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無能

「ディーヴァちゃん!!」

 リーヴルが今日もやってくる。結界が消えた。

 以前はリーヴルの魔力無効化能力に結界は対応しなかったが、その部分をディーヴァは微調整した。生命の神からそうすることを提案されたのだ。

 思惑は色々ありそうだが、この微調整には魔力を使うので、細々と貯まる力を発散するのにいいだろう、とディーヴァは了承した。ディーヴァが封印の内で魔力を貯めすぎないということはディーヴァの封印が解けることを遠ざけることができるからだ。リーヴルがいる場合、ディーヴァは力の暴走を心配する必要はない。それに、結界は不可視になるだけで存在自体はする。リーヴルの能力で無効化されても魔力がなくなったわけではないのと同じ原理だ。

 そんなこんなで生命の神とのやりとりがあり、触れ合えるようになったことをリーヴルは喜んでいた。曰く、壁越しは少し寂しかったらしい。

 聞けば、リーヴルは始まりの十人の中でも周囲との関わりが薄かったらしい。それはリーヴルが読書好きなことが理由のようで、当初は「いつも本ばかり読んでいる子」ということで遠巻きにされていたそうだ。

 今のリーヴルからは想像もできないが、喋る暇があるくらいなら本を読んでいたかったという。お喋りは好きだったらしいが、始まりの十人の中で最年少のリーヴルは子ども扱いされ、話題も他とずれていたため、輪に入りづらかったようだ。ディーヴァは詳しいというほどではないが、始まりの十人と呼ばれる生命の神の使徒については知っており、わりと偏見にまみれた者から穏やかでおおらかな者まで様々いることを知っていた。残念ながら、穏やかでおおらかな者は口数が少なく、誰か一人に肩入れすることはない。

 使徒になってからは当然、人々から崇められる側の存在となってしまったため、対等に話せる人間などいない。他の使徒は他の都市の管理に忙しいため、わざわざ雑談をするためだけに会うわけにもいかなかった。

「だから、ディーヴァちゃんと話せたのがすごく嬉しかったんだ。ディーヴァちゃんはボクの話を聞いてくれたから」

「お前の崇める神の対抗神だぞ?」

「そんなの関係ないよ。それに対っていうのは必要だから存在するものだよ。ディーヴァちゃんがいなきゃ生命の神様も存在を保てなくなる」

 本を読んできちんと知識をつけているらしく、リーヴルは物事の核心をきちんと理解していた。他の使徒が会いに来ることがなかった中、死をも恐れずディーヴァに会いに来たリーヴル。対抗神をただ嫌悪するだけで終わらず、理解しようとする彼だからこそ、マルクトを治めるのに適任なのだ。

 リーヴルには話していないが、マルクトはこのセカイの中で最も他の世界と繋がりやすい場所だ。故に他の世界から浮遊してきた情報がこのセカイでは処理できない混沌となって滞る。

 それらを理解できないものとして拒絶するのではなく、新しいものとして受容することが重要なのだ。リーヴルはそれができる。おそらく他の使徒よりも。

 でなければ、ディーヴァにこんなに親しげに話しかけてくることはないだろう。

「まあ、無理に仲良くしてほしいとかは思わないけど。ボクはディーヴァちゃんが無理しないでくれればそれが一番だから」

「無理しない?」

 リーヴルはディーヴァの頬に優しく触れた。その目にはどこか悲しげな慈しみの表情が浮かんでいる。

「こないだ、暴走したディーヴァちゃんを止めた後、ボクの記憶が途切れてる。その間に何かあったんだろうけど、全部元通りになってたから、きっとディーヴァちゃんが元通りにしてくれたんだと思うけど……無理しないでね」

「破壊の女神に何を言っている? 自らの破滅さえ力にするような存在だぞ」

「だからだよ」

 リーヴルはそっとディーヴァから距離を取った。ディーヴァはきょとんとする。

「破滅しようとしないで。ディーヴァちゃんがいなくなったら、ボクは寂しいよ」

 それは真っ直ぐな言葉だった。真っ直ぐでどこか眩しい。ディーヴァは目を細める。

 ディーヴァは死を司る神で、本来は忌み嫌われるものだ。忌み嫌われるべきものだ。だから、リーヴルの言葉はある意味で間違っている。

 だが、死が存在したり、物事に必ず終わりがあったりすることは世の理である。変えられない理は受け入れていくしかない。そういう意味ではリーヴルの在り方が一番正しいのだ。

 それに、自分がいなくなったら寂しい、なんて言ってくれる存在はなんだか愛おしかった。

 ディーヴァはぽんぽん、とリーヴルの頭を撫でる。リーヴルは少しはにかみながら、ディーヴァを見上げる。

「そういえば、先日の疫病とやらは良くなったのか?」

「うん、土壌汚染が原因で、作物に毒素が混じってたみたい。生命の神様が『ダート』っていう新しい力で解決できるようにしたよ。魔力は普通の人間よりも遥かに少ないけど、不思議な力が使える人間が生まれたって」

「そうか」

 あの力、ダートは純度の高い混沌だとディーヴァは生命の神に語った。あながち嘘でもないのだが、このセカイにおいて混沌とは魔力だ。生命の神よりも破壊の女神であるディーヴァの方が操りやすい。あれはディーヴァが操り、魔力を凝縮させることによって特性を反転させたものである。

