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威圧

 ロワが声をかけると、リーヴルは二つ返事でついてきた。リーヴルは異端の力を持つダートの導き手としてセカイ各地を回っていた。ダートの活躍でセカイぎ保たれてきたところもあるので、リーヴルはそれなりに忙しかった。

 リーヴルは神公認でディーヴァに会いに行けるということでるんるんだ。スキップをしそうな勢い、とロワは思っていたが、実際にスキップを始めたのでなんとも言えない気持ちになる。

「リーヴル、何を喜んでいるんだ」

「え? だって久しぶりにディーヴァちゃんに会えるから。マルクト司ってるのに、マルクトにもろくに戻れてなかったからね」

 あの闇の女神を「ちゃん」付けで呼んでいる事実にロワは驚きを禁じ得なかった。

 ディーヴァは生命の神の対抗神。生命の神の使徒である自分たちからすれば仇敵のようなものである。それをまるで友達のように呼ぶとは。

 人間だった頃からずっと思っていたが、やはりリーヴルは異端だ。生命の神を尊敬していないわけではないだろうが、傾倒しすぎていないといえばいいのか。いや、むしろディーヴァに傾倒しているのではないか。

 それは使徒として危ういことなのではないか、とロワは顔をしかめる。ロワは始まりの十人の中でも生命の神を崇拝しているまとめ役だ。だからあまりリーヴルのこの姿勢を肯定的に捉えられなかった。

 とはいえ、リーヴルがいない状態でディーヴァに会い、暴走されたら困る。ロワも使徒としての力は持つがとてもディーヴァに対抗できるようなものではない。ディーヴァに最も効く能力はリーヴルの魔力の無効化をおいて他にない。

 ディーヴァは生命の神より遥かに多くの魔力を保有することができる。混沌を魔力に変えられたのはディーヴァがいたからだ。故にディーヴァの眷属たる魔物や魔族たちは魔力を保有しやすい形で生まれる。魔力というこのセカイの素となった力の運用が成されなければ、セカイには生き物すら生まれなかった。ディーヴァがいなければセカイが成り立たなかったのもまた事実なのである。

 だからといって、ディーヴァが何をしてもいいわけではないし、ディーヴァには生命を生み出す能力はない。魔物や魔族は魔力によって活性化させられた自然から生まれた異形のものたちである。生命というよりは魔力で動いている塊といった方が正しい。

 そんな魔力の扱いに長けたディーヴァにとって天敵の能力がリーヴルの魔力無効化というわけだ。

「いいか、リーヴル。今回はディーヴァがおかしなことをしていないかの確認だ。

 ここのところ、ダートに頼らなくてはいけない事態が頻発していることはお前も知っての通りだ。その原因がディーヴァにあるかもしれないということで調査に向かう。ディーヴァは友達ではないのだから、そのことをしっかり胸に刻んでおくように」

「わかりました」

 リーヴルも聞き分けがよくなった方だ。奔放で困っていた時期もあった。まあ、ディーヴァが暴走しかけたときはきちんと仕事をしているが。

「にしても、歩いていかなきゃなのは不便だなあ」

「仕方ないだろう。魔力が無効化されているから飛べないんだ」

 リーヴルの能力はこういう不便さを生む。当のリーヴルは飛べるのがなんとも言えないが。

 ロワのいたケテルからマルクトまでは距離がある。歩きではたとえ使徒でも数日はかかるだろう、とロワは覚悟していた。

 が。

「そうだ、ロワ、試したいことあるんだけどいい?」

 リーヴルが妙案を思いついたように言うので、ロワは怪訝な顔をする。

 リーヴルは説明した。

「ボクの魔力無効化はあくまで魔力の効果をなくすだけで、魔力そのものがなくなるわけじゃない。だから、魔力を移動させることで瞬間転移をするんだ」

「は?」

「土の民が使う土の友って技があるでしょ? あれって魔力の座標移動を地面を軸に行っているんだって。魔力を移動させるだけならボクの能力も干渉しないし。だから土の友って魔法って呼ばれないんだなあって」

