寿
はあ、とディーヴァは深々と溜め息を吐いた。氷魔法の結界をただの結界に変えたため、そこは普通の空間になっている。火魔法で焚き火をしながら、真っ赤になったリーヴルの凍傷を見ている。
「無茶をする」
「だって……」
子どものように大きな目に涙を溜めるリーヴル。ように、というかリーヴルの年齢は実際幼い子どものそれで止まっている。
ディーヴァは説教を垂れるつもりはないが、理解はさせておかないといけないか、とリーヴルに話した。
「いいか、お前は生命の神の眷属として、普通の人間より長く生きられるようになっている。よほどのことがなければほとんど不死といっても過言ではないだろう。だが、完全な不死ではない。死を司る私ですら死ぬのだから。
よりにもよって、お前が死ぬ可能性のある『よほどのこと』に自分から飛び込んでどうするんだ」
私は治癒魔法が使えないのに。
まあそこはリーヴルが自分で治癒魔法を使えばいいのだが、リーヴル自身の命が危機に瀕していたのではどうにもならない。氷の結界は広範囲で命あるものの存在を許さない吹雪になっていた。今リーヴルの命があるのは奇跡に近い。
と思いながらも、ディーヴァはきな臭く感じていた。つまりは眷属として、生命の神の加護がしっかりかかっていたから、ディーヴァの結界を越えてこられたのだ。そんな生命の神はディーヴァと普段から交友のあるリーヴルを疎んでいたはず。ディーヴァとの関係を妬んで、体を乗っ取る始末だ。ディーヴァが灸を据えようとするとリーヴルに戻すという、鬼畜と言っていい所業。ディーヴァはリーヴルに嫌われても気にしないが、リーヴルがただ一人傷つくだけだ。それも気持ちが悪い。
私なら妬み嫉みの対象はすぱっと殺してしまおうと思うが……とリーヴルを見る。なんだかんだ、眷属だから失いたくないのだろうか。生命の神がリーヴルを生かした意図がわからず、不気味だった。
だが、それをリーヴルに伝える必要はないだろう。無垢な子どもを利用する生命の神のやり方は好かないが、リーヴル自身に罪はないし、リーヴルに生命の神を嫌わせる必要はない。
向こうの世界の文化では神は信仰により存在するらしいが、それはあくまで向こうの世界での文化だ。ディーヴァは信仰がなくとも存在できる。ただ、生命の神がそうとは限らないだろう。
真実を知ったら、リーヴルは傷つくだろう。けれど、それを言う義理もないし、言いたくもない。ディーヴァはリーヴルと過ごす時間が嫌いではないから、無闇に傷つけようとは思わない。きっと、敵になっても、リーヴルを傷つけることはできないだろう。
「さてと、来てしまったものは仕方ない。とりあえず、その怪我を治療できるところに行くか」
「え」
「魔力を消耗している今のお前ではその傷を治せんし、私は治癒魔法が使えないからな」
「でも、封印はどうするの?」
「解いていく。誰かさんが無理矢理入ってきたから、結界を張り直さないといけないからな」
う、と言葉に詰まるリーヴル。ディーヴァは言ってしまえば最強の神だ。それが全力で張った封印の結界をリーヴルは突破したわけである。リーヴルが無傷で済まなかったのはご覧の通りだが、結界も損傷したのだ。
「いいよ、お前を責めはしない。考えもあるからな。とりあえずアルブルに会いに行く」
「アルブルって大樹の?」
フロンティエール大森林のケセド付近には他の木々とは比べものにならないほどの大樹がある。それもそうだろう。生命の神の最初の眷属にして森を管理する神の木なのだから。
「あれは樹木神だ。生命の神の眷属という点ではお前と同じだが、アルブルは神。後付けで眷属になったお前たちとは違う存在だ」
「あんなにでっかいのも生命の神様がそうしたからってこと?」
「ああ」
セカイの混沌を魔力に変換するにあたって、魔力で生成したのがアルブルだった。今やもはや懐かしい。
あの頃は生命の神にとって幸せだったのだろうか。あのまま神同士だけで生きていたら、生命の神は暴走せずに済んだのだろうか。
もしも、の場合など存在しない。そうだったなら、セカイはここになく、ディーヴァも生命の神も混沌に飲み込まれて終わっていたからだ。
「さて、移動しようか」
土にひたりと手をつけるディーヴァを見て、リーヴルが疑問符を浮かべる。
「魔法は使えないよ?」
「だが、魔力がなくなるわけではないだろう? お前のその能力は」
「それはそうだけど……」
「では行くぞ」
「説明してくれない!?」
リーヴルが側にいる状態で魔法を使うことはできない。リーヴルの能力は魔力の無効化だ。魔力の効果を出すのが魔法である。
ディーヴァが規格外の神だとしても、その能力に抗えない。その能力こそがリーヴルが使徒たる所以だからだ。何より、ディーヴァの魔力を無効化できなければ意味がない。
だが、ディーヴァは魔法を使わずに、魔力の効果を得る必要もなく、使える技があった。
瞬き一つの間で目の前の景色が変わる。リーヴルは目をぱちくりとした。不毛の荒野が一瞬にして緑覆い繁る森になれば、誰しも目を疑うことだろう。
「え、転移魔法じゃないよね?」
「いくら私でもお前の能力を超越して魔法を使うことはできない。けれど魔力がなくなっているわけではないから、魔力を動かすことはできる」
「魔力を動かす?」
魔力というものは空気のようなものだ。固体にも液体にもまとわりつく。ディーヴァは魔力の操作を得意としており、セフィロートの大まかな魔力の配置を覚えている。これはまさしく神業なのだが、固体を構成する魔力を土を介して別な場所に移動させることができる。簡単に言ってしまうと、土の民が使う土の友という技と同じことができるわけだ。
「うそ……」
「このセカイのものは大体魔力でできているから、本を戸棚に移す要領で動かせるぞ。さて、アルブルよ」
唖然とするリーヴルをそのままに、ディーヴァは眼前の大樹に語りかけた。応じるようにそよりと風が動く。
「何、私はセカイを害するために出てきたわけではない。この使徒の傷を癒してくれ」
風がざわざわと蠢く。くい、と一つの蔓がリーヴルの裾を引いた。ディーヴァの語った通りだとしたら、この動く植物も、アルブルが魔力操作して動かしているということだろうか。
「ん? ああ、問題ない。こいつの能力はそもそも害ある魔力の無効化だ。治癒魔法は使えるよ」
「え、そうなの!?」
「むしろお前が知らなかったのか……」
呆れながら、仕組みについて話していく。生命の神がディーヴァに劣っているということはないが、ディーヴァが生命の神より魔力について詳しいのは確かだ。
つまりはリーヴルの能力も魔力を使って作られたものであるということだ。きめこまやかな布を幾重にも折り重ねたもの、というのがわかりやすいだろうか。魔法を使わずに浄化……不純物の除去の作業をする場合、布で濾したり、篩にかけたりする。魔法は大量の魔力を消費するので、日常生活ではそういった魔法を使わない工夫も必要なのだ。それを魔力で行っているのが、リーヴルの能力である。魔力をきめこまやかな布にして、その細やかな中を通れる魔力だけが有効になる。それがリーヴルの能力の本質だ。
「たまたまできた力なのかもしれないが、いつかこのセカイを一つの世界にするための力だ。だから、死ぬなよ」
「……えへへ」
「何を笑っている?」
リーヴルは無邪気に笑った。見た目年齢相応に、自分を誇るように。
「嬉しいんだ。ボクが特別なんだって言ってくれる人は今までいなかったから」




