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生命の神と闇の女神

 このセカイには二柱の神が存在する。

 あらゆる生命を司る生命の神。その神に名はなく、ただ「生命の神」とだけ呼ばれている。命溢れるこのセカイのあらゆる生命を生み出すことを生業とする神だ。

 もう一柱が死や破滅を司る破壊の女神ディーヴァ。一般的には「闇の女神」と呼ばれている。彼女は生命の神が生み出せない魔力に適応した生物を眷属として生み出すことが役割である。つまりは生命の神の不足を補い、セカイを平定させる役目だ。

 この対なる神は仲が良くなかった。否、生命の神はディーヴァを好いていたが、ディーヴァは生命の神を嫌っていた。

 ディーヴァが生命の神を嫌うのは相反する存在だからではない。生命の神の人格そのものが嫌いなのだ。

 ディーヴァはその性質上、セカイを出歩けばあらゆるものを殺してしまう。死を司るから、眷属以外のものは殺してしまうのだ。場合によっては眷属も殺す。生命の死から力を得るディーヴァは無限に強くなることができるが、それではせっかくのセカイが死に溢れてしまう。

 故に、ディーヴァは封印を望んだ。そのための陣を自分で書くというのも滑稽な話だが、生命の神に封印されるよりはましだ。

 というか、その生命の神はディーヴァが封印されることを嫌がっていた。

「姉さんがいなくなったら、寂しいよ」

「私はお前の姉ではない」

 生命の神は何故かディーヴァのことを姉と呼び、親しんだ。ディーヴァはそれが嫌だった。

 神に兄弟という概念があるのならそうかもしれないが、生命の神の方が生まれたのは先だ。姉と呼ばれる所以がディーヴァにはない。

 それに、「姉さん」と呼ぶときの生命の神の粘着質な目がディーヴァはどうも好きにはなれなかった。対なる神なのに、相反する神なのに、愛しているとでも言いたげなその目は吐き気がするほどに見たくないものだ。

 会いたくない。だからディーヴァは封印を選んだ。ディーヴァの封印とは、セカイからの隔絶である。神を一柱封印するのには莫大な魔力が必要だ。ディーヴァは自らの持つ魔力を封印に注ぎ込み、しばらく眠ることにした。

 眠ったところで、それは永久ではないし、眠っていてもディーヴァがセフィロートの民の死から力を得ることは変わらない。生命の神の作った人間という生き物は簡単に死んでしまう。他にも動物が死ぬこと、植物が枯れることもディーヴァに力を与える「死」だ。ディーヴァの眠りが束の間であることにちがいなかった。

 わざわざ隔絶された場所を作ったのは、力を取り戻しても外に出られないように、だ。ディーヴァが歩けばそれだけで生き物は死ぬ。それは少々つまらなかった。それに、生命の神に会わない言い訳にもなる。

 このセカイ、セフィロートには、生命の神には知らされていない秘密がある。対なる存在であるからこそ、ディーヴァにのみ明かされたこのセカイ特有のもの。

 隔絶された空間の中で、ディーヴァはそれを探っていた。

 セフィロートは元々、別世界で生命の成り立ちや世界と宇宙の繋がりの概念として伝わる「生命の樹」というものから形を得たセカイである。世界には様々な世界が並行して存在するが、セフィロートはその中でも異質だった。何故なら、とある世界と一部分だけ接触しているセカイだからだ。

 並行世界を交わらせてはいけない。それは全世界に共通するルールだ。このセカイも例に漏れないが、ディーヴァだけはそれに抵触しても咎められない。

「概念……信仰から生まれたこのセカイはあまりにも不安定で歪……だからあれが主神なのかと考えると、まあ納得がいく」

 ディーヴァは苦笑した。

 生命の神が樹木神という眷属を置き、生命と土地を整えられるまで、セフィロートというセカイは混沌に満ちていた。その混沌は魔力という力で、セカイを好き勝手にぐちゃぐちゃとかき混ぜていたのだ。

 生命の神とディーヴァはまず、魔力の吸収を行ったのだが、生命の神と魔力は相性が良くないらしく、魔力を吸収するたびに具合を悪くする生命の神をディーヴァが介抱したこともあった。甲斐甲斐しかったつもりはないが、それが姉と呼ばれる原因かもしれない。

 馬鹿の一つ覚えに自分で直接魔力を吸収しようとするやつに呆れて、眷属を作り、眷属を介して魔力を取り入れることを提案した。それまで吸収した魔力で眷属神を生み出せば、生み出した眷属は魔力に適応し、それでいて生命の神が吸収しやすいよう、魔力を中和してくれると考えた。姉さん頭いい、ときらきらした目で見られて、こいつは阿呆だ、と苦々しく思った記憶がある。

 それで作られた生命の神の眷属が樹木神アルブルだ。セカイを見つめる大樹として依り代を生命の神が作った。

 「生命の樹」をモデルに生まれたこのセカイで一番最初に作られるのが大樹なのは、なかなか面白いことだった。まるで仕組まれていたようで。

 樹が根を張り巡らせれば、セカイの大部分が安定する。樹とはそういうものだ。それすら知らないのか、とディーヴァは少し哀れになった。

 魔力はディーヴァの司る破壊や混沌の力の方が強かったらしく、生命の神に馴染まないのも然りだった。故に、ディーヴァはともかく、生命の神の中に仕舞っておくことができなかった。

