餅の味
「・・・結句その時がくるか・・・。そうだな。山の暮らしも、いいかもしれん」
「あんた、刀がつかえるんだから、そっちでなにか役立てろよ。山じゃ刀なんて・・・まあ、助けてもらったけど、めったに役にたたねえよ」
ヒコイチのこのすすめに、すこしわらうようにうなずいた侍は、そうさな、とそばにおいた刀をなでた。
「人を助けるだけにつかえるならば、いいのだがな・・・」
さきほど、まようことなくおのれと同じ顔の首をとばした侍は、じっとこちらを見るこどもに気づき、餅はもう食えるか?ときいた。
ヒコイチはあわてたように、小屋のすみにおかれた椀をとりにゆき、けずっておいた箸を二膳持って、鍋をのぞきこんだ。
「塩、わすれた」
「餅の味はするだろ」
それだけ言い交し、黙って湯につかる餅を食べおえると、「おまえは寝ていいぞ」と侍が言う。
「あんたが寝ていいよ。おれは、じいちゃんと約束したから」
「では、おまえが先にねて、あとでおれがねよう」
それでどうだ?ときかれたときには、なんだかヒコイチは眠くてしかたがなかった。
ここまでに起こった事と、男がいてくれることで、ふだんなら山で眠くなどなりはしないのに、まぶたも、あたまも、重い。
ぐらぐらと頭がゆれたと思ったら、「おい、ヒコ」とゆさぶられていた。
「おれは帰る。世話になった。この先、―― まあ、いい。おれは楽しみができた」
侍がなにやらそんなことをつぶやき、戸があけられる音がして、冷たい風が、ひゅう、とふきこんできて、とたんに目が覚め、起き上がった。




