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はかりごとは慎重に 一

 官邸街の一角では、ただならぬ騒ぎが起こっていた。


 郭公の派遣した公安局の衛兵達……それは宮廷の衛兵とは全く異なる集団である……が、燕郎と烏臣の住居をそれぞれ包囲したのである。鳩紫の捜索依頼も出ている筈だが、なぜか無視された。


 大半の人々は、起きたばかりで顔も洗っていない。ほとんど二、三百年ぶりに姿を現した時ならぬ武装兵の集団に、眠気の残滓も吹き飛んだようだ。


 人々の驚愕ぶりに衛兵達も満更では無かった。郭公の部下だけあって、かつての威容がいっときなりと再現出来たことに誇りを感じていた。


 現場の隊長格が二名いる副官に手を上げて合図する。それぞれ数名の部下を従えた副官二人は、燕郎と烏臣それぞれの邸宅へ別れ、大きくノックした。


 燕郎は、戸口に出たところをあっさりと捕まった。当人はなにやらわめいていたがウムを言わさず拘束し、護送用の馬車に放り込んだ。


 烏臣の方はいささか愁嘆場だった。執事は冷静に対応し、烏臣もいちいち見苦しく暴れたりはしなかった。雉美は違った。


「主人がなにをしたと言うんです?」


 病みやつれた声を精一杯振り絞ったが、衛兵は無視して烏臣を連行した。


 役目もあるだろうが、日頃したり顔で権勢を振るう文官への反発もあったろう。


「雉美……」


 両脇をおさえられたまま、烏臣は肩越しに振り返った。衛兵にせき立てられ、そのまま燕郎とは違う馬車に押し込められた。


「夫を返して!」


 雉美は衛兵の一人にすがりついた。蝶が木にしがみつくようなものだった。


 衛兵が軽く体をゆすると、やせ細った彼女の体は弾き飛ばされた。執事が素早く抱きかかえ、ケガを免れたのがまだしもの幸いだった。いっそ頭でもぶつけて気絶した方が良かったかも知れない。


 捕り物が予想外にうまく行ったので、郭公は喜ぶ反面いぶかしんだ。


 部下達に死傷者が出たのでも無し、向こうにしても寝耳に水だったのだろうと自分を納得させる。


 郭公は、部下と共に現場から引きあげた。


 『容疑者』二人はそれぞれ独房へぶち込み、自分達には朝食を手配する。


 執務室で当番が運んできた食事を食べると、なんとも言えない豪勢な味がした。


 二、三時間して、郭公は尋問室へ出むいた。最初は燕郎からだ。やはり、大物は後に取っておかねば。


 被疑者にとって、尋問室が心地良い部屋であった試しはない。いうまでも無く燕郎にとっても同じだ。


 寝間着のまま連行され、かえの衣服も支給されていない身の上とあってはいくら憤激しても滑稽なことこの上無かった。


「閣下のような大逆人が何人も出れば、我々にも予算が回るのですがね」


 席につくなり郭公は言った。奇襲攻撃である。


「いったい、私になんの容疑がかぶせられたんだ!」


 苛立ちを隠せずに燕郎は難詰した。


「閣下、もう確証は上がっております。烏臣閣下が、先に白状なさいましたぞ」

「なにをだ!」


 さすがに、こんな幼稚にカマには引っかからない。


「閣下がとんでもない叛逆者で、畏れ多くもクーデターを目論んでいるというものです」


 郭公はそこで、机の上で組んでいた両手をわずかに前に出した。


「なら、烏臣……閣下に会わせてくれ」


 普段、烏臣を奴呼ばわりしていたせいで言葉がぎくしゃくしてしまった。


「ほう。取ってつけたような敬称ですな。やはり、烏臣閣下との間はぎくしゃくしていたようですな」

「当たり前だ!」


 我と我が身の返事を聞いて、燕郎は後悔した。自分から烏臣との間柄をもらす必要などどこにも無かったのに。


「ま、今回はこのぐらいにしておきましょう。かなりお疲れのご様子ですし」


 嫌味ったらしく郭公は言い、部下に独房まで連れさせた。次は烏臣の番だ。


 この前の提案を素っ気無く蹴られて以来、こんなに早く報復の機会が来るとは。なんとついている自分だろう。


 烏臣と部下のものであろう足音が大きくなってくるに連れて、ついにんまりしてしまった。


 所詮、燕郎など格から言っても容疑から言っても前菜に過ぎぬ。主犯はあくまでも烏臣で、燕郎はその道具。それが不動のストーリーなのだ。


「失礼します。烏臣閣下をお連れしました」

「ご苦労。下がって良い」


 部下が敬礼して去ってから、三秒ほど郭公は戸口で烏臣を立たせた。


 つい先日は執事が取り次ぐまで郭公の方が立って待たされたのを思うと、二重の逆転であろう。


「わしをなぜこんな目に会わせた?」


 燕郎とは対照的に、着席するなり冷静な口調で烏臣は言った。


 普段どれほど軽侮されていようが、年季のいった政治家は少々の問題で動じたりはしない。当然ながら、郭公にとってもその方が歯応えがあって良い。


「陰謀を仕かけるのは得意でも、仕かけられるのは苦手だったようですな」

「陰謀? なんのことだ?」


 初老の宰相は首をひねった。


「おやおや、記憶力もいささかにぶっておいでのようだ。いい加減、素直に認めるのがおん身のためでしょう?」


 烏臣は特に動揺しなかった。だれにも打ち明けず、記録にも残していない計画が露呈するはずがない。


 だから、これはだれかが濡れ衣を着せている。その心当たりなら山ほどあるし、予想もしていた。


「では、証拠を見せたまえ」

「わかりました。今日の午後に、閣下の目の前にお出ししますよ」


 さすがに、海千山千の宰相は一筋縄ではいかない。だが、これで前準備は十分だ。


 同じ頃。


 異例の事態である。地上にある宮廷の出張所に、地方官が共もつけずに現れるとは。


 出張所は、侍女侍従から所長に至るまで、全て皇帝直属の家臣で構成されている。


 庶民の様々な陳情や情報サービス、郵便まで取り扱っているところだ。


 建物は石造りの円筒形で、庶民からは『収容所』と仇名されていた。時々どこからともなくやって来る魍魎達を捕まえ、閉じ込めていたからである。帝室はこの種の冗談には寛大だった。

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