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会人流来 一

 車の中で手足を縛られたまま、輝美は後部座席に転がされていた。


 落ちたりしないようシートベルトで固定されてはいる。逆にいうとますます身動き出来ない。口にも猿ぐつわがはめられており、目隠しまでされている。文字通りがんじがらめだ。


 なにもしないよりましなので、せめて記憶をつないで再現してみる。


 帰宅したら、いつものとおりに母親がいた。あっけないほど普段通りに夕食が始まった……ように思えた。味噌汁に伸ばしかけた手をとめて、父が母の正体を問いただすまでは。


 とぼける母に対して、父は懐紙を味噌汁にあてた。変色した。そのとたん、母が変身した。なにか鳥に似ていた。父が自分をかばったのはおぼえているが、そこからはあやふやだ。


 とにかく、身動き一つままならない状況でどうするのか。


 ひょっとしたら、凶鳥かその手下がじーっと自分を監視しているかも知れない。それこそ魔法でも使わない限り脱出など絵空事だ。


 魔法、魔法、魔法……。はっと気づいた。


 自分だって、味鋤と同様、心の中に居候がいた。忘れていた。どうして忘れていたんだろう? いや、そんなことはどうでもいい。


 ワラにもすがる思いで、輝美は必死に居候を呼んだ。確か、鳩紫とかいった。


 そうだ、味鋤の自転車にぶつけられかけたあといつの間にかいなくなっていた。


 あの時は向こうの願いことを聞いて居候をさせたのだから、今度はこっちを助けてくれても良さそうなものだ。


 輝美の考えは間違っていなかった。


 ひとりでに手首がぐいっと引っ張られた。思わず引っ込めようとするが、もっと強い力で引っ張られる。


 手首ではなくロープを引っ張っているのだとわかるのに少し時間がかかった。


 ふわっと両手が動いた。後は簡単だった。


 自力で足首のロープを外し、ついで目隠しを外す。


 まだ夕陽が残っており目がくらんだが……はっきり見えた。車の窓から一羽の鳩が飛び去って行くのを。心から鳩紫に感謝した。


 車にはだれもいない。脱出には細心の注意がいるとはいえ、味鋤達が自分を見捨てなければチャンスは確実に来るはずだ。


 一方。


「ここでお別れですが、また会いましょう。ご武運を」


 モヘージングは車をとめた。


 中内は途中で下車している。モヘージングもまた、味鋤を降ろしたら車ごと下って中内と合流する。


 味鋤は、古墳から少し離れた場所で凶鳥を呼びつける。その隙に、モヘージングと中内が爆薬をしかける。


 結果がどうだろうと、モヘージング達は二十分後に古墳を吹き飛ばす。爆薬の性能については中内が太鼓判を押した。


 ただし、二つ繋がる古墳の構造物のどちらに凶鳥の本体が埋葬されているのかわからない。二つを同時に、素早く爆破せねばならない。時間不足で二つの爆薬を結ぶ仕かけまでは作れなかった。


 どうしても人手が二人いるのだ。それをやらねばならないモヘージングの心境はいかばかりか。


「ありがとうございます」


 手短に礼を述べた味鋤は、ドアを開けて外に出た。


 黄昏時の山あいが寒々しい。まだ春になったばかりで、日陰には根雪も残っているから当然と言えば当然だ。


 モヘージングは、何度も手を振ってから車をターンさせた。お互いにもう振り向かない。


 古墳までは一本道だった。迷う心配はないが、どんな待ち伏せがあるとも限らない。


 さりとて特に訓練された経験があるのでもなし、ただ歩く他無かった。


 時間いっぱいに、古墳が目の前に現れた。いかにも発掘直前らしく、大雑把な形を残して土砂はほとんど削られている。


 モヘージング達はまだ古墳にいない。遠くからタイミングを図っているのだ。


「姿を見せろ! 僕はここだ!」


 次の瞬間、『ビジョン』が現れた。


 高い……はるかに高い塔をさらに眼下にして、鷲に乗った自分と凶鳥とが空中で対峙している。自分達の隣にはもう一羽の鷲と少し小さめのからすがいた。ワカヒコと留実だ。


 島岡、いや、島岡だったものは存在自体が禍々しかった。


 シャツがひきちぎれて胸がはだけ、爪の生えた脚が二本突き出ている。背中からは孔雀のような羽根が何本も生えていた。顔はどうにか本人とわかるが、口が尖っている。脚も四本ある。


『依代が、凶鳥の魔力に耐えられなくなっておるのだ』


 翔翼の説明には何の感情もこもっていなかった。


『ああなったら、もう人間にはもどれません』


 かすかに同情が混じっているぶん、よけいに蔑む力が加わった留美の言い方だった。


『待て……待ってくれ。かすかにおや……オモイカネの雰囲気がする!』

『ええっ!?』


 味鋤や留実は勿論、翔翼でさえ驚かずにはいられない。


『いや、凶鳥がオモイカネだって言いたいんじゃない。それははっきり違う。だが……例えて言うならオモイカネの家の匂いがこいつについているような……』

『ぐっぐっぐっ、答えてやる必要はないな。そんな事より鏡を渡せ!』


 嘲笑しながら凶鳥は命令した。


『僕からも質問がある。二つほど答えろ。まず、父さ……会長を本当に殺したのか?』


 それは、自然に口をついて出た問いかけだった。


『嘘をついてどうする?』

『もう一つ。輝美をどこに隠した?』

『ぐっぐっぐっ、お前といいワカヒコといい図々しいなぁ。鏡が先だ!』


 ポケットから鏡を出した味鋤は、それを左手で掲げた。凶鳥が掴みかからんばかりになる前に右手でペンチを出して、鏡を軽く挟んだ。


『輝美と交換だ。それから、オモイカネについても答えろ! さもなくば、この場で鏡を潰す』

『なにい? ふざけるな! おい、ふざけるな!』


 と言いつつも凶鳥は攻撃に出る気配はない。


 時間を稼げば最悪でもモヘージング達が発破を仕かける。なにもわざわざ、正面切って一騎打ちなどしなくて良い。


『ふざけているのはそっちだろう。そもそもなんのためにこんなことをしたんだ!』

『ぐはははは。もうすぐ、蝦夷様と馬子様が復活なさるのだ! お前たちはその生贄だ!』

『なに? 気はたしかか?』

『ふん、教えてやる。偽書 古事紀に書いてあるのは事実だ! 持統天皇は、我等の復帰を許しはしたが、お二人の復活までは許さなかった! だから待ったのだ!』

『無意味にもほどがある。お前は偽書の作者にだまされているだけだ。だれにそそのかされたのか正直に白状しろ』


 憤然と、翔翼は問い詰めた。


『ばかめ! 人質の娘がこっちにはいるんだぞ!』

『それって、あたしのことかしら?』


 一同が驚くひまもあればこそ、鳩に乗った輝美が現れた。


『鳩紫! なぜここに!』

『陛下! 説明はあとです!』


 鳩紫の言葉で、翔翼の注意はかろうじて間に合った。

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