『 おもしろいこと 』
じいさんは、陽がのぼりきらないうちに小屋に帰ってきた。
めずらしく泣きそうな顔で、きのうのことをはなすこどもを、年寄りはいつものように囲炉裏の向かい側で見守った。
「―― そんで、お侍のなまえをききそこねた。あの人も、妖の仲間だったかな」
「さあなア。山で命をおとした間の抜けた侍かもしれねえな」
立ち上がり、じいさんは小屋のすみにゆくと、鏡の埋められた場所を木で彫り返し始めた。
「ちがうよ、じいちゃん。間がぬけてるようじゃなかったし、ほんとすごかったんだ。 刀をぬくとこなんか早くてみえなかった。みたこともねえ、朱色の鞘の立派な刀で・・、―― じいちゃん?どうした?」
掘り返した場所から鏡をひろいあげたとしよりが、わなわなと肩をふるわせている。
ヒコイチは病気でこうなる人をみたことがあったので、じいちゃんだいじょぶか、とかけよった。
「 ・・・なあ、ヒコよ。山の神様は、ときよりおもしろいことをしなさる 」
額をたたき、笑っているじいさんに、片腕で抱きしめられていた。
じいさんがこんな楽しそうに笑うのも珍しいし、こんなふうに抱きしめるなんて、もっと小さいころにしてもらったきりだ。
「そうか、・・・おれは、『楽しみ』があったから、こうしていきながらえてんだろなア」
ぽんぽんと頭をなでられ、すぐそこでみおろす年寄が、「餅はうまかったか?」といきなり聞いた。
あ、と思い出して懐をなでると、硬い感触がない。
鍋はつかったあとがないのに。
「 ―― 山神さまが、めしあがったんだろ。だが、―― ゆがいただけの餅は、うまくねえなあ」
めずらしくまた声をだしてわらうじいさんをみながらヒコイチは、この小屋に塩を置いておこうとこころに決めた。




