しるし
ばちっ、と囲炉裏で火がはぜた。
みると、さいごの薪がつきようとしている。こどもがあわてて小屋の隅から新しい薪をとり、思い出したように鍋をとりあげて、外からとった雪を桶からうつし、自在鉤にかけた。
「―― 餅、食うかい?」
「ああ、もらおう」
侍が囲炉裏の傍にきたので、毛皮をしいたむしろをすすめた。
「どうやら、おれがアヤカシではないと、わかったようだな。―― それで、名をなんという?」
「・・・ヒコイチ」
こどもは小声でこたえる。
「ヒコ?ほお、―― そうか。おまえの言ったことを疑ってすまなかった。おれはいままで山で妖にあったことがなくてな。鏡があそこまでのモノになるとは、やはり山はおそろしいな」
侍は脇にさした大小をとり、すすめられた毛皮の上に腰をおとした。
「・・・おれのじいちゃんは、山の妖のことなんでも知ってるから、いろんな決まり事を守れって言う」
「そうか。もしやこの囲炉裏の火もそうか?」
足された薪が、あかあかと燃えている。
「うん。小屋の中でも火をたけば、あんたみたいな『迷ったモン』が来られるし、なにかのシルシになるって。 あと、一人で山に泊まるときは眠るんじゃねえって」
「『 印 』か。たしかにふつうならその煙をたよってこられるだろうが、おれがみたときはこの小屋に煙はなかったのだがな・・・。まあ、いい。この山には狼もいるというしな。小屋はありがたい。―― おまえの家は代々猟師か?」
こどもは首をかしげる。
「おれ、じいちゃんに拾われたから、わかんねえ。でも、じいちゃんはずっと一人だって、里の人が言ってた」
「・・・・そうか。―― あまり、語らない御仁のようだな」
たしかにじいさんは無口だ。よけいなことは口にしない。
だが、じいさんを知りもしない侍が、すこしわらうようにいうので、腹が立った。
「あんたみてえに、刀さしていばってる侍なんてもういねえよ。・・・じいちゃんは食うもんを罠でとって、おれにも食わせてくれる」
こどもににらまれた侍は、つるされた鍋に子どものふところからだされた餅がなげこまれるのをながめ、うむそうか、とうなずく。