並行
戦争といっても、神々の戦争といった大がかりなものではない。いや、見ようによっては大がかりなのかもしれないが。
まあ、ディーヴァからしてみれば、生命の神へのセカイを巻き込んだ嫌がらせなので、とばっちりを食うであろう人間や魔族たちにはなんとも言えない申し訳なさを覚えるのだが。
ただ、ディーヴァの目的は生命の神が真面目にセカイを運用することであるから、長い目で見れば、人間のためになるのだ。
例えば、生態系を破壊する。ディーヴァは破壊の女神だ。直接生物を殺すことなどわけないが、生命の神の作ったもので生態系のバランスを崩させることが重要だ。
そもそもこのセカイに生きるものたちは皆、魔力を持っている。ディーヴァは魔力のみを操作することが可能だ。封印されていても、植物を栄えさせている土壌を少し改悪したりできる。つまりは小動物たちが日常的に食べているものを食べられない毒物に変化させることができるのだ。
森の植物が食べられないとなれば、動物は人里に出るしかない。人里で食べ物を食い荒らす害獣になるまで、時間はかからないだろう。
ディーヴァの手にかかれば、森の動物の大半はそのように誘導できる。人間は狩りをするが、小動物をたくさん捕らえる術はまだ持たない。となれば、駆逐する方法が必要となる。
そこでもたらされるのは叡知の力。ディーヴァがかつて生命の神に渡したダートである。どんな能力になるかはわからないが、生命の神が自らの役割であるセカイの安寧を保つことを意識して人間にダートを与えれば、必要な能力が自ずと生まれるであろう。
最初のうちはそんな感じの小さいことだが続くと効果が出る嫌がらせを仕掛けていく。その程度なら、ディーヴァも片手間でできるからだ。
ではそれを片手間にディーヴァが何をするのかというと、このセカイと繋がる世界から人間を召喚するのだ。
何故そんなことをするのか。それは単純明快。嫌がらせをするのに最も手早い方法であるからだ。
世界同士は並行して存在し、交わってはならないというルールがある。ただ、まだ元となった世界から切り離されていない「セカイ」であるセフィロートにはその世界のルールは適用されない。
つまり、違反すれすれではあるが、繋がっている世界の人間をセフィロートに召喚することができる。ただし、それは神といえど片手間ではできない。湖の向こう側を知る必要があるからだ。
湖の向こうにはセフィロートと繋がる世界がある。その世界の人間をセフィロートに招くことによって、繋がりが絶たれようとしていた世界が再び一つになろうとし始める。元々存在する世界と後から派生して生まれたセカイ。どちらに優劣が傾くかは想像に難くないだろう。
ディーヴァの目的はセフィロートというセカイをなくすことだ。それはセフィロートが消えると同時、セフィロートの神であるディーヴァの存在も消えることを意味するが、そんなことはディーヴァにとっては些細なことに過ぎない。
セフィロートがなくなればこのセカイの神も消える。つまりは生命の神もその例外ではないということである。生命の神を殺し、このセカイの主神となることは容易い。だが、ディーヴァの望みはそれではない。生命の神の存在を「なかったこと」にしたいのだ。
世界になりきれなかったセカイを世界が記憶することはない。未成熟なまま母親の胎内でなくなった子どもが生まれたことにはならないように。このセカイで過ごした時間も記憶もセカイがあったという事実さえなくなってしまう。それくらいのことを成そうというのだ。
それはただ生命の神を殺すより、遥かに難易度が高い。成したところで意味すら残らない。そんな事象を実現しようとしている。正気の沙汰ではない。
けれど、生命の神という存在を否定するならば、これくらいやらなければ、とディーヴァは思うのだ。リーヴルが傷つくような記録なんて、一ミリも残らない方がいい。
セカイの人間に後ろ指を指されようとかまわない。むしろ、そのための対抗神だとディーヴァはある意味で開き直った。
そうして混沌の時代が幕を開けるのだ。
最初の人間は失敗した。このセカイの仕組みに適応できなかったのだ。根本は同じはずなのに、魔法という未知の力……否、このセカイでは「混沌」を源に作られた力に人間が適応できなかった。
では、適応できなかった人間はどうなるか。
「ふむ、存在そのものが質量を伴った混沌となる、か。まあ、想定内の答えだな」
ディーヴァが観測するそれは、人間だったものだ。人だった名残を見せる形は残っているが、どろどろと半固体半液体のような状態で、ただただ黒いだけのそれは混沌だった。ディーヴァが口にした通り、魔力の原型となった混沌が質量を持っただけと言える。
そこに人間の自我はない。口に相当するであろう場所から、言葉にならない分、半液状の黒い何かをこぽこぽと吐き出し続ける物体だ。
失敗の原因は何だろうか、とディーヴァは分析する。召喚魔法というのは禁忌として学んだ。禁忌になるのはセカイが世界から独立した後の話であるが、禁忌であるものを教えるというのは矛盾を孕んだ話ではないだろうか。
「まあ、知らなくとも辿り着く可能性はあるから、最初から禁忌と教えた方が合理的といえばそうか」
まあ、この世界の人間のように、そもそも魔法のない世界である場合もある。世界とセカイの概念はそこで随分異なってきているようだ。早く召喚魔法を使いこなして、人間を人間の形のままこのセカイにもたらせるようにならないと。
そう考えてから、ディーヴァはあることを思いつく。
うっそりと紫色の唇を歪ませて、ディーヴァは結界の一部を切り抜き、そこから人間だった物体を外に放った。
「どのくらいセカイを壊せるかな」
妖艶な笑みに送り出された混沌の塊はセカイへと降りていった。
混沌を魔力に変換したことで秩序のもたらされたセカイに、今一度混沌をもたらしたらどうなるか。
生命の神がどういう考えであろうと、人間たちは未知の存在を恐れ、排除しようとするだろう。それで生命の神がダートをセカイにもたらしたなら……セカイは混沌に陥る。ダートがもたらされなくとも、あの混沌に人間は耐えられないだろう。混沌を変換した魔力にさえ耐えられないのだから。
いずれにせよ、なにものかの死がディーヴァの元に降り注ぐのだ。




