101話 人間だった頃の最後の安らぎ
「ずっと……頭をよぎってた……もし……2012年になっても……ボクに何も起こらなかったとしたら……? 人間のままの生が……これからも続くとしたら……? 滑稽な話だ……次元上昇のために……いったん死を迎える心の準備は出来ていると……言っておきながら……ただの人間として……生きていく覚悟は……出来ていなかったなんてさ……」
青年は落胆したように続ける。
「不安が……的中してしまった……何も……起こらなかった……そして……同時期に……ボクにとって……キツいことが立て続けに起こって……完全に打ちのめされたよ……」
「クニヒロさん……」
ウンブラは、悲しそうに哀れみの声を出す。
「全ては……幻想だった……人智を超えた事柄や存在なんて……そんなもの……初めからどこにもありはしなかったんだと悟った……そして……崇高な目的なんて無かった……ただ……人間であることの苦しみから逃げたかっただけなんだ……その自分の本心に……完全に気付いてしまった……」
「……」
僕は、彼を見つめながら言葉を待つ。
「……もう……頑張ることは……出来なかった……次元上昇から完全に心が離れ……無気力のまま2年過ごした……」
彼の表情に微笑みが戻る。
「あれは……寒い日だったな……ボクは仕事が終わり、家に帰り着くと……庭にカラスがうずくまってるのを見つけた……ボクはとっさに駆け寄った……相当弱ってたけど……生きていてくれた……そのあとは……」
ウンブラは嬉しそうに彼を見つめ、青年は恥ずかしそうにしている。
「実は……何をしたのか……よく覚えてないんだ……半分パニックになりながら、ヒヨコ電球という道具を持ってきたり、手当たり次第に食べ物持ってきたり……したような気がするけど……」
青年は頭をかきながら目を泳がせている。はたから見たら僕もこう見えてるのかな? 何というか、ちょっと滑稽というか……。
「クニヒロさんは、とても親切におれを世話してくれましたよ」
「……ありがとう……ウンブラ……そう言ってくれると……救われる気がするよ……」
彼はうなだれながらも、表情はとても安らかで嬉しそうだった。
「奇跡的に元気になってくれたカラスに……ボクはウンブラって名付けた……ちょっと中二くさいと思ったけど……まあ、いいかなって……」
「えーっ! な、なんで僕と同じ名前付けたわけ!?」
僕は思わず彼に食ってかかる。だが、彼がウンブラって言ってた理由が分かった。そもそも同じ名前を付けてたなんて。
「はは……ボクが先だよ……シオン……まあ、あれだよ……感性が根本的に同じだからじゃあないかな……」
初めて彼は面と向かって笑った……そんな顔も出来るんだ……。
「た、確かにそうかも……さっきから思ってたのは、僕と挙動と喋り方もそっくりだし……」
僕は頭をかきながら同意する。
「ウンブラは……ボクにとても懐いてくれた……ボクが仕事から帰ると……嬉しそうにカアカア鳴きながら飛びついてきてさ……それがボクも嬉しかった……お母さんが死んで……独りになってしまったボクに……喜びと安らぎを与えてくれた……」
彼はウンブラの前でしゃがみ込み、頭を撫でながら懐かしそうにつぶやく……。
「ウンブラと過ごした4年間……楽しかった……ボクと出会ってくれて……本当に……ありがとう……ウンブラ……」
「クニヒロさぁーん……」
「そして……シオン……ボクを……赦してくれて……本当に……ありがとう……」
波の音と、海鳥たちの鳴き声が静かに響きわたる……晴れ渡った空は、僕たちを明るく照らしてくれ、心のモヤは、遙か遠い時空の彼方へと消え去ってくれたようだった……。
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