 それで生命の神は魔力を使い、人間を作るわけだが、人間に魔力を込めすぎると人間は壊れてしまう。そのため、人間を大量に作るしかなかった。命を生み、栄えさせるのが生命の神の領分なので、それでよかったのだが、魔力は有り余っていた。

 そこでディーヴァが眷属として魔物や魔族を生み出した。人間に近い見た目をした者の一部を異形にし、異形にした部分に魔力を蓄積させることで、ディーヴァは有り余る魔力を生き物の形へと留めた。

 また、土地自体に魔力を込めることができたため、魔力と土を馴染ませることで、そこから魔物が生まれる仕組みを作った。

 ディーヴァの手法に感嘆した生命の神はディーヴァのやり方を真似ようとしたが、できない。生命の神は自然の理を乱してはいけないからだ。異形のものは作れない。

 生命の神はディーヴァがやること成すこと全てを褒め称えた。純真無垢な尊敬の眼差しがディーヴァには哀れに見えた。こんなにもできないものか、という思いと、この虚しさがわからない無知への哀れみだ。

 ディーヴァの眷属は魔力を豊富に使っているため、長命である。またディーヴァの眷属であるため、生命の神の糧にはならない。

 ああ、こいつが主神であるのに、こいつがセカイから見放されているようだ。

 ディーヴァは生命の神のことを哀れだとしか思えなかった。

 隔絶された空間──ディーヴァの封印場所はセフィロート最果ての地、マルクトである。セフィロートは十の都市に分けられ、それぞれで人間や魔族や魔物が暮らしている。始まりの十人とやらの導きにより、その都市の特性は異なるのだが、マルクトは人間の多い都市だ。

 それでもこの最果てのディーヴァが封印されている場所に人間は来ない。封印して尚、死の気配が色濃く漂うからだろう。

 ただ、人間でなければ、来る者はあった。

「やほやほー、ディーヴァちゃん元気ー?」

 そう能天気に封印の結界をノックしたのは翼を二対生やした生命の神の眷属であり、始まりの十人の一人だったリーヴルだ。長い金髪をこめかみから一房だけ三つ編みにして垂らしている。天真爛漫な光を宿した空色の目。飛んでいなければ、ディーヴァが見下ろすであろう程度の背丈は、やはり生命の神の使徒となってから変わらぬものとなったようだ。

 淡い紫の羽衣のようなものを着て、天女のようにひらひらと舞うが、使徒となる前、人間だった頃のリーヴルは男である。

「なんだ、小僧。また暇潰しか?」

「そうそう。ディーヴァちゃんだって暇でしょー? 生命の神様からちょくちょく様子見に行けって言われてるし」

 それもそうだろう。ディーヴァは自らを封印したが、人間は簡単に死にその死はディーヴァの糧となり、ディーヴァに封印を破る力を与えてしまうのだから。

 始まりの十人はどの土地を治めるかで揉めたが、特にディーヴァ封印の地であるマルクトの扱いは揉めに揉めた。見ての通り、当時のまま姿を保つリーヴルは若輩だ。そんな幼子に任せられない、となったそう。

 それにマルクトは広い。広いからやりたいことがあればほとんどなんでもできる。リーヴルは名前の通り読書好きだ。そんなリーヴルが広い土地を得て何をするのか。他の九人は納得しなかった。けれど、最終的にマルクトを治めたい者もおらず、リーヴルが治めることとなった。

 何せ、リーヴルは元々、封印の結界越しにこうしてディーヴァと会っていたのだから。ディーヴァとコミュニケーションを取れるのなら、と他の九人は頷いたし、何より生命の神がリーヴルのその在り方を受け入れたため、誰も否やを唱えなかった。

「お前は元気なようだな」

「もっちろん! ディーヴァちゃんが封印されてる限り、することないからね」

 マルクトの使徒であるリーヴルの使命はディーヴァを見張ることだ。見張るという見映えのする言い方をしただけの監視役だが。リーヴルは使徒となったとき、魔力を無効化する能力を生命の神から授けられた。万が一、ディーヴァの封印が解けても、ディーヴァがすぐにはセカイに害せぬように、そういう力を授けたのだろう。

 それはいい。それはいいのだ。ディーヴァが嫌なのは、この無垢な子どもを通して感じる粘つく視線。

 ディーヴァの秀麗な面差しをじっとりと空色の向こうから眺めている。それが気に食わなかった。

「んー? ディーヴァちゃん機嫌悪いー?」

「……いつものことだ」

「ええっ、ひどい。ボクのこと嫌いなの!?」

 あんなことやそんなことをした仲なのに、とふざけるリーヴルに、ディーヴァは呆れた目をした。何もしていないだろう、と。

 結界という薄壁越しで、触れ合うこともできないまま、ディーヴァとリーヴルは今日も過ごすのだ。ディーヴァだけが確実に、生命の神の目を感じて。

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