89話 幸せだった思い出
90話は11日の21時10分投稿予定です
「時期は冬でエサも少なく、歳も取って体力も落ちていました、さらに体も痛めてしまい、おれは、この家の庭でうずくまっていました……」
ウンブラは僕たちをクルリと見やりながら続ける。
「寒さと痛みで、少しずつ感覚が無くなっていきました……ああ……もうすぐ、おれは死ぬんだな……って……」
「ウンブラ……」
イルミは思わずつぶやいた。
「充分生きたつもりでした……悔いは無いと思っていました……でも……」
悲しそうにウンブラは続ける。
「もっと、生きたかった……死に際に……心に浮かぶ思いは、そればかりでした……」
「……」
僕は言葉を出せず、ただうなずきながらウンブラを見つめる。
「そんな時でした、ダッシュでおれに駆け寄る足音が聞こえたのは……」
まさか……その人が……? 僕はウンブラの話を待つ。
「その人は、おれを両手でそっと抱き上げ、暖かい部屋へ連れて行き、毛布の上に乗せてくれました。それと暖かくなる変な円筒……でしょうか? それも隣に置いてくれたおかげで冷えきった体は暖まり、何とか動けるようになりました……」
ウンブラは嬉しそうに語る。
「エサと水もくれました……九官鳥のエサやお肉の切れ端、小魚や果物など……ご馳走でした。空腹だったおれは夢中で食べまくり、そんなおれを見ながら、その人は嬉しそうに微笑んでいました……」
「ウンブラ……やっぱり、その人が……?」
「はいー、クニヒロさんです」
僕はたずねると、ウンブラは誇らしそうに羽根を少しだけ広げた。
「クニヒロさんはスマホで色んな病院に電話をかけたようでしたが、流石にカラスを診てくれる動物病院を見つけるのは難しかったようです。ですが、幸いにもおれの羽根や内臓は致命的なダメージはギリギリ避けてたようで、クニヒロさんの世話と時間経過の回復で、おれはすっかり元気になりましたー」
「よがったぁ〜、ウンちゃん、たすかって〜」
ローザは泣きながらウンブラの無事を喜んでいる。僕も嬉しいと感じてるから、その気持ちは分かるつもりだよ。
「おれがすっかり元気になると、クニヒロさんは和室の一室をおれにくれました。住みやすいように止まり木やエサ箱、トイレの砂場など必要な物を設置してくれ、そして、いつでも外に出ていけるよう、猫が入って来れない位置の窓を開放してくれました。
「そこまで……してくれたんだな……クニヒロさんは」
縁側には和室があった。あまり言及しなかったが、確かに鳥が飼われてた痕跡があったんだ。
「ウンブラを縛りたくなかったんだね、話を聞けば聞くほどシーちゃんっぽいよね、クニヒロは」
「そ、そうかな……」
むしろ僕は独占欲が強いと思うんだが……それでも、クニヒロさんと似ていると言ってくれたのは、やはり嬉しかった。
「……花屋の帰り、カラスの亡骸を見て駆け寄るシオンさんの姿は、クニヒロさんとそっくりでした……おれの記憶が戻ったのも、きっとそれが起因なんだと思ってますー」
「シオンくん〜」
「やっぱり、シーちゃんは優しいね……」
「あ、ありがとう……」
面と向かってそう言ってもらえると、嬉しいのと恥ずかしいのと、そしてやはり負い目を感じてしまう。僕が優しい人間かは、疑念があるから……。
「おもちゃも、たくさん与えてくれてですね、お気に入りは輪っかのおもちゃで、クニヒロさんが投げたのをキャッチしたりして遊んでもらいました……」
「わぁ〜、うらやましい〜」
「楽しそうな……日々ダネ……」
イルミとローザは相づちを打ち、懐かしそうにウンブラは続ける。
「ですです、おれが甘えると、クニヒロさんはたくさん撫でてくれました。たくさん話しかけてもらったし、可愛がってくれました。いつも後ろ向きなクニヒロさんでしたが、おれと過ごすときは、確かに心の底から楽しそうに見えました」
「そっか……」
僕は、ただうなずく……。
「そして、その4年後、とうとうお別れの時が来ました……」
ウンブラは寂しそうに天井を見上げ、ポツリとつぶやいた。
「もうすでに寿命が尽きかかってた体は、少しずつ弱っていき、歩くのがやっとの状態までになっていました……」
「ウンちゃん……」
「ですが、苦しみや痛みはありませんでした……ただ、力が入らず、常に眠気があるような、ボーッとした感じで、辛くはなかったですー」
「……」
僕はウンブラの話にただ、聞き入っていた。
「そして、ある日……とうとう歩くことも出来なくなり、意識もだんだん薄らいでいきました。クニヒロさんは動かなくなったおれを……最期の時まで膝の上に乗せて撫でてくれました……暖かく……心が安らぎました……」
「ウンブラ……」
ラクシィは涙をこらえているようだった。
「今度こそ……悔いはありませんでした……クニヒロさんと過ごしたこの4年間は……本当に幸せでした……」
ウンブラは満足そうに話を終える……クニヒロさんと過ごした日々を思い出し、ただ遠くを見つめていた……。
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