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0016.女騎士セレン・フェルナジール

 店休日の昼。エーデルは上機嫌で街を歩いていた。小脇に抱えた紙袋には、お気に入りのカヌレが四つ、入っている。

「今夜はサーシャ、いらっしゃいますかしら」

 サーシャは家に帰ってくると、必ず一泊していく。二人でベッドに横たわりながらおしゃべりをするのが、エーデルの楽しみだった。

 店に着いて扉に手をかけた時、中からオルガの笑い声が聞こえてきた。

「いや、本当にいい食べっぷりだねえ! まだまだあるから、遠慮しないで食べてきなよ!」

 エーデルは、首を傾げた。サーシャが来るにはまだ早いし、店休日に客がいるはずもない。

 いぶかしみながら扉を開ける。

 店内では、剣を佩いた騎士姿の少女が、鶏の骨付き肉にかぶりついていた。

 そして、その少女をエーデルは、知っていた。

「セレン・フェルナジール! どうして貴女がここに!?」

 入口から上がった声に振り向くと、騎士は骨付き肉を手に持ったまま、立ち上がる。

 涼しげな目元に良く似合う紫の瞳、首の後ろで束ねられた狐の毛色を思わせる長髪と白い肌、凛々しくも麗しいその姿は、男性よりも寧ろ女性を虜にするような魅力を放っている。――握り締めた肉と、口の周りを茶色く染めるソースさえ無ければ、だが。

「久しいな、エーデルワイス・サンドライト。いや、もう既にサンドライトの人間ではなくなったか」

 エーデルが混乱しているところに、新しい料理を持ったオルガが調理場から出てきた。

「おかえりエーデル。あんたの知り合いだって人が来ててね。聞いたら腹減ってるっていうから、ご馳走してるところさ」

「おかみさん! これ以上こいつに料理を振舞うのはおやめ下さい! こいつの胃袋は底なしですのよ!? 店の食材、全部食い尽くされますわ!」

「失礼な。自分は騎士として、出された料理は全て頂くのが礼儀と考えているだけだ」

「遠慮も礼節と理解して頂きたいものですわね!」

 また肉をかじるセレンに、エーデルは苦々しく口の端を歪めた。

「全く、貴女ときたらいつもいつも……! ランチに招待すれば、わたくしが楽しみにしていたキッシュも全部一人で平らげてしまいましたし、学院の食堂でも他の生徒の事を考えず阿呆みたいに食べていると聞きましたし、それに……」

「まあまあ、そう怒んないで。……この騎士さん、サーシャの護衛をしてくれてるんだってさ。これはその礼みたいなもんさ。騎士さん、遠慮せず食べておくれよ」

「……サーシャの護衛ですって? 本当ですの?」

 エーデルの問いに、セレンは首肯する。

「ほんほおは。ひふんはへんはほへひほふへ――」

「飲み込んでから喋って下さいまし!」

 口いっぱいに頬張った肉を水で流し込むと、セレンは改めて、声を上げた。

「――本当だ。自分は殿下の命を受け、サーシャ様の護衛に就いている」

「こんなに立派な騎士さんが娘の護衛をしてくれるんだ、あの娘も安心してるだろうよ」

 確かに、セレンは立派な騎士だった。

 フェルナジール家はサンドライト家と古くから付き合いがあり、その縁でセレンとエーデルも幼い頃から互いをよく知っていた。もっとも、年齢はセレンの方が一つ上だが。

 魔術学院に在籍しつつ、既にアストニア王国騎士団の副団長を務める彼女は、女性でありながら、剣技において並ぶ者無しと言われる程の技量を持っていた。個人の腕前で言えば、間違いなく王国最強の騎士である。

 しかし。

 ――何故、それ程の騎士をサーシャの護衛につける必要があるのか。

 エーデルは胸中がざわつくのを感じつつ、平静を装って訊ねた。

「で、わたくしに用とは?」

「……ああ。自分と一緒に、来てもらいたい。貴様に拒否権はない」

 相変わらずの不躾な物言いに、少しカチンときたエーデルだったが、

「ええ。今からですか?」

 恐らく、この『用件』はサーシャに関わるものだ。ならば、断る理由は存在しない。

「裏手に馬車を待たせてある」

 エーデルはカヌレの袋をオルガに手渡し、頭を下げた。

「すみません、少し出かけてまいりますわ」

「ああ。ゆっくりしてきな」

 事態の重大さに全く気付いていないオルガの明るさが、唯一の救いだった。

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