虚
リーヴルは特別と言われたことのない特別な子どもだった。特別であることが当たり前の始まりの十人だからだ。
始まりの十人の中でリーヴルは一番年が下だった。その割、セカイの真理に最も近づいていたりする。
ディーヴァは目を細めた。きっと、リーヴルは孤独だったのだろう。始まりの十人の中に話の合う者もいなければ、同年代の者もいない。お兄さんお姉さんをしてくれるような連中でもないため、リーヴルは放置された。その末に辿り着いたのが、ディーヴァのところだったのだ。そこしか行き場所がなかったのかと思うと憐れでもあるし、この場所を選んだのだと思うと、リーヴルは特別というより異端なのだろう。
始まりの十人である以上、生命の神のことはきちんと敬っているようだが、破壊の女神に懐くのは他の者たちからすれば複雑な心境にちがいない。
「セカイはお前に優しいわけではないが、私もまた、お前に優しいわけではないぞ」
「うん。でもディーヴァちゃんはちゃんとボクの目を見て話してくれるでしょう? ボクにはそれだけで充分なんだ」
かわいそうな子ども。きっと孤独しか知らないで成長をやめてしまったのだ。彼の受け持つ都市にはたくさんの人がいるというのに。
そよそよと、風がディーヴァの頬を撫でた。
「なんだ、アルブル。お前も話したいなら話せばいいだろう? ああ、声を具現化するのは魔法に相当するのか。お前も神なのだから、眷属を持つようになればいいものを」
「眷属……生命の神様にとってのボクや、ディーヴァちゃんにとっての魔族みたいな?」
「そうだ。人の形を取れば、声を出すための器官が体に備わっているから、わざわざ魔法を使う必要もない。アルブルは生命の神の属性なのだから、創造は簡単だろう」
ディーヴァが言う通りなのだが、アルブルが言いたいのはそういうことではないらしい。ディーヴァの手に一つの植物の蔦が伸びてきた。
「ん、どうした?」
こちらに来いと手招くように蔦がふにふにと動く。さては口下手だな、とディーヴァは察して植物の方へ向かった。
アルブルの木の中には大きな空洞がある。そこに入れということだった。
「ふむ……リーヴル、込み入った話のようだ。外で待っていてくれるか?」
「うん」
洞の中に入ると、外への道が閉ざされた。おそらく幻影系統の魔法だろう。アルブルも曲がりなりにも神である。リーヴルが側にいても、自分の体を魔法で弄るくらいはできるのだろう。
とはいえ、わざわざ塞ぐ必要はなかったはずだ。まさか自分の声を聞かれるのが恥ずかしかったわけでもあるまい。
「アルブルよ、何用だ。結界を張らずとも、今の私に森やお前を殺すような力は残っていない」
「……リーヴルについて、話があります」
聞こえたのは女声。ディーヴァは少し不愉快な思いをした。
何故ならその声はディーヴァの声に似ていたからだ。完全に同じではない。例えるなら、ディーヴァの今の声が成熟した大人の声だとして、アルブルの声はディーヴァがリーヴルより少し年上くらいの少女になったような声だ。儚さと上擦りのある自分の声というのは大変気持ち悪かった。
「はあ。これをあれに聞かれなくてよかった」
「あなたならそういうと思いました」
「生意気だな」
ディーヴァはじろりと天上を睨み付けた。
「声なぞいくらでも変えられるだろうが。お前、以前会ったときは男の声ではなかったか? 趣味が悪いぞ」
「私の声につきましては、どうか生命の神に。彼の神がこうしたのです」
生命の神の名にディーヴァはぞっとした。あれの執着が恐ろしかった。
姉さん、姉さんと引っ付いてくるのがただでさえ鬱陶しいというのに、眷属にまで手を加えるとは、いくら神と言えどやることが度を越している。何より気味が悪い。
「さあ、さっさと話を終わらせよう。用件はなんだ」
「ディーヴァ様、リーヴルに情を傾けすぎないでください」
ディーヴァはぴくりともしなかった。アルブルは続ける。
「生命の神が横道に逸れるのはあなたへの妄念ゆえというのは身に染みてわかりました。だから、あの方が正しくセカイを導けるよう、誰か一人にだけ心を傾けないでいただきたいのです」
はあ、とディーヴァがついたのは明らかに不機嫌な溜め息。だが、怒ったのではない。呆れたのだ。
「あの土地にはリーヴルしか来ない。リーヴルに心を傾けているわけではない。リーヴルしか来ないから、関心の対象がリーヴルになっているだけだ」
「それはそうなのでしょうけれど……」
「あれはあれの役目を果たしているだけだ。始まりの十人の中でも重く、異端な役割を。私の封印が解けたとき、対処できる輩が他にいないからこうなっているのだろう。与えられた役割に文句をつけるならまだしも、与えた側が役割に文句を言うのは筋違いだ」
それに、とディーヴァは目を伏せる。
「来るなといってもリーヴルは来る。これをどうしろと?」
「それを拒めないあなたは、やはりリーヴルに心を傾けているのでは?」
アルブルの指摘にディーヴァは黙り込んだ。
そうなのだ。ディーヴァはリーヴルを拒めない。破壊の女神なのだから、神の眷属だろうと、殺すことは簡単なのに、今までそれをしなかった。
それは何故か。情があるからだ。
ディーヴァはこれを後悔している。いっそ出会わなければよかったのだ。そう思ってしまうくらいには。
こんなことで、リーヴルを苦しめることになるのなら、ディーヴァは孤独でいた方が楽だった。
「やつの操り人形にされるのはごめんだが、リーヴルをあんな使い方されるのは更に嫌だな」
望み薄だが、ディーヴァは木を見上げた。
「お前からはなんとか言ってやれんのか?」
「それでどうにかなるのでしたら、私はこんな声になっていないと思います」
「そうだよなあ……」
ディーヴァは嘆息こそしたものの、まだ手はあるとして、告げた。
「やつとの関係をはっきりさせる。……というか、戦争を起こそう」
さらりと破壊の女神は宣言した。




