5 守られるほど弱いのか?
街が平常運転に戻って、三分。
――それは起こった。
私は噴水の縁に座り、首を膝に乗せてパンをかじっていた。
初心者クエスト報酬の、ちょっと固いパンだ。
「……これ、供物扱いされたやつだよね」
もぐもぐしていると、背後からひそひそ声が聞こえた。
「……見ろよ」
「間違いない……」
「首を抱え、監視の印を宿す者……」
嫌な予感がした。
振り返ると、そこには――
黒いローブ率高めのプレイヤー集団が立っていた。
「――我らは、《首なし監視者様》の顕現を目撃した者たち」
「言い方!!」
先頭に立つのは、明らかに中二病全開の青年。
名前表示は《Noct_Rei》。
肩にマント、腰に二本剣、意味深に光る紫エフェクト。
「昨日、街に降臨した首なき御方……
しかもGMに監視されるほどの規格外存在……」
《【監視ログ】:複数プレイヤーがKanadeを注視しています》
「やめて! 見られてるってログに残さないで!!」
Noct_Reiは、片膝をついた。
「どうか……
我らの指針となっていただけませんか」
「ならない!!」
即答したのに、彼らは微動だにしない。
「おお……拒絶……
それすらも『選ばれし者の孤高』……」
「解釈が暴走してる!!」
その瞬間、背後の誰かが小声で呟いた。
「……やはりここは俗世に倣ってファンクラブとやらを作ってはどうだろうか?」
「やめろ!!!!」
だが、もう遅かった。
「賛成だ」
「公式が設定作る前に、我々が信仰を固めるべきだ」
「首なしで、黒馬で、GM監視……役満でござる」
「役満って何!? VRMMOって第二の人生じゃないのこれ!?」
Noct_Reiが、静かに立ち上がる。
「では、ここに宣言しよう」
噴水前、プレイヤーが集まり、
チャットログが高速で流れ始めた。
《ワールドチャット》
【Noct_Rei】
本日この時をもって、
**《首なし監視者様ファンクラブ》**を結成する
「ワールドに流すなああああああ!!!」
だがチャットは止まらない。
【黒翼のアルベド】
入会条件は?
【Noct_Rei】
条件は一つ
首なし監視者様を“設定として否定しない”こと
「私を設定にするな!!」
視界の端で、例のアイコンがまた光った。
《【監視ログ】:Kanadeが“非公式コミュニティの象徴”になりました》
「Ordisさん!! それ止めて!!」
しかし、プレイヤーたちはすでに盛り上がっている。
「考察班作ろうぜ」
「首が外れる理由考察スレ立てた」
「GM監視=物語の抑止力説、濃厚」
「考察するな!! 私は普通の高校生!!」
私は叫びながら立ち上がり、黒馬に飛び乗った。
「……もう知らない!!私はクエスト行く!!一人で!!」
その背中に、声が飛んできた。
「お気をつけて……首なし監視者様……」
「やめろおおおおおおおおおおお!!!!」
だが私は知らなかった。
この瞬間、首なし監視者様という概念が、プレイヤー文化として完全に定着してしまったということを。
――森へ向かう街道。
私は黒馬にまたがり、できるだけ自然体を装っていた。
背後に何かを感じつつ。
「……気のせい、気のせい……」
だが、その希望は五秒しかもたなかった。
「――隊列、維持しろ」
「了解。《影の距離》を保て」
「首なし監視者様の視界に入るな」
「入ってる!! もう入ってるから!!」
振り返った瞬間、私は悟った。
フルパーティだ。
しかも全員、黒系装備。
マント、仮面、過剰なエフェクト。
名前表示も、
《Noct_Rei》
《黒翼のアルベド》
《屍詠みのリリス》
《監視者の影01》
「01って何!?」
Noct_Reiが一歩前に出て、胸に手を当てた。
「我らは《首なし監視者様ファンクラブ》守護班」
「知らない班ができてる!?」
「街での混乱を鑑み、首なし監視者様が再び危険に晒されぬよう――我らが盾となり、刃となる所存」
「私は初心者クエスト行くだけなんだけど!?」
《【監視ログ】:Kanadeに随伴パーティが発生しました》
「随伴って公式用語なの!?」
私は馬を走らせた。
全力で。
「ちょっと待って! ついてこないで!!」
――ついてきた。
むしろ、フォーメーションを組んだ。
「前衛、展開」
「後衛、詠唱準備」
「万一、首が外れたら即回収」
「最後の何!?」
その時、道端からスライムが一匹、ぷるんと跳ね出した。
「敵襲!」
「首なし監視者様をお守りしろ!」
「待って、私が倒すやつだから――」
ドゴォォン!!
スライムは、
剣、魔法、闇属性エフェクトの過剰供給により、
存在ごと消滅した。
《経験値を獲得しました》
《※守護対象の貢献度が高いため、Kanadeに全配分されます》
「え、私なにもしてないんだけど!?」
「さすが首なし監視者様……
存在するだけで経験値を集める」
「そんなスキル取ってない!!」
私はついに立ち止まった。
「お願いだから!普通に遊ばせて!守護とかいらないから!!」
一瞬、沈黙。
中二病たちは、互いに顔を見合わせ――
静かに、深く、うなずいた。
「……承知した」
「ほんと?」
「では――
“目立たぬ守護”に移行する」
「それ一番怖いやつ!!」
次の瞬間、彼らはログアウトしたかのように消えた。
「……あれ?」
ほっと胸を撫で下ろした、その時。
《【監視ログ】:ステルス状態の守護対象を確認》
「消えてないじゃん!!」
木陰。
岩の影。
ミニマップの外周。
どこかに、確実にいる。
「……このゲーム、初心者一人旅って概念、ないのかな……」
私は首を抱え直し、ため息をついた。
背後で、誰かが小さく呟いた。
「……御身の影は、常に我らと共に」
「聞こえてるからね!?」