「待て、待て、何を言っているんだ? 魔力の座標移動? 転移?」

「そう、やってみたいって話」

 突然高度な話を始めるリーヴルに戸惑うロワ。リーヴルは不思議そうに首を傾げてからにっこり笑った。

「あ、実際にやった方がわかりやすい? じゃあいっくよー」

「待」

 て、という頃には辺りの景色が変わっていた。普段ケテルから離れることのないロワからすればどこも知らない景色なわけだが、おそらくマルクトだろう。リーヴルの祝福の気配がするし、近くに異質で膨大な魔力を感じた。

「リーヴル、お前……」

「成功したでしょ? まあ、土はディーヴァちゃん側の属性だから、生命の神様の属性に近い空を座標の基準にしてるんだけどね」

 それは神業である。リーヴルはこの知識をディーヴァから聞いて、一度体感しただけで理解した。

 魔力無効化能力と言い、リーヴルはやはり異能だ。ロワはぞっとした。

「さてと、……ディーヴァちゃーーーーーん!!」

 すう、と息を吸うとリーヴルは耳が痛くなるほどの声量でここに封印された神を呼んだ。

「叫ばずとも聞こえる。まったく、騒々しいな、お前は」

「えへへ。久しぶり」

 渋い顔をして出てきたのは、ロワも呼吸を忘れてしまうほどの美女。艶やかな黒髪を足首まで伸ばし、真っ黒なドレスから人間というには白すぎる生気のない肌がどこか艶かしく晒されている。唇に引かれた濃紫のルージュが蠱惑的だ。

 封印越しでも圧倒されるほどのその存在感。膨大な魔力と威厳。初めて目にした忌むべき女神にロワは気圧されてしまった。

「そいつは?」

「ケテルの使徒のロワだよ。最近セカイを揺るがす事件が相次いでいるから、ディーヴァちゃんが何か知らないか聞きに来たんだ」

 やんわりとリーヴルがくるんだ言葉にディーヴァは至極あっさりと返す。

「いい機会だ、愚鈍な私の対抗神に伝えておけ。

 『貴様のセカイを私が壊してやる』とな」

 怨嗟の籠ったその声、結界越しとは思えない圧にロワは身を固くする。

 どんな魔物や魔族を見ても、恐ろしいと思ったことはない。生命の神も壮大な存在だが、敬愛はしても、恐ろしいと思ったことはない。

 同時に察する。これが闇の女神なのだ、と。人間も魔物も魔族も、この神が大人しくしているから生きているだけであって、この神が本気を出せば、いとも容易くセカイなんて滅んでしまうのだ。

 それだけに、ディーヴァの「セカイを壊す」という文言に疑問を覚えた。

「セカイを壊すって?」

「セカイが存在しなかったことにするのさ。そのために私は禁術を施行している。それでセカイに度重なる異変が起こっているのだろう」

「禁術……存在しなかったことに……どうして?」

「こんなセカイ、存在してはいけなかったんだよ。……お前はもう、これ以上何も知らなくていい、リーヴル」

「そっか」

「ちょっと待て、待ってください。禁術って、セカイを存在しなかったことに、とは……!?」

 ロワがようやく問いを口にすることに成功すると、ディーヴァはロワを睥睨した。ロワの足から力が抜け、かくりと地面に膝をつく。

 ロワを見下しながら、恐ろしく美麗な女神は告げた。

「お前もあの神と同じで愚鈍だな。まあ、やつにはお似合いの使徒だろう。二度も同じことを言わせる気か?」

 黒紫の目が妖しく光る。

「去ね」

 瞬き一つ分の隙もなく、気づけばロワはケテルに戻っていた。

「え」

「さすがディーヴァちゃん。禁術に手を染めているだけあって、座標移動はお手の物だね」

 そう呟くリーヴルが少し寂しそうなことしか、ロワにはわからなかった。

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