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0019.魔術学院へ

「お聞きになりました? 平民落ちした彼女、学院に戻って来るらしいですわよ」

「まあ、本当ですの?」

「でも、不思議ですわね。手のひら程の火球を出すので精一杯だった彼女が、何故戻って来られたのでしょう?」

「それが、オルフェリオス殿下のご意向だそうですわ。何でも、あのサーシャ・イスールの侍女に命じられたとか」

「あらあら。まさか上級貴族から平民の侍女なんて……殿下も恐ろしいお方ですわね。どこまで屈辱を味わわせれば、満足されるのでしょう」

「でも、平民の娘と平民落ちした元貴族――お似合いじゃありませんこと?」

 そして、少女達は上品に、あくまでも上品に笑い合った。


「もう、サーシャったら。いい加減に機嫌を直して下さいな」

 学院への登校中、エーデルは隣を歩くサーシャにそう声をかけた。しかし、サーシャは不服そうに眉をへの字に曲げる。

「……だって、どうしてエーデルが私の侍女にならなければいけないんですか?」

「あら。わたくしはいい案だと思いましたけれど。それにこの服、動きやすくてなかなか好みですわ」

 そう言って、エーデルは着ているメイド服の裾をはためかせた。

 エーデルを学院に復学――彼女はエーデルワイス・サンドライトとは別人という扱いになっている為、正確には中途入学なのだが――させるに当たって、オルフェリオスが提案したのが「エーデルへの罰として」だった。

 平民であるエーデルが、年度の中途で学院に入学するのは難しい。エーデルに非凡な魔術の才があれば別だが、彼女の魔力量は貴族の中でもかなり下の方だった。

「わたくしへの罰という事にしておけば、殿下も学院に話を通しやすいですし、何よりサーシャの侍女という立場なら、常に一緒にいる理由が付きますもの」

 サーシャを守るという目的においては、最適解だとエーデルは思った。

 が、当のサーシャは納得できていない様子だった。

「エーデル、私と貴女は友達なんですよ? 友達を従わせて気分の良い人なんていないでしょう?」

「まあまあ、学院の中でだけですから。ね?」

 どうにかサーシャをなだめようとするエーデル。

「――でも、学院に着いたら主人と侍女の距離感を守って、ちゃんとわたくしを侍女として扱うのですよ? わたくしは貴女を様付けで呼びますが、変な顔などしないように」

 エーデルに言われ、サーシャは不承不承ながら首肯した。

「……どうにか、善処します」

 駄目な気がする――エーデルは内心で嘆息した。

 と、そろそろ学院が近付いてきた。エーデルは歩を緩め、サーシャの後ろに付いた。侍女が主人の隣で歩くのは礼に反するからだ。

 不満なれど諦めがついたのか、サーシャは「はぁ」と吐息を漏らすと、そのまま歩き出した。

 エーデル、いやエーデルワイスが学院を去った後も、サーシャには学院の中に友と呼べる人はいなかった。嫌がらせも再開されたが、彼女の能力の高さに気圧され、エーデルのマナー指南も――エーデルワイスであった頃からのものも含め――功を奏し、表立ってサーシャと敵対しようという者はいなくなっていた。代わりに無視や陰口は根強く残ったが、彼女自身も魔術を学んでいれば幸せだったので、それを苦と思いはしなかった。

 ところが。

「おはようございます、サーシャさん」

 学院の門をくぐったところで、珍しく貴族の令嬢達が自分に挨拶を向けてきた。

「お、おはようございます」

 普段であれば起こり得ぬ状況に少し慌てつつも、サーシャは挨拶を返す。

 どうして今日は――そんなサーシャの疑問は、すぐに氷解する事となる。

「エーデルワイス様。今日は随分と変わったお召し物ですのね?」

 挨拶をしてきた令嬢の一人が、エーデルに声をかけた。その嘲るような声色に、サーシャの顔が曇る。

 令嬢達が挨拶してきたのは、学院へと戻ってきたエーデルを馬鹿にする為だった。

「お可哀想に。平民に落とされただけでなく、侍女の身分にされてしまうなんて。殿下をお恨み致しますわ」

 エーデルを慰めるような言葉。無論、上っ面だけのものである。その声色には、明らかに彼女への侮蔑が含まれていた。

 しかし、エーデルは平然とした表情を崩さずに返した。

「今のわたくしはエーデルワイス・サンドライトではありません。どうぞ、エーデルとお呼び下さいませ」

 その悠揚たる振る舞いに、令嬢達は顔をしかめる。

「ふん。……それにしても、ろくに魔力の無い方が学院に戻ってきて、一体何を学ぶというのかしら。大人しく市井で生きている方が幸せではありませんの?」

 一人の発言に、周りの令嬢から笑いが起こる。

「それは――」

 口を開こうとするエーデルを遮り、

「いい加減にして下さい!」

 サーシャが、声を荒げた。

「エーデルは、れっきとしたこの学院の生徒です。魔力の多寡に関わらず、ここは魔術を学ぶ意志のある者全てに門戸を開く学舎――どうかこれ以上、学院の名誉を汚すような真似はお止め下さい」

 そして、きっと彼女達を睨み付ける。その剣幕に、

「で、では皆様、そろそろ参りましょうか」

「そ、そうですわね」

 令嬢達は、あたふたと退散していった。

 エーデルは、やれやれと首を振ってサーシャに声をかける。

「……別に良いのですよ。あの程度の雑言、わたくしは全く気にしませんから」

 しかしサーシャは振り返ると、エーデルに向かって叫んだ。

「私が! 気にします!」

 その怒気に、エーデルはびくりと身を震わせる。

「友達を馬鹿にされて、平気でいられるはずがないでしょう!?」

「……ごめんなさい。そうですわね」

 謝罪の言葉を口にすると、そのまま顔をサーシャの耳元に近付け、囁いた。

「――わたくしの為に怒ってくれて、ありがとう」

 サーシャの顔が、赤く染まる。

「さあ、参りましょうか。サーシャ『様』。早くしないと、授業が始まってしまいますわ」

 エーデルは言いながら、サーシャの背中を押す。

 サーシャは囁かれた耳を手で抑え、

「……ずるいですよ、エーデル」

 そう、小さな声で呟いた。

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