4 キノコ狩りなんです…
――翌日。
私の視界の端っこに、小さな目玉アイコンが浮いていた。
《【監視中】:GM:Ordis》
「……いや、やっぱり監視されてるぅぅぅぅぅ!!!」
昨日のGM騒動以来、私のログイン画面にはこの監視マークが常駐するようになってしまった。
要するに、ゲームの向こう側でGMが私の行動を逐一見てるわけで。
……プライバシーとは?
「はあ……まあ、気にしても仕方ないか」
私は気を取り直して、初期街の初心者クエスト掲示板の前に立った。
紙がペタペタ貼られているタイプのやつで、内容はだいたい――
《初心者向けクエスト》
スライム討伐(推奨人数1~2人)
キノコ採取(推奨人数1人)
子犬を探せ!(推奨人数1人)
「……よし、無難にキノコ採取いくか」
安全第一。血の匂いのしないクエストがいい。
……しかし、私の手が紙を引き抜いた瞬間。
《【監視ログ】:Kanadeが『キノコ採取』を選択しました》
「実況すんな!!!」
空に向かって叫んでも、GM:Ordisからの返答はない。
ただ、視界の端のアイコンがじっとこちらを見ている気がする。
「もうやりにくいなあ……」
ぼやきながら、黒馬を召喚して出発。
「――って、なんで馬呼んだ瞬間にエフェクトが炎なんだ!!」
広場のプレイヤーたちがまた騒ぎ出す。
「昨日の首なしだ!」
「今日も監視マークついてるぞ!?」
「……なんか配信者みたいだな」
そんな注目を浴びながら、私はキノコ採取ポイントへ向かった。
森の奥
「……よし、ここなら人目も少ないし大丈夫」
苔むした切り株に、茶色いキノコが生えている。
「クエスト通り、10個集めて――」
《【監視ログ】:Kanadeが『キノコ』を拾いました》
「だから実況するなああああああ!!」
しかも、拾おうとした瞬間。
スポッ。
首が落ちた。
「あああああああああ!!!」
しゃがんだ拍子にバランスを崩し、草むらに首がコロン。
私は慌てて胴体で探す。
「えっと、首首……あ、あった……!」
拾ってつけ直す――が、その一部始終も。
《【監視ログ】:Kanadeが『首を外しました/再接続しました』》
「報告いらないって言ってんだろうが!!!」
遠くでリス型モンスターが「キィー!」と鳴いて逃げた。
さらに森の奥
ようやくキノコ10個を集め終えた時、また別のプレイヤーと遭遇した。
初心者装備の魔法使いの少年で、私の姿を見た瞬間――
「うわっ、首なし!? しかも監視つき!?」
なぜか目を輝かせた。
「ね、ねえ、もしかしてチート? 隠し種族? それともバグ利用?」
「違う! 全部違う!!」
《【監視ログ】:Kanadeが『否定しました』》
「……Ordisさん! 本当に実況やめてええええええ!!!」
結局、クエスト報告に戻るまで、私は 監視アイコンとプレイヤーの好奇の視線と実況ログ に挟まれたままだった。
「……このゲーム、普通に遊ぶの無理じゃない……?」
肩(と首)を落とす私の視界で、目玉アイコンが ピコーン と光った。
《【監視ログ】:Kanadeが『精神的ダメージ』を受けました》
「うっさいわあああああああああ!!!!」
街に戻った瞬間、空気が違った。
ざわ……ざわ……。
視線。
明らかに、昨日より多い。
いや、正確に言うと――昨日より怯えている。
「……なんで道の端に寄るの?」
「なんで露店の人、シャッター下ろしたの?」
「なんで衛兵NPC、剣抜いてるの?」
私は首を抱えたまま、きょろきょろと周囲を見回した。
視界の端には、相変わらず例のアイコン。
《【監視中】:GM:Ordis》
「……これのせいだよね、絶対」
噂は、私の知らないところで勝手に進化していたらしい。
「聞いたか? 昨日現れた首なし……」
「GMが直々に監視してるって話だろ?」
「初心者なのに黒馬召喚して、森を沈黙させたらしいぞ」
「してないから!! キノコ採っただけだから!!」
心の中で全力否定していると、背後から声がかかった。
「――お、お待ちください……!」
振り返ると、クエスト受付嬢NPCが、明らかに引きつった笑顔で立っていた。
ほかの人に対するいつもの事務的対応はどこへやら。
「も、もしかして……あなた様が……首を携えし監視者様でございますか……?」
「誰!?」
《【監視ログ】:NPCがKanadeを“重要存在”として認識しました》
「ちょっとOrdisさん!? なんか設定書き換わってない!?」
受付嬢は震える手で、掲示板の奥から黒縁の羊皮紙を取り出した。
「こ、こちら……急遽発行された、特別クエストでございます……」
《特別依頼》
『首なき者の御前にて、街の不安を鎮めよ』
「なんで私が鎮める側なの!?」
「街ではすでに……『首なしの監視者が現れた日は、大きな災厄が起こる』という噂が……」
「予言扱いされてる!?」
周囲のNPCたちが、ひそひそと祈るような目で私を見ている。
パン屋のNPCがパンを差し出してきた。
「ど、どうかこれを……怒りを鎮めてください……」
「いや怒ってないし! ただゲームしたいだけだし!」
《【監視ログ】:Kanadeが“供物”を受け取りました》
「供物じゃない!! ただのパン!!」
さらに追い打ちをかけるように、街の鐘が鳴り響いた。
ゴォォォォン……ゴォォォォン……
衛兵NPCが整列し、隊長らしき男が私の前に膝をつく。
「首なき御方よ……
もしこの街に裁きを下すなら、どうかご慈悲を……」
「下さない!! 裁かない!! そもそも新人!!」
私はもう限界だった。
「ちがうの!!私はただのプレイヤーで!首が外れるだけで!馬がちょっと黒くて!GMに監視されてるだけで――」
《【監視ログ】:Kanadeが“自白”しました》
「自白じゃないって言ってるだろ!!」
その瞬間、空にシステムメッセージが走った。
《⚠ ワールドイベント誤認識を確認》
《NPC行動を修正します》
受付嬢が、はっと我に返る。
「あ……え?
あれ、私……なにを……?」
衛兵たちも一斉に姿勢を戻した。
「……気のせいだったか」
「首がないだけの一般人だったな」
「“だけ”で済ませるな!!」
街はようやく、元の平穏を取り戻した。
私はその場にへたり込む。
「……このゲーム、初心者に優しくない……」
視界の端で、監視アイコンが一瞬だけ点滅した。
《【監視ログ】:Kanadeが“街イベント級の影響力”を確認されました》
「……Ordisさん」
私は空を見上げて呟いた。
「私、普通に遊べる日は来るんでしょうか……?」




