待てるか
『 西堀の 』ともだちのヒコイチがこどものときのはなしです。 短いはなしとなります
ひゅう ひゅう と風が板の間からぬける音がする。
その音がいやで、赤ん坊のころは耳をふさいでじいさんの脇にもぐりこもうとして、よく怒られた。
だが、いまはそれほどではなくなったから、じいさんの向かい側に座って、こうして囲炉裏の火が絶えないように見張っていられる。
おまえがいやだっていうあの音ももうすぐ消えるだろうと、じいさんが音をだす壁をみやる。
たぶん、ネズミがあけた穴を誰かがふさごうとして、あとから木をあてたのだが、それがしっかり合っていなくて、音がするのだ。
「雪がひどくなってる。おれのよみまちがいだな」
めずらしく困ったような声音でつぶやくと、「ひと晩、待てるか」ときいた。
囲炉裏のむかいのこどもは、あごをひくようにして年寄を見返す。
「待てるけどよ。じいちゃんはどこまで行く?」
「沢近くの印をみねえと。こんなに雪が降ると思ってなかったからな」
じいさんが猪をとる罠の近くにはみな『しるし』がある。
罠は深く掘った穴で、底には鋭くけずった竹とケヤキの杭をあわせた《カゴ》とよんでいるじいさんしか作れない仕掛けがあり、猪でさえ、いまだにそれをぬけだしたのはいないのだから、まちがって人が罠に落ちてしまえば、どうなるかわからない。
ふつうは罠近くの木々の枝に縒った藁を『印』にゆわいておくのだが、沢のあたりは笹薮なので、しかたなくその低い笹につけてある。
この雪では、それも白く覆われてしまうだろう。