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創作

 ノワールが目を細める。

「こいつが、ねえ……」

 リーヴルの姿を借りた生命の神。普通ならその威厳に人間はひれ伏すであろう。だが、どこからどう見ても人間のノワールはこのセカイの人間ではない。神の威厳に左右されることはなかった。それはディーヴァに対しても同じではあるが。

 ディーヴァも冷めた心地で自分を姉と呼ぶものを見た。

「私はお前の姉ではない」

「僕にとっては姉さんは姉さんしかいないよ」

 さっぱり言葉が通じない。それは初めて生命の神を見たノワールでも簡単にわかった。

 ノワールのいた世界では過ぎたる兄弟愛が嗜まれることもままあったが、それが成り立つのは双方の合意があってこそである。これは合意どころか、ディーヴァは兄弟とすら認識していない。端から見たら可哀想なくらいに生命の神の一人相撲だ。

 ディーヴァもリーヴルも顔はいいので並べたらかなり見映えがするが、見映えがしたところでどうにもならない。とりあえずこのシスコン神をどうにかしなければならないだろうか、とノワールはディーヴァの様子を伺う。

 ディーヴァの表情は一言で言うと「無」だった。感情を断ち切っているのだろう。ノワールから見るとあたかも生命の神の本体のように扱われている金髪の少年はディーヴァの封印を守ってくれていた使徒だ。言葉で言い表すには少しむず痒いような絆があるのを話を聞いて感じていた。

 たぶん、ディーヴァはリーヴルのことが好きなのだ。有り体に言ってしまえば。ただ、好きにも数多の種類があって、その数多の種類が絶妙な配合をされて、筆舌しがたくしているのだろう。だからこそ、生命の神にリーヴルの体が乗っ取られている状態は激しい嫌悪感と共にいちいち微妙な苦味を飲み下さなければならないのだ。

 ただ憎いというだけなら、こちとら死を司る女神様だ。生命の神を殺すことなど赤子の手を捻るように容易いことだろう。だが、生命の神が死んでも復活しない可能性は低い。何故ならディーヴァの司る「死」は「生命」があることを前提に概念として存在するからだ。自身の死すら糧として蘇るディーヴァと同じようなことができたとして、何の不思議もない。

 だからセカイ征服をして、セカイそのものを殺し、存在する必要をなくす、なんて途方もない手段を取るのだ。

「僕は嬉しいんだよ、姉さん」

 生命の神はうっそりと笑う。ほんのり朱に染まった頬に手を当て、夢見心地のように目を閉じる様は顔が美麗なことはもちろん、指先まで洗練された美しさを持つからこそ際立った。

 ノワールはうへえ、と呆れ顔をする。元々このセカイの者でないから、神に魅了されない上に、ディーヴァからリーヴルの話は聞き知っている。幼い顔立ちは可愛いな、くらいに思うが、作られた「弟キャラ」は悪寒を覚えた。

「姉さんはセカイを終わらせようとしているんだよね。僕がそうしようとした何千年か前は姉さんは僕を止めたけど、姉さんもやっと僕と同じ気持ちになってくれたんだ」

 澄んだ空の色なのに、淀んだ湖のような光を宿した生命の神の瞳にノワールは顔をしかめる。

 妄想を見つめて、生命の神が続ける。

「セカイに僕と姉さん以外、いらないんだよ」

「いいや」

 ようやくディーヴァが口を開く。冷えきった白すぎる肌、紫を宿した瞳はそれそのものが凍りついているようだ。

「このセカイはそもそも必要ない。お前は失せろ」

 生命の神はリーヴルの顔で無垢そうに首をこてんと傾げてみせた。見てくれだけは愛らしいので、気を抜くと騙されそうだな、とノワールはぼんやり思った。

「セカイの消失をしようとしてるの? だからそんなのが姉さんの側にいるんだ、ふーん」

 そんなの扱いを見た目年下にされ、ノワールは思わず突っ込みそうになったが堪えた。ここでまともに言い争おうなんてしたら、絶対に疲れるだけだ。生前からノワールは怠惰な部類の人間だった。面倒事や厄介事は避けたい。それはまあ、誰でもそうなのだろうが。

「そんなのいなくても、セカイを滅ぼすなんて姉さんには朝飯前でしょ?」

「そうだが?」

 そうだが????? あっさりと肯定するディーヴァにノワールは思わずずっこけそうになる。自分の存在意義とは、とつい思ってしまった。

 ただ、リーヴルは決して悪いやつではないのだろうが、生命の神に好感は持てなかった。神らしく不遜、というより、差別からくる蔑視だ。そういう目がノワールは生前からずっと嫌いだった。

「用がないなら来るなよ、暇人か?」

「姉さんの顔を見にきたんだよ」

 語尾に音符が見えそうなほどに弾んだ声が返ってくる。ノワールはしっしっと手を払った。

「こっちは暇じゃないんだ。俺は言われなくてもそのうち死ぬから、あんたはあんたで身の振り方、考えた方いいんじゃねーの?」

「あはは、目上に全く気遣いのない言い様だね。そういうの好きだよ」

「ご冗談を」

 ノワールは苦虫を千匹くらい噛み潰して笑顔を作った。

「ま、姉さんが元気そうだし、いっか」

 そう呟いて、生命の神は身を翻すと消えた。

 ノワールが腹の底から全ての空気を吐き出すように深い溜め息を吐いた。

「うん、あれは俺も嫌いだな」

「……ははは!」

 げんなりするノワールを目にして、ディーヴァは朗らかに笑った。ノワールからすると見た目は年上の女性に見えるし、立ち居振る舞いは文句のつけようがないくらい大人なディーヴァが、無邪気に笑いこけて、ノワールはきょとんとする。

 血の気のない白い肌だが、愉快そうにしている姿は人間のような温みを感じた。

「このセカイでああまで生命の神に露骨な態度を取るやつは初めて見たよ」

「そりゃそーだ。俺はこのセカイの人間じゃないからな。それに神に対抗できるのは神だけだろ。自分のことを客観的に観賞すんのは難しいよ」

 ノワールは詠唱し、魔法で別な場所を見る。

「なあ、ディーヴァさんよ」

「なんだ?」

 ややあって、ノワールは問いを口にした。

「ちゃんと、失敗したときの対処は考えてあんのか?」

「……」

 ディーヴァは黙る。が、その沈黙にノワールは不安を覚えない。ディーヴァが黙るのは奥の手を共犯者の自分にすら知られたくないからだ。生命の神が聡ければ、本気で止めにかかるようなセカイを消す最終手段がディーヴァにはあるということ。それは一か八かの賭けで、より堅実で確実なものにするためにノワールを召喚した。それだけなのだ。

 ノワールは映像で現状を確認し終えると、ディーヴァに振り向く。

「セカイ征服も最終局面だ。俺が死んだ後のことは俺にはどうにもできん。だが、俺を殺してまで叶えようとしたこと、しくじんないでくれよ」

「ああ」

 じゃ、そろそろ行くわ、とノワールは座標移動で消える。それがディーヴァとノワールの秘密の関係としての最後の会話だった。

 数日後。

「ははは! 愚かな勇者よ。貴様がしてきたことは全て破壊の女神様の復活の糧となったのだ!! 己の役目に疑問を持たなかった愚をせいぜい後悔するがいい。さあ、女神様、私が最後の糧となります……」

 勇者たちの絶望を尻目に、ノワールは役目を成し遂げるのだった。

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