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「リー!! リーヴルを知らないか!?」

「おや、ロワ。そう怒っていては場の魔力が乱れますよ」

 ケセドを司る使徒リーの安穏の家の扉をばん、と勢いよく開けたのはケテルの使徒であるロワ。ロワは使徒及び始まりの十人だが、リーはロワより少し年上で、大人びた落ち着いた雰囲気を持ち、使徒たちから慕われている。

 ロワの人気もなかなかだが、唯一ロワに従わなかった気難しいとされているリーヴルもリーを慕う一人だ。

 リーヴルは一人だけ他の使徒たちと年が離れていたため、反りが合わないことが多く、リーヴルの意見は多数決という数の暴力によって押し潰されてきた。いや、リーヴルが不和を起こさないために折れていたというのが正しい。

 そんな冷静で明晰なリーヴルの精神のフォローをしているのがリーである。リーは慈愛を司るだけあり、人の感情に寄り添うのが上手い。リーヴル以外にもリーに救われてきた使徒は多い。

 他の使徒とは折り合いのよろしくないリーヴルが来ているだろう、とロワが踏んでやってきたのが、リーの住居である安穏の家である。リーは使徒にしては珍しく、セフィロートの民と直接関わることがなかった。リーはケセドの使徒として、誇りを持って、「見守る愛」を施行しているのである。

 安穏を守ることで、混沌が満ちるのを避けているのだ。

「リーヴルがマルクトに行かないんだ。やつはマルクトの使徒だろうに」

「行きたくない理由があるのでしょう。もしかしたら、行ってはいけない理由かも」

「そんなこと言われて納得はできないな。そもそもやつは自らあの広いマルクトの地を担当すると言ったのだぞ? 怠慢ではないのか」

「おや、そう仰いますなら、私のことも怠慢と謗りますか?」

「リー……」

 ロワがふてくされたような顔をする。リーはにこやかだ。

「話が逸れている。その手は食わない」

「おや、ロワも頭が柔らかくなりましたね」

「はあ。何百年このやりとりをしていると思うんだ。

 それで、リーヴルの居場所を知らないか?」

「さあ。リーヴルはロワに会いたくないのだと思いますよ」

「何故言い切る」

 リーは人差し指を立て、優しい声音でロワに諭す。

「自分の好きなものを否定する人のことを人はあまり好きになれません。あなたを始め、リーヴルを子どもだからと軽んじる使徒は多い。リーヴルは一人なのに、よってたかって」

「聞こえが悪いぞ。あいつが少数派なだけだろう」

「少数派は切って捨てるのでしょう? それではリーヴルに何一つ利はありません。それに、具体的にお話ししますが、ディーヴァは生命の神の対抗神なだけで、悪神ではありませんよ」

「善なる我らが神の対抗神が悪神でなくして何なのだ」

 リーは柔らかく笑ったまま、黙った。空気が冷えていくのを肌で感じる。

 ロワはまずい、と一歩退いた。この空間はリーによって魔力をより対極の力へと変えたもので満たされている。この安穏の家自体がリーの魔法といってもいいだろう。つまり、この場の魔力を支配するのはリーである。

 ロワの発言がリーの琴線に触れたのだ。

「そのような頭の固い考えだから、ディーヴァに愚者と言われるのです」

「何故、そのことを知っ」

「去りなさい。この空間の主が命じます」

 瞬間、ロワが消えた。ロワの魔力の痕跡すら残らない。それもそうだろう。ロワを魔力ごと座標移動させたのだから。

 そんなことをリーが何故できるのかと言われれば……

「リーヴル、出ていらっしゃい」

「リー姉、ありがとう」

 本棚の陰からリーヴルが出てきた。魔力の座標移動はリーヴルから教わったのだ。

 この空間はリーの魔法のようなもの、と語ったが、魔力で異空間を構築しているだけだ。魔法とは少し異なる力を行使することを使徒たちは許されている。リーのこの空間はその一環で、リーヴルの能力に影響されない。

「リー姉、やっぱりすごいや。一回仕組みを教えただけなのに」

「いえいえ、リーヴルが教え上手なのですよ。しかし、ディーヴァも面白いことをお考えになる方です。その叡知を尽くせば、セフィロートを楽園に変えることも、煉獄に変えることも容易いでしょうに……禁術とは、また回りくどいことをしますね」

「やっぱり、回りくどいの?」

 リーヴルが疑問に思っていたことだ。

 ディーヴァは「闇の女神」という呼称が人間の間で広まるようになった。生命を育む主神の魔法を「光魔法」と人間が呼び出したことをきっかけに、ロワがディーヴァを「闇の女神」と吹聴して回ったのがきっかけである。が、彼の女神は正しくは「破壊の女神」もしくは「死の女神」である。単純に死神と呼ばれないのは彼女によって生まれたものもたくさんあるからだ。

