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0004.ある男の夢

 日々は過ぎ、とうとうエーデルが収監されてから七日が経った。

 今夜、彼女は監獄を出て移送される。どこかの家で、平民として暮らす事になるのだ。

 最後の一人との面接を終えたエーデルは、藁床に転がって天井を眺めていた。

「……」

 時刻は十九時。迎えの馬車が来るまであと一時間足らずといったところだった。

 その時、格子の向こうから声がかけられた。

「……あのさ」

 上体を起こして声の方を振り向くと、牢の前に看守が立っていた。

「あんた、貴族の身分を失ったってのに、どうしてそんな平然としてられるんだ?」

 囚人との雑談は禁じられていた。それでも看守の男は、この少女がいなくなる前に、聞いておきたかった。

 エーデルは藁床から立ち上がると、鉄格子の側に寄って、答えた。

「それが、わたくしの望みだからですわ」

 男には、言葉の意味が分からなかった。

「望み……? 平民になるのが望みだってのか?」

 エーデルは無言のまま、こくりと頷く。その態度に、男は腹が立ってきた。

 牢に向かって、男は大声を張り上げる。

「平民に何を期待しているか知らないが、大抵の人間は生きていくだけで精一杯なんだ! 貴族様みたいな贅沢な暮らしなんて出来やしない! 恵まれた貴族の身分を捨てて、何の得があるってんだ!」

 その怒声に反発するでもなく、エーデルはただ、静かに言葉を返した。

「でも――自由がありますわ」

「自由だぁ? 平民の自由なんて、貴族様に比べりゃカスみたいな――」

「わたくしは、貴族として大きな屋敷に住み、贅沢な暮らしをしていた時よりも、この牢獄の方がずっと心地良いのです」

「何だって……?」

 冷たい格子を撫でながら、エーデルは笑った。

「貴族の娘として生まれた時から、わたくしの人生は全て両親に決められていました。そのレールから外れた行いは、どんな些細なものでも許されなかった。貴方にはきっと、ご友人がおりますでしょう? わたくしにはこの年まで、友人と呼べる者は一人もおりませんでした。友を持つ事さえ、許されなかったのです」

 男は、言葉を失った。何もかもを他人に決められた人生――その辛さは、彼には想像もつかなかった。だが、この少女にとって、耐え難い苦痛であった事だけは分かった。

「確かに、金銭や地位の面からすれば、平民に自由は無いと言えるでしょう。ですが、貴方は別に、先祖代々看守の家系という訳ではないでしょう? 貴方自身の選択で、この職に就く事を選んだ。わたくしはそれを、何よりも尊く思いますわ」

「そんな……大層な理由じゃない。ただ何となく始めただけの仕事で……」

 そう呟いた時、男は思い出した。昔、一つだけあった。『何となく』やりたかった事を。

「……なあ。俺は昔、吟遊詩人になりたかったんだ」

 気付くと、男の口は自然に言葉を紡いでいた。

「それも大した理由じゃなくてさ、小さい頃、ふらっと町に立ち寄った吟遊詩人の歌を聴いて、憧れたってだけ。リュートだって練習したんだぜ? まあ、結局、家を出る勇気なんて無くて、いつの間にか忘れちまった。笑っちまうだろ」

「いいえ、笑いません」

 エーデルは、きっぱりと言った。

「とても、とても羨ましいですわ」

 ああ、と男は思った。幼い頃に夢を持つ、そんな当たり前の事さえ、この少女は許されなかったのか。

 そこに、靴音が聞こえてくる。既に、迎えが来る時間を回っていた。

「囚人の引き渡しを、お願い致します」

 現れた別の看守に敬礼を返すと、男は鉄格子の鍵を開ける。

 牢から出たエーデルは、スカートの裾を取って、こちらに頭を下げた。

「感謝致します。おかげで、とても有意義な時間を過ごせましたわ」

 男は、何と返すべきか迷った。その間に、エーデルは行ってしまう。

 去り行く少女の背を見つめながら、男はぼんやりと考えた。

 あのリュート、確かまだ家に置いてあったよな――

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