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0035.共同墓地にて

 いつものように、エーデルとサーシャは一つのベッドに並んで横になった。

 もう、エーデルは泣いていなかった。随分と泣き腫らしたせいで目はまだ赤みを帯びていたが、その表情は穏やかだった。

「明日、授業が終わったら、行きたいところがあるんです。一緒にいかがですか?」

 ふと、サーシャが口を開く。

「あら。何処ですの?」

「ふふ。それは着いてからのお楽しみですよ」

「気を持たせますのね。いいですわ。是非、ご一緒させて頂きましょう」

 それから二人は、どちらからともなく、アイリスの思い出話をした。

 エーデルは、サンドライト家の侍女としての彼女の話。

 サーシャは、母としての彼女の話。

 お互い、相手の話は初めて聞くものばかりだった。

 二人は互いの話に相槌を打ち、笑い合い、そして少し、泣いた。


「――ここが、そうですの?」

 翌日の放課後。エーデルとサーシャは、共同墓地にやってきていた。

「……ええ。ここに、母が眠っています」

 サーシャの指し示す墓標に、名は彫られていない。ただ、『清らかなる魂、ここに眠る』とだけ刻まれていた。

 途中の花屋で買った花束を墓前に置くと、エーデルとサーシャは目を閉じて祈りを捧げた。

「――――」

 風がそよぎ、さあ、と髪を撫でて通り過ぎていく。

 安らかな場所だ、とエーデルは思った。

 目を開けてサーシャを見ると、彼女もまた、こちらに目を向けていた。

「……サーシャは、お母様に何か伝えたのかしら?」

「ええ。『ひさしぶり』と『ありがとう』を。エーデルも、何か伝えましたか?」

 問い返されて、エーデルは苦笑した。

「謝罪しようと思っていましたが、止めましたわ。わたくしも、伝えるべきは感謝だと思いまして」

 アイリスへの負い目は、きっとこれからも消えはしないだろう。それでも、その感情に髪を引かれて生きていく事を、アイリスは良しとしないはず――勝手だが、そう考えた。

「ねえ、サーシャ」

 ふと、エーデルが微笑む。

「わたくしが死んだら、ここに埋めて頂けるかしら」

 やりたい事リストに追加したかったが、さすがに自分が死んだ後ではどうしようもない。だから、一番信頼できる人に、託す事にした。

 サーシャは一瞬だけ驚いた顔を見せ、そして頷いた。

「……はい。じゃあ私も、死んだらここに」

「あら。それは無理ですわよ」

「え?」

 呆けた声を上げるサーシャに、エーデルはにやにやと笑う。

「貴女は王族になるのですもの。眠る場所は王墓に決まっておりますわ。ああ残念……貴女のお母様の隣は、わたくしが独り占めですわね」

「ええ!? 私もエーデルと同じ、ここがいいですっ!」

 王墓に埋葬されるなど、全国民にとって憧れのはずなのだが、この少女達には、そんな価値観など存在しなかった。

「……じゃあそれこそ、『革命』でも起こして、この国を根底から変えなければなりませんわね」

 冗談めかして、エーデルが言う。

「……そうですね」

 サーシャも、おかしそうに笑った。

 エーデルは改めて、アイリスの墓標を見つめる。

 大好きだった人。

 彼女を喪って、エーデルは変わった。

 自らの心を守る為、大切な人の記憶を心の奥にしまい込み、代わりに抱いたのは平民への憧れ。そして、貴族という身分への嫌悪。

 その感情は今や、国を変えるという分不相応な意志にまで膨れ上がった。

 後悔は無い。この道を諦めるつもりも無い。

 ただ、今の自分を見て、アイリスが果たして喜ぶのか――それは、エーデルには分からなかった。

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