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0002.面会

 貴族の囚人に、平民である使用人が面会に来る事は、これまでも何度かあった。しかし、獄に繋がれた主人を慕って、などという殊勝な理由ではない。虐げられていた使用人が、地位も権力も失った主人を嘲笑い、溜飲を下げる為だった。おそらく、このメイドも同様だろう。

 しかし、収監された当日にとは。あの女、よっぽど恨みを買ってたんだな――

 メイドを連れて牢の前まで来た男は、鉄格子の向こうのエーデルに声をかける。

「おい、面会だ」

 そしてメイドに「面会時間は十分間だ」と告げると、看守用の椅子にどっかと腰掛けた。

「マリアじゃない! どうしたの、わざわざこんな所に」

 予期せぬ来客に、エーデルは目を輝かせる。しかしマリアと呼ばれたメイドは、はあ、とため息を吐いた。

「何かしでかすと思っておりましたが、まさか貴族の身分を剥奪されるとは……お嬢様に仕えていると、心臓がいくつあっても持ちません」

「あら。それならもう大丈夫よ。わたくしはもう、貴女の主人ではなくなったのだから」

 悪戯っぽく笑うエーデルに、マリアは肩をすくめた。

「まったく、牢の中でも減らず口は相変わらずですね。でも、お変わりないようで安心致しました」

 二人の会話を聞きながら、看守の男は顔をしかめる。何だ、この会話は。主人の没落を嘲り、罵るのではないのか……?

「お父様とお母様の様子はどう?」

「……お嬢様の想像通りかと。特に旦那様は、もう手の付けられない程の荒れ様です」

「まあ、そうよね。17年間手塩にかけて育てた大事な『道具』が、あと少しのところで壊れてしまったのですもの」

 もちろん『道具』とは、他ならぬエーデル自身の事だった。

「――では、時間も無いので手短に。お嬢様のお荷物は、私の方で保管しております。新たなお住まいが決まり次第、密かにお送りさせて頂きます」

「ありがとう、助かるわ。どうせ既に、私の部屋は片付けられているのでしょう? 私が、最初からいなかったかのように」

「……ええ。家具も衣服も、一つ残らず処分が決まっております」

 王子との婚約を破棄され、更には平民に落とされる――家名を汚しに汚した娘を、エーデルの両親が許さないのは貴族としては当然だった。しかしそれにしても、娘が平民になったその日のうちにとは。その素早い行動力に、エーデルは舌を巻いた。

「それと、お嬢様よりお預かりしておりました紹介状も、使用人全員に手渡しました。無論これも、旦那様と奥様には内緒で」

「さすがマリアね。貴女にお願いして良かったわ」

 ぐっ、と親指を立てるエーデル。マリアは呆れたように頭を振った。

「二百人を下らない使用人、全員に紹介状を手書きなさるとは……随分とお手間だったでしょうに」

「だって、貴族を辞めるのはわたくしのわがままですもの。それによってサンドライト家が傾く可能性を考えれば、使用人の皆に再就職先の世話ぐらいしておかないと。お父様の名で書いてあるから安心よ。筆跡も、出来る限り真似ておいたから」

 事も無げに言うエーデルだったが、紹介状というものはそう簡単に書けるものではない。それを全員分用意したという事はつまり、エーデルは二百人を超える使用人、その一人ひとりの働きぶりを熟知している事を意味していた。

「ご配慮に感謝します――ですが、あの紹介状を使う者は、おそらく一人もおりませんよ」

「どうして?」

 首をかしげるエーデルに、マリアは少しだけ口元を緩めた。

「受け取った皆が、宝物にすると申しておりましたから」

「えぇ……そんな御大層な物ではないでしょう?」

 この方はいつもこうだ――マリアは胸中で、過去に思いを馳せる。

 あの貴族第一主義に染まったサンドライト家の中で、使用人達がどれだけ、この破天荒な少女に救われていたか。

 願わくばまだ、その傍に仕え、成長を見守っていたかった――

 マリアは咳払いを一つして、再び口を開いた。

「それに、サンドライト家の使用人は全て、私がしっかりと教育してきました。紹介状など無くとも、再就職先には困りません」

「なるほど……それもそうね。マリアの厳しさは折り紙付きだもの」

 と、そこに看守の男が近寄って来て、言った。

「十分経過した。面会は以上だ」

 しかし、マリアは看守をじろりと睨み付けた。

「面会開始よりまだ八分二十秒しか経っておりません。あと一分四十秒、時間は残っております」

「な……」

 呆気に取られる看守に、エーデルは笑った。

「ごめんなさい、看守さん。マリアは時間に厳格な事で有名なの。使用人の間では、『大きなノッポの古時計』なんて呼ばれて――」

「……そう呼んだ者には例外なく、罰を与えてきましたが」

 マリアの鋭い口調に、エーデルは口の端を吊り上げて笑う。

「お生憎様。残念ながら、今のわたくしは格子の向こうよ」

「本当に、憎たらしいといったら」

 悪態をつきながらも、マリアの口元はほころんでいた。

「……さて、そろそろ時間ですね」

 言って、マリアは深々と頭を下げた。

「お嬢様の幸せを、心よりお祈り申し上げます。十七年間、お嬢様にお仕え出来た事は、このマリアの誇りです」

「ええ、私も楽しかったわ、マリア」

 そして、二人は互いに笑い合った。

 看守と共に牢から去っていくマリアを、エーデルは牢の中から見つめている。その時ふと、マリアの足が止まった。

「……明日からは、お忙しくなるかと」

 こちらを振り向かず、それだけ言うと、今度こそマリアは扉の向こうへと去っていった。


 守衛室まで来たところで、看守の男はマリアに尋ねた。

「忙しくなるとは、どういう意味だ?」

 牢の中の囚人が忙しくなるという理由が、男には見当もつかなかった。

「ああ、貴方にも申し上げねばなりませんでしたね。明日から、きっとご苦労なさる事でしょう」

 言われて、男はますます訳が分からない。

「どういう意味だ?」

 すると、マリアはその厳格な風貌には似つかわしくない、悪戯っぽい笑みで返した。

「お嬢様をお慕いしているのは、私だけではないという意味です」

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