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変異

 ディーヴァの目論見など知らず、セカイは回っていた。けれど、ディーヴァが召喚に成功したことによって、セフィロートというセカイは揺らぎ始めていた。

 具体的に何が起こったかというと、人間でも魔物や魔族でもない正体不明の生き物がセカイに混沌を撒き散らした。撒かれた混沌によって、あらゆる生命は瞬く間に死を迎えることとなった。

 混沌とは魔力の源である。魔力の上位互換といってもいいだろう。混沌は死や破壊を司る闇の女神ディーヴァの領分だ。混沌に触れた生命の神の産物である人間が一瞬でその命が溶けるのは当然の理であった。

 ディーヴァが何かしたのかもしれないが、生命の神、及び生命の神の眷属である使徒たちはディーヴァを問い詰めるより先に人間たちを無作為に殺す混沌の生物の抹消をしなければならなかった。

 だが、その生物は使徒たちの力ではどうしようもなかった。使徒内でも最強の力と評されるリーヴルの魔力無効化も効かないのだ。何故なら、その生物は魔力で動いているわけではないから。

 魔法の効かない未知の存在。使徒でさえ、触れることすら叶わない。そんな未知の生物を片付けるにはどうしたらよいか。使徒たちは主である生命の神にこの危機に関して助力を求めた。ディーヴァの仕業であるなら、これはディーヴァの対抗神である生命の神にしか手の施しようがないからだ。

 被害状況は悲惨なもので、その生き物の通った跡は全ての生命が枯れ果てる。これは紛れもなく、セカイの危機だった。

 生命の神はダートを宿した人間を誕生させることにした。ダートはディーヴァより託されたセカイが危機に陥ったときの切り札である。魔力、魔法の概念を凌駕したこの力。それに賭けるしかない、と。

 ダートがディーヴァから与えられた力と聞き、反対の声を上げた者は少なくない。この危機をもたらしたのもディーヴァと考えられるのに、対処法として使うのがディーヴァのもたらした力なのか、と。異論が出るのはもっともなことであった。

 しかし、生命の神はダートを使い、セカイの異変を鎮めたことがあるという実績を示した。害獣が溢れて、作物が片っ端から食われ、食糧難に陥ったとき。あのとき、害獣のみに効く毒性植物を生み出す力を持った者が問題を解決した。その者がダートの使い手だったのだ。あれは魔法などではなく、ダートによって成された偉業である。

 実例を出して説明されれば、使徒たちも納得した。ディーヴァが何をしようとしているかはわかったものじゃないが、ダートが有用な力であるということが立証されているのなら、異議などあろうはずもない。

 また、生命の神はダートがディーヴァには扱えない力であることも説明した。もしディーヴァが眷属を使って悪巧みをしようにも、ディーヴァの眷属たる魔物や魔族たちはダートという力を持てないのだ。

 あとは生命の神がダートに適合する命を生み出すだけである。そうして生まれたのが、浄化の力を持つダートの使い手だった。

 浄化とだけ聞くと、木魔法や光魔法でどうにかできそうなものだが、今回の場合は魔法が効かない。つまりこのダートはそれらの魔法を超越した浄化の力なのだ。

 浄化のダートの持ち主は混沌への耐性も高く、混沌を撒き散らす生き物と対峙することができた。その生き物を完全に浄化するには時間はかかったものの、セカイの脅威を取り除くことに成功したのだ。

 そうしてセカイを救った浄化のダートの持ち主は英雄として讃えられた。英雄都市と呼ばれるゲブラーに語り継がれるセカイの第一の救世主となり、コクマにもその活躍が記された本が残された。生命の神の神殿のあるケテルには像も作られたほどだ。

 しかし、それを皮切りに、セカイには異変が多発し、そのたびに生命の神はダートをセカイに遣わすようになった。

 魔法で治せない病が流行るようになったときは薬草を生み出すダートと人間の生命力を高めるダートが遣わされた。必要に応じた人数、ダートが生み出されるようになっていった。

 未曾有の寒冷期に見舞われたときは灯火のダートが遣わされ、凍える人々を温めた。人々の心が闇に閉ざされたときは、花を咲かせるダートが遣わされた。同時に自然も生気を失くしていたため、色とりどりの花を咲かすことによって、まずは空気から明るくしていったのだという。

 食糧となる獣が病気で全滅の危機に陥ったときは、動物を操るダートが遣わされた。そのダートで動物を管理し、栄養管理を行った結果、動物たちは人間に害のない程度に活気を取り戻したという。

 他にも、謎の土壌汚染の解決のために土のダートが遣わされたり、突如暴走した魔族たちを止めるために剣のダートが遣わされたり、様々な異常事態がセフィロートを襲った。

 明らかに異常なほどにセカイの危機が訪れている。前々から疑いはしていたが、これは闇の女神ディーヴァの企みではないか、それならば早急にディーヴァに確認を取った方がいいのではないかという意見が使徒たちの間でまとまった。

 そこで使徒を代表して、ケテルの使徒、ロワが生命の神に直談判を行った。

「生命の神様。ご機嫌麗しゅう。早速ですが、我々使徒の総意により、神様に申し上げたいことがございます」

「はい、なんでしょうか」

 使徒たちにとって、生命の神は敬うに値する存在だった。眷属である自分たちにも丁寧な応対をしてくれる誠実な神であるからだ。

 好き勝手に動く闇の女神とは違う。生命の神の神殿を置くケテルを司るロワは他の使徒たちよりいっそう、生命の神のことを慕っていた。

「闇の女神ディーヴァについてです。昨今、ダートを遣わさなければならないほどのセカイの異常が頻発しております。その対処に神様も我々も追われておりましたが、そろそろ原因を突き止めねばならないと思うのです。

 セカイをこうも頻繁に危機に陥れるほどの力を持つのはディーヴァを置いて他にありません。ディーヴァの動向について調べることをお許しいただけませんか?」

 わざわざ伺いを立てるのは、対抗神といえど、このセカイを生命の神と共に形作るセカイになくてはならない存在だからだ。役目で縛りつけるのはよくない、と生命の神が語ったために、使徒たちはディーヴァについて探るのを後回しにしていた。

 また、生命の神はディーヴァのことをいたく慕っている。それもあって、ディーヴァを疑うような言動や行動を避けていたのだ。

 更にはディーヴァはマルクトの最果ての地にて封印されている。封印の中でどれだけのことができようか、と甘く見ていたのもあった。

 生命の神は少しの沈黙の後、仕方がないね、と苦笑を滲ませた声で告げた。

「わかったよ。マルクトに行ってごらん。リーヴルを連れてね。ただ、偵察に行くだけだ。手出しをしてはいけない。これだけセカイを危機に陥れるほどの力を女神が持っているとするならば、妨害しようとすれば殺されるかもしれない。命は粗末にしないように」

「はっ、仰せのままに」

 ロワは生命の神の思惑を知らずに、リーヴルをマルクトに遣わすのだった。

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