実
そのとき、リーヴルとディーヴァの目がばちりと合った。
リーヴルの表情を見て、ディーヴァは悟る。これはリーヴルだ。あいつじゃない。
業腹が煮えるというものだ。使徒だから体を乗っ取れるのだろうが、最悪のタイミングで切り替わる。あの神はこれまでにも同じことをしてきた。何が楽しいのか、ディーヴァには理解できない。
或いは、リーヴルを絶望させて、ディーヴァと引き離そうとしているのか。いずれにせよ、わざとなのだからたちが悪い。
「リーヴル」
ディーヴァが名前を呼ぶと、リーヴルはびくん、と肩を跳ねさせた。ディーヴァはできる限り優しい声を出したつもりだったが、あんなことを言われた直後だ。怯えるのも無理はない。
もう、この子どもにそんな顔はさせたくなかった。故に、ディーヴァは全てを話すことにした。
「怒鳴って悪かった。お前の体を時折生命の神が借りて私と話しているんだ」
「……え?」
リーヴルは震える声で聞き返した。確かめるように。
「生命の神様が……ボクを媒介にして話してるってこと? なんで?」
まあ、そうなるだろう。
その「何故」の部分はディーヴァも理解できない。理解したくない、というのもある。
普通に考えたら、使徒として位の高いロワなどを介するものだと思うだろう。けれど、生命の神はそうしなかった。ロワはディーヴァに会いに来たりしないからだ。
或いは、使徒に失望されたくないからだろうか。だから、位階の低いリーヴルを選んだのだろうか。自分への信仰が薄いから。
まあ、それもあるだろうが、一番はリーヴルがディーヴァとよく会うからだろう。
「あの神は私に異様な執着を持っている。一時は私と二人きりになるために、人間を皆殺しにしようとしたほどだ。私はセカイを作ることを使命だと考えていたから、ダートという能力を生み出したり、生命の神を諌めたりしていた。
……けれど、お前を使って私にすり寄って、都合が悪くなるとお前に替わる奴に嫌気が射したんだ」
「そんな、ことが……」
ディーヴァが自分を遠巻きにしようとしていることは知っていた。それでもリーヴルはディーヴァがいないと寂しいから……話のできる友達なんていないから、湖の向こうに行こうとしたディーヴァを引き留めた。
まさか、自分の知らないところでディーヴァがそんな苦しい思いをしているなんて、想像もしていなかったのだ。
「お前に話してもどうにもならないな。お前のせいではないんだ。そのはずなんだ。あいつはたぶん、嫉妬のような感情を抱いているのだろう。あいつは私と違い、セカイに顕現するための自分の体がない。だからお前の意識を乗っ取って私と話そうとする。私と話せるお前が妬ましいんだ。それに、あいつには名前がない。
神というのは概念的な存在だ。本来、私のように実体を持つのが異端。私はこのセカイの混沌と魂を馴染ませることができたから、土塊から体を作り、人間のような造形をしている。奴は神だが、それができなかった。対抗する私という存在があって初めて、存在が明瞭になる。自分だけでは自分を形作れない。存在証明が私に依存しているのだ。
存在証明の依存と、感情的な依存を奴は勘違いして、私に執着している。本当は私という存在に嫉妬すべきなのに、私が嫉妬という負の感情を司る存在であるために、奴は私にだけは嫉妬できなかった。それは私を否定することだからな。
要するに、お前は我々の関係のとばっちりを受けていただけなんだ」
ディーヴァは噛み殺すような苦笑を吐いて、リーヴルからふい、と視線を逸らす。
語った言葉を省みて、自分も自分で勝手だと思った。別に、リーヴルに誤解されたままでもディーヴァはよかったはずなのだ。それなのに、懇切丁寧に説明してしまった。ディーヴァは少なからずリーヴルという存在を大切にしたく、離れがたいと思っているのだ。
そこに浸け入られたのだろう。情けない話である。
だから、次ぐ言葉に身を裂くような痛みが伴う。
「だから、リーヴル。もう私たちは、会うのはやめよう。大丈夫だ。ダートの使い手がある程度抗うだろう。ダートの力が尽きるか、禁を犯した私が身を滅ぼすのが早いかの我慢比べだ。お前は生命の神の使徒なのだから、人間を助けてやれ」
これは、リーヴルに出会わなければよかった、と思った感情の一部だ。出会わなければ、言葉を交わさなければ、心を交わさなければ、こんな思いをせずに済んだのに。いらぬ情を抱いて、未練なんてものを感じなかったはずなのに。
ディーヴァは湖まで迎えに来てくれたリーヴルを拒むことができなかった。言葉を交わせる相手がいないのはディーヴァも同じで、語らうことを楽しいと感じてしまった。リーヴルに心を許してしまった。
神々の勝手に、リーヴルを巻き込む結果となってしまった。それでも、リーヴルと会えなくなるのは嫌だと思ってしまう。それほどにリーヴルという存在が自分に根づいてしまったことが笑えるほどに滑稽だ。
「ディーヴァちゃん」
リーヴルが重たげに口を開いた。その口からどんな言葉が飛び出してくるのやら、と思いながら、ディーヴァはその声に耳を傾けた。
「ボクは、ディーヴァちゃんのことが好きだよ。使徒にも友達がいないひとりぼっちのボクの唯一の友達として、ディーヴァちゃんが好きなんだ」
リーヴルの「好き」は生命の神の「好き」より好ましかった。きっとディーヴァもそういう意味でリーヴルのことが好きだから。
切実さのこもったその声は、ディーヴァが孤高の神でなければ泣いていたほどに切なかった。
「でも、そうだね。ボクたちは一度距離を置いた方がいい。ボクはディーヴァちゃんを苦しめたいわけじゃないから。
でも、それはこれからディーヴァちゃんとボクが敵になるってことで、胸が痛い。きっと生命の神様がこれを望んでいたであろうことも、悔しい。それでもきっと、ディーヴァちゃんのことを好きな気持ちは心の中に大切に仕舞っておくから」
リーヴルは空色の瞳に涙を浮かべ、ディーヴァに笑った。
「だから、ディーヴァちゃんが勝って、セカイが終わるとき……そのときだけ、ディーヴァちゃんの隣に戻ってきていい?」
その嘆願に否やなど、あるはずがなかった。
そうして、巻き込まれた使徒と破壊の女神の関係が途切れることとなった。
そこからが地獄だなんて、このときの二人は知る由もなかった。




