回航
リーヴルはあらゆることができるようになった。そのためには多大な努力を必要としたが、全てディーヴァのためだと思えば苦でもなかった。
まず、できるようになったのはテレパシー。これは単にテレパシーを送受信するだけでなく、テレパシーを傍受する能力だ。自分に向けられたもの以外も聞こえるようになった。
それが何のためになるかというと、まず、テレパシーというのはリーヴルの能力によって阻害されるものであるということが前提である。つまり、リーヴルがテレパシーの送受信をできるようになったことによって、使徒間での連携が取りやすくなるのだ。だが、リーヴルの狙いはそこではない。
リーヴルのテレパシーはリーヴルが一方的に声を届け、声を聞き取れるというところに利点がある。都合の悪いことはテレパシーで流れないように元々の能力で魔力を阻害してしまえばいい。聞き取るだけなら、魔力の座標移動の理論を理解していない者には気取られることはない。
唯一の懸念はテレパシーの能力に秀でたイェソドのシエルだったが、彼女にもちゃんと聞くことをリーヴルは試した。リーヴルと遠隔でも話ができることを目の見えない彼女はたいそう喜んでいた。
これで、大抵の都合のいい状況作りは可能になった。見られなければ、リーヴルは隠密に情報収集、および操作を行うことができる。
更にリーヴルは自身の能力を応用して、魔力的な気配を消すことができないか試行錯誤した。結果、まあ思った通りではなかったが、近いことができるようになった。
何度も繰り返す注意点だが、リーヴルの能力は魔力の無効化であり、魔力そのものを消滅させるものではない。故に、魔法や魔力効果のあるテレパシーなどは打ち消せるが、魔力の位置を移動させるだけの座標移動はできるのだ。
その能力を追究した結果、魔力の気配を消すのは不可能だった。このセカイにおける肉体というものは多かれ少なかれ魔力によって保たれている。魔力が肉体を保つ根幹といっても過言ではない。生命の神は少ない魔力でそれができるため、人間という種は持てる魔力が少ないらしい。逆にディーヴァは魔力への造詣が深いために、魔力に依存した作り方しかできない。
だからこそ、ディーヴァは魔力の座標移動で肉体も転移させるという離れ業を使えるわけだ。そこに思い至ったとき、リーヴルはあることを思いついた。
リーヴルの魔力を座標移動で分散させることによって、魔力の気配を曖昧にするというものだ。それは単純な座標移動より難しいものだが、どうにか体得した。それを聞いたリーは無茶をしますね、と苦笑を浮かべていた。
魔力の気配を消すことはできなかったが、薄めることができた。その上、思わぬ副産物も得る。
これは良し悪しだが、リーヴルの魔力無効化能力も分散させることで薄まり、魔法が使えなくなるという事象が起きにくくなり、リーヴルがそこにいると認識できなくすることができた。特に使徒間では魔法が使えない=リーヴルが近くにいるという認識が強いので有用だろう。
また、分散先の視覚を共有することができた。それ以外の感覚を共有しようとすると、一ヶ所に魔力が集まろうとするので、視覚の共有をメインに使うことにする。聴覚に関してはテレパシーである程度代用できる。味覚、嗅覚、触覚を得たいというのは相当なケースなので、必要となったら潔く転移することにした。
ちなみに、聴覚のみに振ろうとするとテレパシーの形を取ってしまうらしく、魔力が集合するので断念したという経緯もある。
これを応用して、魔力のみを移動させることにも成功した。普段より範囲は狭くなるが、遠隔に魔力無効化領域を展開できるようだ。
そもそも普段の範囲がマルクトを覆って余りあるほどなので、それなりに広い。マルクトの大きさはセフィロート随一だ。さすがにフロンティエール大森林を覆うことはできないが。
だが一都市は確実に魔力を無効にできるのは大きい。能力を使われたら厄介な使徒がいるときなどに利用できそうだ。
デメリットももちろんある。能力を遠隔にするためには目的の場所に自分の魔力のほとんどを割かねばならない。そうすると、リーヴルの本体に残る魔力は体を保つ最小限のものとなり、リーヴルは魔法を使えず、丸腰になる。
まあ、わざわざリーヴルを殺そうとする者もいないだろうが、できることが増えたことは内緒にしておこうと思った。生命の神にはバレていそうだが、生命の神がリーヴルに干渉するのはおそらく、ディーヴァと接触するときのみだ。
「まあ、ずっとひとりぼっちで寂しいんだろうな、神様も」
生命の神には形がない。魔力や混沌を超越した大きな力の塊が生命の神と呼ばれている。このことを知っているのはリーヴルとリーのみで、他の使徒は神には姿があり、体があると思っている。あるのは大いなる意思だけだ。
生命の神にとって、自分の全てを最初から知っていて、理解してくれる存在がディーヴァだったのだろう。
きっと、何か一つでも違えば、リーヴルも生命の神のようになっていたかもしれない。リーヴルはそれくらい孤独で、自分ですら正体を掴めないような存在だった。誰にも必要とされなくて、能力だけを淡々と求められ、価値を認めてもらえない。
リーはずっと優しかったけれど、リーと知り合ったのは使徒になる直前だったし、リーの優しさよりも大きく、他の始まりの十人から貶されてきた。言わなかっただけで、リーヴルはひどく傷ついたし、今も他の使徒は苦手だ。
きっと、ディーヴァに出会っていなかったら、ディーヴァという存在を知らなかったら、今のリーヴルはない。そういう価値をディーヴァはリーヴルに与えてくれた。きっと生命の神も同じなのだろう。
あとはセカイの異変とダートの把握をして、セカイが順調に崩壊していくのを見守るのみだ。異変とダートの把握は習得した能力でどうにかなる。一番のネックは魔力保有が最小限となった本体をどこに置くかだが、場所は決まっている。
リーヴルは座標移動をした。
ケセドにあるケセドの使徒リーの隠れ家、安穏の家。リーが許可した者しか入れない空間だが、リーとは事前に交渉してある。
扉を叩いて中に入ると、リーヴルは何か違和感を覚えた。
安穏の家はリーが魔力で作り上げた家。故に魔力操作でリーの自由気ままに構造を変えられる。それは魔力の効果ではなく、座標移動のように魔力を動かしているだけなので、リーヴルの能力の影響を受けないものだ。
だから、本来は純然たるリーの魔力のみで満たされているはずなのだ。それなのに、今の安穏の家には何か違う力が広がっている。その力はリーヴルの能力をもってしても、無効化することが敵わないような、得体の知れないもののようでいて、リーヴルはよく知っている気がした。
本棚の前にいたリーが振り向く。けれど、それはリーの慈愛に溢れた笑みではなく、空っぽの笑みを浮かべていた。
「きみとこうして話すのは初めてだね、リーヴル。まあ、今まできみの体を借りていたのだから、当然といえば当然なのだろうけど」
これはリーじゃない。
「生命の、神様……」




