10 釣り竿メタ
それは、空から降ってきた。
《 ワールドアナウンス》
『ギルド対抗イベント
《覇群戦線》の開催を告知します』
『開催まで七日。
各ギルドは準備期間に入ってください』
街が、ざわついた。
「来たぞ……大型だ」
「今回は拠点制圧型らしい」
「バフ系スキル持ち集めろ!」
武器屋、防具屋、訓練場。
どこもかしこも戦争前夜の顔だ。
「……大変そう」
私は、
街の端のベンチに座っていた。
手には、
初心者向け回復パン。
「私は関係ないけどね」
そう。
関係ない。
だって私は――
「ギルド長(仮)だけど、実質、幽霊部員だし」
低存在感モード。
首は固定済み。
黒馬は厩舎。
完璧な無関係ビルド。
「今日は……釣りでもしようかな」
湖畔。
水面は穏やか。
釣り糸を垂らす。
「……いい……」
チャット欄には、
世界の熱気が流れている。
【全体】
「覇群戦線のためにレベル上げ!」
「うちのギルド、徹夜周回」
「元気だなぁ……」
私は、
釣りゲージを眺めていた。
《ヒット!》
「おっ」
小魚。
普通。
平和。
「……これでいいんだよ」
――その時。
《周囲に大量のプレイヤー接近》
「……?」
地面が、揺れた。
「いや、揺れすぎでは?」
次の瞬間。
「見つけたぞ!!」
「首なし監視者様だ!!」
「見つけないで!!」
茂みから、
武装した黒ローブ集団。
「なんで戦闘装備!?」
「覇群戦線に向け、守護訓練を――」
「私は訓練してない!!」
背後から、別の声。
「そこか!」
「秩序派、接触成功!」
「増えた!!」
白金装備の集団。
秩序派ギルド。
「なぜ湖で!?」
「偵察中に、象徴を発見した」
「象徴じゃない!!釣り人!!」
UIが、無慈悲に開いた。
《システム》
《ギルド対抗イベント《覇群戦線》事前衝突判定が発生しました》
「事前衝突ってなに!?」
《条件》
・複数ギルド接触
・象徴級プレイヤー存在
「だから象徴じゃないってば!!」
空に、
小さなゲージが表示される。
《ミニ戦線:湖畔》
「ミニで済ませていいやつじゃないよね!?」
Sieg_Unit03が、剣を構えた。
「……首なし監視者様」
「やめて呼び方!!」
「湖は、守りやすい地形だ」
「戦術的判断いらない!!」
黒ローブが私の前に並ぶ。
「首なし監視者様、後方へ」
「後方ってどこ!?」
その瞬間。
《衝突開始》
「始まっちゃった!!」
私は、釣り竿を持ったまま立っていた。
「……えっと」
飛び交うスキル。
炸裂するエフェクト。
「私、釣りに来ただけなんですけど」
その時。
《システム》《Kanadeの行動が“戦場中心”として記録されました》
「記録しないで!!」
魚が、
釣り糸を引いた。
《 大物ヒット!》
「今じゃない!!」
私は叫びながら、竿を握りしめた。
世界は戦争前夜。
私は休日。
――だったはずなのに。
「……どうしてこうなるの……」
湖畔に響く、
私のぼやき。
それを合図に、
ギルド対抗イベントは、
予定より早く動き出してしまった。
湖畔は、完全に戦場だった。
剣。
魔法。
バフ。
デバフ。
そこに。
「……あの」
私は、釣り竿を握って立っていた。
「誰か……この状況、説明してくれませんか……」
「首なし監視者様!」
「だからその呼び方やめて!!」
黒ローブたちは、私を中心に円陣を組む。
「中央確保!」
「象徴防衛を最優先!」
「防衛対象じゃない!!私は釣り人!!」
秩序派が、前に出る。
「接触するな!距離を取れ!」
「距離取ってるよ!釣り糸分だけ!!」
その瞬間。
《大物ヒット!》
「今じゃないって言ったでしょ!!」
私は反射的に、竿を引いた。
――ぶんっ。
釣り糸が、弧を描く。
その先端が、秩序派の前衛の足に絡んだ。
「っ!?」
《システム》《環境オブジェクト:釣り糸がプレイヤーに干渉しました》
「干渉!?」
前衛が、転んだ。
「うわっ!」
《戦績ログ》
《Sieg_Unit03(味方)が
転倒支援を行いました》
「Siegさん!?私です!!」
転倒した前衛に、後続がぶつかる。
「前が――!」
「止まれ!!」
魔法詠唱が、中断。
《戦績》
《詠唱阻害:+1》
「なんで私の戦績なの!?」
私は慌てて糸を巻こうとした。
「ごめんなさい!!今外します!!」
――ぎゅいん。
糸が、水面を切る。
何かが、
引っ張られた。
「……え?」
水柱。
巨大な魚型モンスター。
「なんで!?」
《レイド級:湖主グランフィンフィールド侵入》
「聞いてない!!
イベント外じゃん!!」
戦場が、一瞬で凍りついた。
「……湖主?」
「なんで今……」
「釣り人のせいだ!!」
「違うよ!?釣りの成果だよ!?」
グランフィンが、
尾を振る。
――どばぁん。
両陣営が、
まとめて吹き飛ぶ。
《戦績》
《エリア制圧妨害:+5》
「妨害ってなに!?」
私は、必死に叫んだ。
「ちがう!!私は釣りを――」
その瞬間、
釣り竿が折れた。
「……あ」
反動で、
私は後ろに倒れた。
――ころん。
首が落ちた。
「最悪のタイミング!!」
戦場が、
完全に止まった。
「……今」
「釣り竿で」
「湖主釣って」
「首、落ちた……?」
誰かが、
呟いた。
「……神話?」
「違う!!!!」
《システム》
《Kanadeの行動が“戦場撹乱・超”として記録されました》
《戦績サマリー》
・転倒誘発 ×3
・詠唱阻害 ×2
・エリア妨害 ×5
・レイド級乱入 ×1
「……」
私は、
首を拾いながら思った。
「……釣り竿って、武器だったんだ……」
戦闘は、
引き分け。
《システム》《ミニ戦線:湖畔勝敗なし》
だが。
《 MVP候補》
Kanade(武器:釣り竿)
「なんで!!?」
Sieg_Unit03が、真顔で言った。
「……戦場に、 “予測不能”を持ち込んだ」
「持ち込みたくて持ち込んでない!!」
黒ローブたちが、
目を輝かせる。
「首なし監視者様……」
「釣りの神……」
「増やさないで設定!!」
その日以降、掲示板にこんな言葉が残った。
【戦術考察】
「覇群戦線における“釣り竿メタ”の可能性」
「考察しないで!!」
こうして私は、
イベントに参加していないつもりで
最悪に目立つ戦績を叩き出した。
……釣り、
もうやめようかな。




