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0037.嘘

「……当然、扉は開きませんわね。鍵を閉めた上で、施錠の魔術まで上書きされてますわ。さすがルーエンハイムの血筋……わたくし如きの魔術では、とても解除は無理そうですわね」

 開く様子の無い扉から手を離し、エーデルは、ぎり、と爪を噛んだ。

 当然ながら、書庫に窓は無い。あるのは通風口ぐらいだが、とても人が通れる広さではなかった。

 アンドリアナの言った通り、身体は三時間程で普通に動けるようになった。とは言え、もう時刻は夕方。夜になれば、学院からは誰もいなくなる。

 このままでは本当に、閉じ込められたままになってしまう――

「誰か! 誰かいませんか!」

 どんどんと扉を叩き、大声で助けを求める。が、反応は無かった。普段から人気の無い書庫の付近に、都合良く誰かがいるはずはないのだ。

 一刻も早く、脱出手段を見つけなければ――エーデルは焦っていた。

 無論、その焦りはセレンとペアを組めなくなるからではない。サーシャの身を案じてである。

 アンドリアナの行動は、あまりにちぐはぐだった。

 セレンと親しくなりたいのであれば、わざわざ迷宮探索を選ばなくとも他に機会はあったはずだ。ルーエンハイムの威光があれば、大抵の望みは叶うだろう――彼女は、それ程の家柄なのだから。

 それを何故、探索を間近に控えた今、こんな荒っぽい手段を採ったのか――セレンへの恋慕を理由とするには、あまりにも悪手に過ぎる。

 思考を巡らせつつ、エーデルは扉を調べていく。扉は木製だが、しっかりと防火処理がされており、エーデルの貧弱な魔力で燃やす事も、鍵を溶かす事も不可能だった。いや、そもそも本が大量にある書庫の中で火を使ったら、脱出より先にエーデルが丸焦げになってしまう。

 鍵の開錠も不可能、そもそも鍵を持っていないし、魔術で鍵が通らないようにされている。

「いっそ、この鍵を溶かせるような毒があれば……」

 服の内側に何種類かの素材を忍ばせているエーデルだが、残念ながら、そんな効果の毒を生成するなど想定していない。手持ちの素材に、使えそうな物は無かった。

「閉じ込められたのが書庫では、生成に使えるような素材も無い。あるのは本ばかりですものね――」

 その時、エーデルの脳裏に一つの考えが閃いた。

 可能かは分からないが、もしかしたら――

 手近な棚から持てるだけの本を掴むと、エーデルはそれらの本に向け、魔力を集中させた。


「……エーデルに、婚姻の話が?」

 放課後。

 皆が帰った教室で、サーシャと、彼女に話を聞いてやって来たオルフェリオスとセレンは、アンドリアナの話に揃って目を丸くした。

「そんな話、私も初耳だぞ」

 驚くオルフェリオスに、アンドリアナは首を振った。

「……無理もありません。エーデルさんは今や平民となった身。そんな方と公的に婚姻を結ぶ貴族はおりませんから。この話は我がルーエンハイム家が仲立ちとなって、あくまで内密に進めていたものだそうです」

 すらすらと流暢に語るアンドリアナを、疑う者はいなかった。

「名前は私も知らされておりませんが、身分ではなくエーデルさんの人柄を重んじる方だそうです。それを聞いて、エーデルさんもその方に会う事を決意しました」

「しかし、学院を抜け出して会わねばならないなど……どうしてそこまで急ぐのか……」

 セレンの疑問に、アンドリアナは答える。

「その方が、地方貴族だからです。今は執務で王都にいらっしゃいますが、数日後には領地に帰らなければならない――お会いするには、今しか無いのです」

 そして彼女は、セレンを見つめて言った。

「エーデルさんから、頼まれております。自分は迷宮探索に同行出来ないから、代わりにセレン様とペアを組んで、サーシャ様を守って欲しい、と」

 その言葉に、三人は衝撃を受けた。

 サーシャの護衛――その話は、エーデルとこの三人だけの秘密だった。無論、エーデルも含めて、それを他者に漏らすような者はいない。アンドリアナがそれを知っているという事はつまり、エーデル本人から聞いたとしか考えられない。

「……ではアンドリアナ。我々に、協力してくれるのだな?」

 オルフェリオスに問われ、アンドリアナは静かに頷く。

「ええ。力不足ではございますが、このアンドリアナ、ドラクロワ・ルーエンハイムの孫として、微力を尽くさせて頂きます」

 サーシャも、彼女に頭を下げる。

「アンドリアナ様。どうかよろしく――」

 そこに、足音が聞こえてきた。

「――アンドリアナ様が味方になってくださるなんて、心強い限りですわ。ですが――」

 場の全員が、教室の扉に目を向ける。

「――その話、どこまで信じて良いのでしょうか?」

 そこには、エーデルが立っていた。

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