 時間だけはやたらとあったディーヴァは結界内で魔力を浪費する方法を模索していた。人間はいずれ死ぬことを定められている。命というのは死という確約があってこそ存在するのだ。それは生命の神の対の神が死を糧とするディーヴァであることにも当てはまる。また、ディーヴァの眷属である魔物や魔族も命である。長命でこそあるが、命である以上、存在するには死が伴う。人間との違いはその死がディーヴァにどれだけの力を与えるか、だ。

 ディーヴァは眷属の死すらをも糧とする。そもそもディーヴァの眷属はディーヴァの魔力によって生み出されたものだ。その死はディーヴァに還元されて然るべきとすら言える。眷属たちが「生きた」ことにより、増幅された魔力がディーヴァに還されるのだ。それは人間一人の死とは比にならない糧となる。

 もしも、人間がディーヴァの眷属である魔物や魔族を虐殺したなら、あっという間にディーヴァの封印は解けるだろう。それはあってはならないことだ。ディーヴァは死を司る神。人間を絶滅させることなど容易い。けれどそれではセカイを維持できない。主神である生命の神が力を維持できなくなるからだ。

 ディーヴァは反則的な力を持つ代わり、セカイの命運を握る主神ではなく、その補佐役として存在する。それくらい、弁えていた。だからこそ、生命の神の足りない部分を補おうと封印の中でも色々試したのだ。その中でできたのが特性の反転である。

 魔力には属性がある。以前話した火、風、水、土、木の五種類が主だ。一説によると、この基礎属性五つの上位互換として、闇、嵐、氷、引力、光という属性が存在するらしい。

 話が逸れたが、ディーヴァがしたのは「属性」の反転ではなく「特性」の反転だ。単純な話をするならば、魔法を使うために存在する魔力を魔法を使えない力に変換したのだ。

 魔法を使えない、というと語弊があるので表現が正しいわけではないが、ダートを込めた人間が魔力を多く保有できないというのはディーヴァも予測していた。おそらく魔法が使えないレベルで魔力を保有できない人間となっただろう。

 より正確に表現するなら、ダートは「魔法ではない力を使う」ために存在する。このセカイに定められた魔法を使う上でのルールを無視して、魔法のような力を使う。それがダートの概要である。

 このセカイでの魔法の法則は魔法理論として伝わっている。魔法理論といっても、生命の神が定めたのはただ一つだけで、他は人間が付け足していったものだ。

 その生命の神が定めた一つというのが「魔法を使用するには必ず詠唱でもってセカイに語りかけなければならない」というものだ。どんなに簡単な魔法でも、詠唱しなければ発動しない。そういうルールである。

 神が定めた仕組みなので、それを破ることはできない。ただ、これには抜け道があり、「どんなに短くても、何かしら詠唱すれば魔法を使える」ということになる。だが、それを成すのは困難だ。魔力の出力調整を行わなければないから。

 魔法とは、魔力を触媒にし、セカイに語りかけ、それに自然が応じることによって発動する。そのため、属性も自然に連なるものが基礎とされるのだ。どんなに詠唱をしても、セカイに届かなかったり、セカイが応じなかったりすれば、それは意味を成さない。魔法は発動しない。故に詠唱が必要なのである。

 魔法はセカイに有り余る魔力を発散させる方法として生命の神が編み出したものだ。しかし、魔力は元々は混沌の力。破壊に偏るため、元来はディーヴァの領分のものである。生命の神によって生み出された人間が使うには不便なものだ。本来なら、魔力を扱うことすら人間はままならない。そんな人間が魔力を扱えるように「詠唱」という法則を与えたのだ。

 せっかく生命の神が人間のために作ったその法則を無視する力。それがダートである。言ってしまったら生命の神は傷つくだろう、とディーヴァは黙っていることにした。

 混沌は生命の神が吸収するのに悪戦苦闘したように扱いにくい力だ。その扱いにくさを反転させ、扱いやすくしたのがダート、ということになる。

 これは逆に、ディーヴァにとっては扱いにくい力となったことを示す。ディーヴァは魔力を扱うことに長けていたが、混沌を反転させ、ダートにしたものを眷属に込めようとしたところ、眷属になるはずだった形のものは壊れた。ぱあん、と音を立てて粉々に吹き飛んだときは驚いたものだ。それが反発から起こる反応であることをすぐに悟った。

 本来なら自分の眷属で試してから生命の神に渡すつもりだったが、特性を反転させてから、ディーヴァはダートを操れなくなった。それはダートがディーヴァの領分である力ではなくなったからだ。

 ディーヴァに扱えないものは生命の神が扱える。対の神とはそういうことだ。上手くいったようで何よりだが、ダートも元を辿れば魔力。生命の神に寄った力に変容したが、元々魔力を多く保有できない人間が魔力と併せ持つには難しいものだったようだ。

「新しい力、わくわくしちゃうね」

 そんなこととはつゆも知らないリーヴルは目を輝かせている。好奇心旺盛な子どもは未知という言葉にすぐ食いつくようだ。そういう姿が愛らしいのだが。

「上手くセカイに馴染んでいけばいいな」

「んー、どうだろ」

 そこで何故、リーヴルが疑問符を浮かべるのかディーヴァはわからず、リーヴルを見た。

 リーヴルはディーヴァを見上げて真顔で告げる。

「新しい力を手に入れた人間は新しい都市を作ろうとしているみたいだよ」

 ダートはセカイの混沌を収める力。神が間違えたときに、人間が自らの力で立ち直るための力のはずだった。

 それは神の思惑に反して、再びセカイを危機に陥れる力になるのだ。──ディーヴァの復活が再び秒読みされ始める。

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