斬ッ‼
横薙ぎの一撃だ。受けた胴は血の流れが途絶え、下半身の感覚が一寸の間消失する。
一気に天地がひっくり返った。受け身も何もない、そんなことを考える余裕すらない。
ゴッ、ゴッ、ドン! と何度も地面をバウンドし、シールドにぶつかってようやく止まった。
「‥‥ぅぐ、ごはっ!」
喉からせりあがる何かを吐き出すと、唾と血が入り混じったものだった。
感覚が戻ってくるにしたがって、鈍い痛みが脈打つ。
さっきの攻撃は――。
「俺の固有魔法、『百分率』だ。一パーセントの確率で、発動した魔法の威力を数倍に引き上げる」
歩いてくる百塚の声が聞こえた。
『百分率』。そうか、さっきの虹色のショックウェーブは、それが発動した攻撃だったのか。
恐るべきは、それを外した瞬間の百塚の判断。
こちらが状況を把握するよりも先に、確実に攻撃をねじ込んできた。
「もう動けないだろう。終わりにしよう」
百塚が荒神を構えながら俺を見下ろした。
俺は何も答えず、目を閉じた。
花剣を習得するまでの数日、ひたすらに『火焔』と向き合って分かったことがある。
花剣は炎の捉え方を変えない限り、辿り着くことのできない場所にあった。
しかしそれまでの訓練が無駄であったかといえば、存外にそうでもなかったらしい。
身体の内。揺らめく炎を掴み、回し、更なる炎を注ぎ込む。
今のショックウェーブを受けながら捕食した魔力。それを燃料に更なる炎を生む。
徹底的に圧縮しろ。
体内に煌々と輝く火球を生み出し、そこから全身へと、血の代わりに炎を流し込む。傷がいえるまで、ひたすらに。
百塚、お前は一つミスを犯した。
油断なく、俺を確実に気絶させるために、お前は距離を詰めた。
「楽しかったぜ、真堂」
「もう少し楽しめよ、百塚」
爆ッ!
圧縮からの、解放。シールドにぶち当てるように、爆縮を発動して身体を弾丸のように撃ち出した。
余計な迂回はしない。真正面を突っ切る。
勢いのままに転げそうになるのを脚の回転で捌きながら、加速。
「ッ――」
虚を突かれた百塚は、即座に剣を振り下ろそうと動いた。『百分率』が発動していなくとも、その一撃が重いのはさっき身体で実感した。
動きの起こりを潰す。
どんな体勢、状況下でも出せる最速の一撃は、敵を穿つ槍となる。
そしてそれを届かせる方法は、百塚、お前が教えてくれた。
振槍――『火蜂』。
拳から放たれた火の投げ槍は、加速の勢いも相まって迅速に、鋭く、百塚の胴を打ち抜いた。
「ぉごッ――」
炎が潰れた弾頭のように花開き、百塚の身体が折れ曲がる。
火蜂は勢い衰えることなく突き進み、百塚をコートの反対側まで吹き飛ばした。
既に槍としての形を失った炎を、引き戻す。
百塚のエナジーメイルを砕き、燃やし、存分に魔力を喰らった炎を己の肉体へと戻すことで、その力を我が物とする。
全身にみなぎる熱と活力。血沸き肉躍るとは、まさしくことのことだ。
それでもなお油断はできない。何故なら残火の中に立ち上がる影が、確かに見えたからだ。
気分が高揚して、思わず口から出たのは柄にもない言葉だった。
「よお、少しは熱くなってきたか?」
「ああ。今ならへそで茶でも沸かせそうな気分だ」
俺と百塚は拳と剣を構え、炎と風が戦意を高く舞い上げた。
 




