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0021.エーデルの怒り

「んー、さすがバルカスさんとおかみさん! 美味しいですわねぇ!」

 昼休み。エーデルとサーシャは、中庭の木陰に料理を広げ、昼食を楽しんでいた。

 これまでは、サーシャだけの憩いの場所。しかしこれからは、隣にエーデルがいるのだ。サーシャにとって、それは言葉に表せない程の喜びだった。

「ふふ。久しぶりの味で、とっても美味しいです」

 エーデルがサーシャと共に学院に通う話は、イスール夫妻にも伝えられていた。心配をさせないよう、サーシャの護衛については伏せたままで。

 二人とも、エーデルとサーシャがまた同じ学院、同じクラスで学ぶのをとても喜び、おかげでエーデルは随分と気合の入ったランチを持たされる事となった。

「……でも、ダゴネット様の件、あれで良かったのでしょうか?」

 コートレットを挟んだサンドイッチから顔を上げ、ふと、サーシャが問い掛ける。

「あのままだと、余計に反感を買ってしまうような……」

「まあ、そう考えるのも当然ですけれど」

 答えながら、小さめの肉団子を口に放り込んで咀嚼するエーデル。

「勝負を受けて、適当に負けて差し上げようかとも考えたのですが、それで貴女やわたくしへの風当たりが弱まる訳でもありませんし。のらりくらりとかわすのが一番だと思いますわ」

 尚も煩悶するサーシャに、エーデルは明るく言った。

「先程も言いましたが、どうせ皆、すぐに飽きるでしょう。それまでの辛抱ですわ」

「……そうですね。エーデルが我慢するなら、私も一緒に我慢します」

「ええ。――ほらほら、早く召し上がらないと、わたくしがみーんな頂いてしまいますわよ?」

「ああ、待って下さい、エーデル!」

 二人の少女は、楽しそうに食事と会話に花を咲かせる。

 そんな空気を壊すように、

「こんな所にいたのか、お前達」

 また取り巻きを伴って現れたのは、ダゴネットだった。

「食堂にいないと思ったら、こんな所で食事とはな。まあ平民には、貴族の集まる食堂は居心地が悪いか」

 サーシャは「はぁ」と息を吐き出すと、

「ダゴネット様。すみませんが、今は食事中です。御用がおありなら、食後までお待ち頂けますか?」

 露骨に嫌そうな顔で、ダゴネットに言った。

「ほう、これが食事? 俺は犬にでも食わせる餌かと思ったぞ!」

 取り巻きが、おかしそうに笑いを上げる。

 イスール夫妻の料理を馬鹿にされ、エーデルとサーシャの顔に険しさが灯る。が、つい先程、互いに我慢すると決めたのだ。ここは平常心で――

「こんな下品な物を、由緒ある学院で食べるんじゃない!」

 芝生に広げていた料理を、ダゴネットが思い切り蹴り飛ばした。

 バスケットに入っていた料理は、無残にも地面に散乱していく。

「な……何て事を!」

 サーシャが激昂するが、ダゴネットはへらへらと笑っている。

「何か問題があるか? ただ地面に転がっただけだ。平民なら拾って食えばいいだろう」

 その時、エーデルが無言のまま、すっと立ち上がった。

 そしてダゴネットを睨み付けて、言う。

「――ダゴネット様。ご昼食はお済みですか?」

 突然の問いに、ダゴネットは薄ら笑いを止めて答える。

「いきなりどうした? ……ああ、もうとっくにな。お前達平民と違って忙しい我々は、食事も短時間で済ませねばならんからな」

「それは良かったですわ――」

 と、エーデルは身の毛がよだつ程の冷たい笑みを見せた。

「――わたくしに負けた後、『空腹で全力が出せなかった』なんて言い訳をされては困りますもの」

 ぴきり、と、ダゴネットの眉間に血管が浮き出る。

「貴様……それは俺の勝負を受けるという意味でいいんだな?」

「ええ。まだ午後の始業まで時間がございますし、今すぐにでも。……よろしいですね、サーシャ様?」

「え……?」

 驚いてエーデルを見やる。その紅い瞳には、炎の如き激情が映っていた。サーシャは思わず自分の怒りを忘れ、頷く。

「……ええ。構いません」

「かしこまりました。では、もう少し広いところへ移動しましょうか」

 怒りで引きつった笑みを浮かべたまま、エーデルは歩き出した。

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