 ただ、破壊や死を司る膨大な魔力の女神など、瞬き一つの間にセフィロートの生きとし生ける全てのものを、破壊し、蹂躙し、殺戮することが可能なはずである。リーヴルが触れないと止められないほどにその魔力は強大で、その魔法は強力だ。

 禁術を使うまでもなく、ディーヴァはセカイを滅ぼせる。それはディーヴァ自身が一番よく知っているはずだ。

 リーが口を開く。

「ただセカイを壊すだけなら容易いでしょう。彼の女神なら、セカイを終わらせることもできる。けれど、セカイを消し去るのは話が別です」

「確か、召喚は禁術で、禁術に手を染めた者は世界から消し去られるんだよね」

「ええ。さすが、リーヴルは博識ですね。とはいえ、セカイの礎となる我々使徒は皆、これくらい知っていなければならないのですが。世界の理ですから」

 ディーヴァが理を侵そうとしているのはわかった。

 リーヴルがはっと気づく。

「ただセカイを壊しても、ディーヴァちゃんを終わらせてくれる人はいない……」

「そうです。ディーヴァは死を糧とする神。自らの死すら、膨大な魔力にして蘇ることのできる不死と称していいほどの神です。それに、神が存在する限り、セカイは存続しようとします。神は全て消え去らなければならない」

「ディーヴァちゃんは、もうセカイを作りたくないだろうからね。生命の神様が、ディーヴァちゃんにひどいことしたから」

 ディーヴァが生命の神を殺すのは容易い。だが、その後セカイを存続する立場を得て、セカイを持続させる気があるか、と問われると否であろう。

 ディーヴァによって魔力や魔法の概念は生まれたが、ディーヴァは生き物を作れない。だからこそ、セフィロートの主神はディーヴァではなく、生命の神なのだ。

「世界の死神と呼ばれる存在そのものをなかったことにする者に自身を消してもらう目的もあるでしょうが、このセカイはまだ独立していない未成熟なセカイ。故に、召喚が理に抵触するかも微妙なところなのです。けれど、完成していないから壊せるものもあります」

 リーヴルが聞いた限りでは、ディーヴァは自らの手でセカイを消し去ろうとしているような口振りだった。セフィロートが未完成のセカイであることに、その足掛かりがあるのだろう。

「理の成り立たないセカイは世界となる前に還されます。それを狙っているのでしょう」

「ええっと……禁術である召喚をばんばん犯して、セフィロートを『召喚ができるセカイ』っていう理に合わないセカイにすることで無に帰す……みたいな感じ?」

「そうです。神が理を守らないのなら、セカイは存続できません。神ごと『なかったこと』にされるのです」

 リーは哀しげに眉をひそめた。

 その表情を見て、リーヴルは疑問を口にする。

「リー姉は止めないの?」

 リーは哀しみを滲ませた笑みで応じた。

「私はセカイに干渉するのが好きではありません。だから私は力を望まなかった。そんな私に主神が授けたのが、生命を断ち切るナイフであること……きっと、慈悲のナイフを賜ったときに、私の役割は決まっていました。それは生命の神様を殺すこと」

「え」

「主神の狂愛はセカイを消滅へと導いています。いかにディーヴァが主神をいつでも殺せるからといって、殺されること、もしくは殺させることを彼の神も心苦しく思ったのではないでしょうか」

 それはあまりにも身勝手な理由だ。リーヴルは拳を握り固める。

「無闇に力を振るわない私にあんなものを託したのですから、それくらいのご覚悟をしていていただかなくては」

「あはは、リー姉は強いや」

「強い弱いではありませんよ、リーヴル」

 リーヴルの名を呼びながら、リーはリーヴルの近くに寄り、その頬を撫でる。

 そうして説いていく。

「セカイは廻り、流れ、巡るもの。私は流れに身を委ねることが一番好きだから、そうしているだけです。好きなことは、できてしまうものでしょう?」

「……リー姉。ボクは、ディーヴァちゃんを止めないよ。むしろ、手助けしたい。ボクはディーヴァちゃんが好きだから」

「ええ」

 その笑みは慈悲も慈愛も孕む美しいものだったら。優しい眼差しを受けて、リーヴルは決然と告げる。

「誰に後ろ指を指されようと、ボクは消滅へと向かうセカイを廻すよ。マルクトの使徒だから『できること』だ」

 少数の中で挫けない心をリーヴルは初めて貫くことにしたのだ。

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